トーンポリシングとは
「言い方の問題」を指摘することで行われる、論点のすり替えの一種です。主張の内容そのものではなく、主張の態度についての議論が始まります。
言い方の問題を指摘するのは悪いこと?
必ずしもそうであるとは思いません。
主張を無視することや人格攻撃を目的としたトーンポリシングは行われて欲しくないですが、言い方によって主張の伝わり方が異なるケースにおいてはトーンを工夫するのは重要なことだと思うので、指摘する/されることが悪いことであるとは一概には言えないかなと。
伝えるのも伝えられるのも人間です。伝え方次第で結果を変えられるのであれば、トーンポリシングされないように工夫するのは主張の受け入れやすをあげるという意味でもやって損はないと思います。
はたして人間は論理的な生きものなのでしょうか
『「納得」はすべてに優先するぜッ!!』 - ジャイロ・ツェペリ(ジョジョの奇妙な冒険 第7部 スティール・ボール・ランより) -
リンゴォ・ロードアゲインに立ち向かう、ジャイロ・ツェペリのセリフです。さまざまな場面でこの言葉を思い出す人もいるんじゃあないでしょうか。僕もそのひとりです。
やはり人間は常に論理的でいるのは難しいものです。
例えば何か仕事を頼まれるとき、単に「〇〇をお願いします」と言われるのと、「こういう理由があって〇〇をやりたいんです。そしてそれをあなたにお願いしたいんです」と言われるのとでは印象が異なります。
主張を「通す」ために必要なもの
論理的に正しいと思われる主張でも納得感が得られないと通りにくいものです。
これは納得感を得られることが主張を通す条件のひとつであるということではなく、論理的に正しいと考えられるものは複数あり、その中で選び取られるのは納得感が得られるもの、という性質があると考えています。
やや言葉を強めるならば、言い方を工夫しないことは「主張を通す」ことに対する妥協とも言えると思います。
言い方の問題に対する議論が始まってしまうと、論理的な側面で議論される時間を消費してしまうため、主張に対する十分な議論がなされないという危険もあります。
トーンポリシングを避けるには
トーンポリシングしない
まずは自分が論点のすり替えを行わないことです。伝え方によって議論の方向性が変わりそうな時は、あえて言い換えることによって、言い方の問題になるのを回避できそうです。
例えば、「私は〇〇だと受け取りました」など主張の部分だけを取り出して表現することで、目を向けるポイントを変えることができるかもしれません。
トーンポリシングさせない
言い方が争点になってしまうような話し方を避けるのもひとつだと思います。話し方を工夫することでトーンポリシングが発生するのを予防したいものです。
注意したいのは、主張を無視することや人格攻撃を目的としたトーンポリシングです。この目的は隠蔽されているので、表面上は議論するつもりがある上でトーンポリシングしてしまっている場合と見分けがつきません。
そもそも議論にならないので、避けられるのであれば関わらない方が良いと思います。
主張に目を向ける
「場」としてトーンポリシングを許容しないという空気を作ることも重要だと思います。
言い方の問題が頻繁に議論されていると、それは議論の対象として適正なものであると認識されていきます。
最も時間を割きたい話題は何かを意識してコミュニケーションを取りたいものですね。