以下のポストが流れてきた。
確かに一理ある。ネガティブな感情の発露としてXを使うのは明らかに不健全だし、せっかく心機一転ほかの場所でやり直そうと言うのにXと同じようなノリになるのはもったいない。
だがしかし、僕の場合はそうでもない。
なぜなら、Xができるずっと前……まだスマートフォンすらなかった頃から、僕は悪態ばかりついていたからだ。
Xの前は個人ブログ、その前はモバゲーの日記、その前はガラケーのメールで、とにかく僕は愚痴や不満を書き連ねていた。
もちろん、そればかりではない。ポジティブなこともたくさん書いた。しかしそれ以上に、僕は子供の頃から不満ばかり垂れていた。
当時をよく知る母は「理由は分からないが、あなたは常に怒っていた」と話す。僕もなぜなのかもう思い出せないが、元気な時も落ち込んでいる時も、表の態度とは裏腹に常に心には怒りや不満を抱えていた。
そんじょそこらのぽっと出のSNSに影響されて闇堕ちしたわけではない、ということだ。
よく、「何が嫌いかより何が好きかで自分を語れ」みたいな意見を耳にするが、全くもってくだらないと思う。
いち消費者であり続けるならそれもまたいいだろうが、僕は創作活動に身を置きたいのだ。
必要は発明の母であり、必要だと感じるには不満を抱くところから始まる。
むしろ、お前には嫌いを語れるものが何も無いのかと言いたい。