再来月90歳の卒寿を迎える母は、昔から化粧品にこだわりがある。
いわゆる「デパコス」と言われるちょっとお高い化粧品だ。いつも買い物に出かける百貨店のコスメカウンター(と言うのか?)に足を運び、気に入って使い続けている同じものを買う。なので、しょっちゅうハガキが来ていたし、販促品の化粧ポーチやカバンがたくさんあった。
父が仕事を辞めて二人暮らしになってからは、ほぼ毎日一緒に買い物に行っていた。たぶん、化粧品のカウンターに行くときは父をどこかに待たせて、自分だけ来てさっと欲しい物を買っていたのだろう。父がデイサービスに行き始めてからは、少しはゆっくりと買い回れていただろうか。ついこの間のことなのに、随分遠い昔の話のように感じる。
母が施設に入居するときに、そんなお気に入りの化粧品たちをそっと置いた。少しずつ生活に慣れてくると「クリームや化粧水をペタペタ顔や手に塗ってるの」とニコニコしながら教えてくれた。そしてついに「なくなったので買ってきてほしい」とのリクエストが来たのだ。
歳をとっても綺麗でいたい。そんな陳腐な言葉では言い表せない、なんというか……「毎日の習慣」「落ち着く」「癒やし」「身綺麗」、そんなところかな、と母の気持ちを想像してみたり。
百貨店のカウンターに行って化粧品を選んでいると、たまたま持っていった母宛のハガキを見た美容部員さんが「◯◯さんはお元気ですか」とためらいがちに言った。母のことを覚えていてくれたのだ。私も妹もびっくりして、「とても元気です!」と答えると「いつも来てくださって」と。可愛いおばあちゃんと認識されていたようで、「今でも!可愛いです!」声を揃えて笑いながら言うと「そうですか、よかったー」とニコニコしながら胸に手を当てた。
「お母様、いつもお父様と一緒に買い物にいらしてて、お父様はあちらで待たれてて」「そうですか、お父様は亡くなられたのですか」「よかった、近況がお聞きできて。気になっていたんです」
なくなったらまた来ます、とカウンターを後にした。こんなところで両親の姿を垣間見るとは。ふたりは確かにそこに生きていたのだ、という証。ちょっと目の奥が熱くなった。
次に母に会えたら、きっと伝えよう。