池袋と新宿で迷った時は、池袋の映画館にいくことにしている。
池袋の一番うるさい交差点にあるロッテリアの少し横にシェーキーズがあって、そこは池袋で映画を観る時には必ず通り過ぎなければいけない場所で、そして通り過ぎるたびに、中学で最初にできた友達のことを思い出す。読んでる本であるとか最初の出席番号順の席が近かったことであるとか、出身のこととかで意気投合をして、それからお昼もよく一緒に食べて、そしてあるとき学校に来なくなった。中2の体育祭の後くらい。そのときは体育祭の打ち上げで飲んだ、ぜんぶまぜサイゼリヤドリンクバーがまずかったからお腹壊したんだよとか、そのあと見たパックマンの映画が怖くて家で寝てるんだとか皆話してたけど、だんだん来ない日が続き、風邪にしては長引いていて、どうやら学校には来ているらしいという噂が軽く教室を巡ったあと、時が経ち、誰も彼の話をしなくなった。今思えば、彼の体育祭までは行こうと決めた覚悟と、そこからそれまでの毎日の道のりがどれくらい果てしなく高い壁にみえたんだろうかと思う。彼は、本当に最後の最後の日まで楽しそうに見えて、そして俺はなんにも気づかなくて、彼ととても近いと思っていた距離は果てしなく遠かった。それから時が過ぎて中三の夏、もう一人の親友と一緒に三人で池袋にメアリと魔女の花を見に行ったあとで、池袋のシェーキーズに行ったのが最後だった。とにかく会いたくて映画の内容なんてどうでもよかったし、理由でしかなかなったからその場で適当に決めた。映画の内容は、メアリが最後壊れていく何かの中で必死に手を伸ばしていたシーンしか覚えていない。あのとき来てくれて本当にありがとうと思うと同時に、もう中学のことを忘れたいと思っているのなら、こちらから連絡するのは迷惑かもしれないと思い、それを最後に、会っていない。そして、あの日も本当は俺に会いたいわけじゃなくて無理して来ていたとしたら、本当に申し訳ないことをしたと今でも思う。そのことを忘れないために、池袋と新宿で迷った時には池袋の映画館に行く。
そういう風に、とても近くてとても遠いと思うことがある。例えば、親友と話すときに数メートルの距離で話していたとして、その数メートルが数千ミリの集まりに感じるときかある。距離の総数は変わらないのに、その数千ミリの中のーミリがさらに親友も俺も知らないなんとかという単位千個分の集まりで、そういうことを考えて、こんなに近しいのに、相手と自分の距離のことを絶対に届かない果てしない宇宙のように遠く感じることがある。太宰治のダスゲマイネにでてくる栄螺のように、やっと江ノ島に辿り着いたのにそこからさらに栄螺を手にするには長蛇の列があって届かないと感じることがある。きっと心を許せば許すほど自分と違う価値観が見えてきたり、自分の知らない一面が見えたり、自分の知らない世界に生きていることを知るからだろう。それでもなお親友だと思うのは、その距離の遠さを一緒に笑ったり、互いの知らない単位を知らない単位のまま、踏み込まない暗黙のなにかがあるからかもしれない。きっとこれからも互いに忘れた頃にどちらからともなく連絡をして、やっぱり俺たち正反対だねと笑う。文系と理系だし、インドアとアウトドアだし、軽音部とサッカー部で、母親がうっすらスピリチュアルなところだけ似ている、そういう親友がいることをとてもしあわせだと思うし、このままでいたい。
そういえば、社会人になる。社会人になる可能性がありますという通知書、つまり内定通知書が郵送されてきた時、急にある先輩のことを思いだした。去年の夏、登三治とその先輩と三人で名古屋で旅行に行った。その先輩は就職をして半年くらい経った新卒の年だった。名古屋駅に着いて、それからカーシェアで名古屋港水族館に行った時に、クラゲの水槽があった。クラゲも水も真っ青で目がチカチカするほど一面の青だったけど、クラゲも水も透明でその青は水槽の底からクラゲと水を照らしている強力な青色のライトだった。当たり前のように自分たちは透明だと思っていても、後ろから照らされることで青になることかあるんだと思った。中学生時代は必死に毎日を生きていて、将来もわからなくて、音楽がしたくて、だけど受験もしなくちゃいけなくて、親友が学校に来なくなって学校に行く意味がなくなったり、何者にもなれなかったらどうしようという不安の中、ぐるぐると生きていたあのときは紛れもなく透明だったはずだけど、振り返ってみて青春だなと思うのは、きっと過去を見つめる時、人間は過去を無意識のうちに青いライトで照らしているのだと思う。青春だと人が言う時、それは過去を指す。多分今、青春だ。これから青春だろうなんて思いながら過ごす人なんていない。クラゲみたいに透明な海を漂っていて、それをあとから青色のライトで照らした時に色がついて、青春になる。遠くまできて、そこから振り返ってみてはじめて生まれる色があるんだ、そういう心の海があるんだと思った。
コロナウイルスでなくなった最後の文化祭で着るはずだった真っ青な高校の法被はまだ箪笥にしまってある。高三の春の文化祭開催の二ヶ月前まで、確かに青くなる予感がした。青春という実感はなかったけれど確かにこの日々は青いと思った。だけど蓋を開けてみればコロナで文化祭どころか学校がなくなって、後夜祭のバンドどころではなくなって、その青い予感だけがぎゅうぎゅうに閉じ込められた青い法被が、まだいちども洗濯されることなく箪笥で眠っている。たまに箪笥を開けて眺めては少しだけ安心する。あの時の俺らは青春だった、なんて言葉で無理やり青くしなくても、人工的な青いライトであとから鮮やかに照らしあげなくても、あの時の青い予感がまだ、法被には息づいているような気がする。予感のまま、ずっと眠っている。修学旅行のピークが行きの新幹線であるように、過ぎ去る心配なく予感のままホルマリン漬けにされている。
こうしたことを考えながら夏の夜中に散歩をしていると、少しずつ夜が明けてくる瞬間に立ち会うことができる。朝が来る前の空は、どこか法被の色に似ている。無理やり塗った青じゃない、後から色付けた青じゃない、これから青い朝が来るという予感の青だからかも。予感の青が好き。こういうことを、明け方思って、これは最初に送ろうと思いついた人に送ろうと思ったけど、早寝早起きの人だから起きちゃうかなと思ってやめた。名古屋旅行の話全然してないな。そういえば先輩はずっと別れ際寂しそうにしていた。明日から仕事がある言っていた。新横浜の駅で降りる時に、新幹線の窓の外で俺たちに手を振り、写真を撮っていた。元気かな久しぶりに会いたくなってきたな。
どうでもいいけど、これを書いているのは七月頭なわけだけど、どうやら今年は梅雨前線が消えてしまったらしい。反抗期がなかった子供が大人になってから拗れてしまう場合のように今年の晩夏や秋になってから、へんな異常気象が生まれやしないかと今から心配だ。ぴかぴかご機嫌を伺ったりしないで、今のうちに無理をせずに泣きたい時は思いっきり泣いて、雷を落として暴れ回っておいた方がいいぞ、と野原ひろしのような心持ちで嘘みたいに青い今年の初夏の空を見上げている。そんな七月。