上司たちが出張なのは今日まで。二人が容易に帰りを合わせられるのも今日までなのはわかっていた。
今日は、私よりも長く残る人がいた。派遣さんなので、残していって良いものかとどのくらい残る予定か聞いてみたら、施錠も出来るから気にしなくて大丈夫と言われた。
同僚と、私と派遣さんの席との間には壁があるから、同僚と私達は互いに様子はわからない。
じゃあ先に帰りますね、と派遣さんに言って、帰る準備の一環で一度お手洗いに立った。お手洗いを出ると、奥の給湯室にゴミを捨てに行っていた同僚が出てきて、(帰る?)と口パクで聞いていたので頷いた。
部屋に戻り、派遣さんに声をかけて先に出た。一階に降りて玄関で少し待った。
同僚が来た。
正直なところ、やっぱり約束もしていないし、私からタイミングを合わせて一緒に帰ろうとしてるような行動を取るのはどうなのだろうかと思っていた。
彼が、どういうつもりか、わからない。
やっぱり今日も、隣駅まで歩いた。少し雨が降っていた。
同僚は背が高いので、傘を傾けて見上げながら話した。
月火とは違う商業施設に入った。映画を見に来たことがあると彼は言っていた。
ぐるりとレストランフロアを見たけどあまりお腹が空いていなくて、カフェでも全然構わないよと言ってくれたので、この日はスタバにした。
アイスのチャイティーラテとシュガドーにした。同僚はエスプレッソとエッグマフィンみたいなのにしていた。
自分で支払えたから少し気が楽だった。
ここ数日、ご飯を食べて話している内に私が眠くなってきてしまうこと、原稿があることももう知っているから、だらだらと長く話すこともせずにカフェを出た。
何話したっけ?
そうだ、彼が競馬を好きだという話を聞いた。それは知っていた。私は競馬をしたこともないが、競馬というか競走馬が好きな友人もいるから、どういうところが好きなのか聞いた。
走る時の尾が流れる様子だとか、馬のフォルムが好きなのだと。筋肉質な馬が好きだそうだ。賭け事としてのめり込んでるわけじゃないから安心して、と言われた。そこは気になってた。
馬はキレイだと私も思う。競馬場は広くて、食べ物の店もたくさんあるのだとそんな話も聞いた。
駅に着いて、少し座ろう、と言われて、ホームのベンチの端に座った同僚の隣に、少し席からはみ出して座った。そのままちゃんと座ると、肩も腕も、脚も触れてしまうから。
電車は頻繁に来るから、次が来るまで数分だ。
話している内に、同僚がずいっと距離を詰めてきて体の側面が触れた。
すぐに、腿に投げ出していた私の手に触れて、同僚の手の上に私の手が乗るように包みこまれた。
彼の手は大きくて、ひんやりとしていた。
ピッタリと触れている腕や脚はじんわりと熱い。
私は逃げなかったけれど、何も言えなかったし、彼も何も言わずに私の様子を伺っているようだった。
手は柔らかく握り込まれて、私も手のひらが合うような向きに動かした。
私の手の暑さに、温かいね熱あるみたい、と言った。
同僚は末端冷え性で年中冷たいと言っていた。
三日間、はっきりご飯の約束をするでもなく、流れで帰りに一緒に過ごした。何かを言われたわけでもない。
なのにこんなに急に距離を詰めてくるのか。
ちょっと困って戸惑って、どうしよう、と思って誤魔化すように小さく笑ってしまったら、「なにか可笑しい?」と聞かれた。
「距離を詰めてくるのが上手いなぁと思って」と答えたら、「そう?」と同僚も笑うようなトーンだった。
先週金曜に連絡先を交換したばかりの、関係性に名前をつければ、【同僚】なのだ。
ディズニーの日程を決めたら、そこからディズニーまではご飯に行くことはあってもそれ以上に何かは起らないだろうと思っていた。
言い方はずっと優しい。
電車が来たけど手は離されなくて、私も立ち上がることをしなかった。
「帰りたくなくなっちゃう?次にしようか」とおどけたように言うから、頷いた。私も、次でいいかなと思っていた。
この人のおどけた時の雰囲気は、私が好きなギタリストに少し似ている。
友達や握手以外で、誰かに手を握られるのなんて何年ぶりか、わからないくらいずっと前だ。
手はひんやりしてるけど、それ以外の触れた所は熱くて、触れている所を意識してしまう。
彼がどんなつもりなのかは、わからない。
嫌じゃないけど、どうすれば良いのかどう対応すればよいのか、とにかく戸惑っていた。
次の電車が来て、同僚が立ち上がるのに続いて立って、さよならした。