私のなかに流れる時間

頭は、さぁ、そろそろ動いていこうかなぁ〜と言っているけど、

体は、私、まだまだのんびりできますッ!えぇ、出来ますよ、と言うので

仕事がある日々だと出来ない方をしようかな、とやっています。

(この解でも、どちらをするかは人によったりしそうだなぁと思って、ちょっと面白くなりました。)

実家にいると、正月休みだからってそんなにごろごろして…など言われるんですが、

私はこうやって過ごしていると、こちらが本当の私の中の時間の進み方なんじゃないかなぁ、と思う時があるのですね。

こちらも、いつまでも寝て…と言われますが、ぐっすり寝て自然と目が覚める時間まで寝ていたい。それが何時かも大体自分の中でわかってきているのですが、まぁ社会人をやっていると不可能な時間ですね。

対して、歩く速度は速いと言われがちです。

風をきって颯爽と、それが理想というか憧れというか、まぁそれがなくてもついつい次の足が反射で速く出てしまうので結果速い部類に入るようです。

ですが、その自覚もまだあまりなかった中学生のころ、他のこと比べて「〜ちゃんも(歩くの)速いけど、人に合わせられるじゃん」とのコメントをもらったことがあり、よくよく見てもらっていたことに内心は色々驚きました。

この生活の方が私の〝ベース〟な気がする、と思う時、普段は「社会に合わせて」生きているんだなぁ、とそんなことを思った話です。

昔から案外俯瞰の視野がある方で、やろうと思うとどこまでも人に合わせることが出来てしまうので、とある時からもっと自分を大事にしよう、と思って合わせすぎるのをやめた自覚があります。

この心地良い時間の流れ方を、私の生活の本流にどうにか出来ないものかとずっと考えているけれど、まだゴールにはなかなかたどり着いていません。

仕事についても、好きなことをだとか、なりたいものに近づきたいという強い思いよりも、

ライフワークとしてしていきたいことに近づけていきたいなぁ、というふわっとゆるやかな欲求があるのですが、

2024年ちょっとずつでも前進していけたらなぁ、なんてぼんやりな思考から考えました。

本当に特に意味もオチもまとまりもない、書き始めでした。でも、こういうハードルを低くしてぽろっと書きたいものを書く場として、やっぱりここは心地良い気がしています。このゆるやかめな時間の中で、ペンを握っているのが例年ではめずらしいので。

@yukito
Xやnoteより、ゆるゆるその時思ったことを書けたらいいな…と思ってます。装いやしあわせな生活について。