商業施設でトイレに行こうとしたら、はっとした。その前のベンチに座っていた男性の横顔が、父そっくりだったのだ。カーキ色っぽいコートを着込み、あったかそうな毛糸の帽子。余り高くない背格好。
もちろん、ありえない。父は一昨年の夏にこの世をあとにした。最晩年は認知症が進んで施設で暮らしていたから、父がそのような格好をして外出していたのはもう5年以上は前になるか。
父が外出していたときはいつも、母と一緒にバスで駅前に買い物に出た。しかし、徐々に症状が進み、母が買い物している間に姿を消してしまって探し回ったことが一度や二度ではなかったのを思い出す。
もっと親といろんな話をしておけばよかった、と後悔するのは世の子どもたちの常だ。そのときはいっぱいいっぱいでどうしようもなかった、とわかってはいるのだけれど、それでももう二度と父と会って話すことはないのだから。
トイレから出てきたら、その男性はお連れ(たぶん奥さん)としゃべっていて、じっと見たら全然似ていなかった。だが、昔の両親はあんなだっただろうな、と懐かしく思いつつその場をあとにした。