世の中には様々なホラー作品があるが、ジャンルとして分けるとそこまで多くはない。
オカルト系、ゾンビ系、サイコスリラー系などなど。
しかし、「大別すると既存のジャンルに収まるが、中身はかなり異質なホラー」も往々にして存在する。
例えば、ネタバレになるのでタイトルは伏せるが、「若さに固執した中年女の怖さ」を描いた映画もある。
「女って怖ぇ〜……」と思うことはあるが、それをホラーに落とし込むのはひとつ間違えたらギャグである(実際、終盤はギャグっぽくなる)。
大別するとスリラーだが、殺人鬼やストーカー等のそれと比較するとかなり異彩を放ったテーマだろう。
「老いの恐怖」を描いた映画もある。時間の流れが異様に早い空間に閉じ込められてしまい、ちょっと気を抜くだけで我が子が成長したり、耳が聞こえなくなったりする。
人生に苦痛を感じる人も少なくないとはいえ、では未練なく死ねるのかと言われたら大抵は無理だろう。
やり残したこと、これからやりたいことがたくさんある中で、どんどん死へのタイムリミットが迫り、体が衰えていく恐怖。
こちらは「オールド」という映画で、観客の想像を大きく超える惨たらしい死に方が横行するので、不条理ホラーが見たい方はどうぞ。
そして、今回語りたい異質のホラーがもうひとつある。
グッドナイト・マミーだ。
最初に
最初に断っておくが、ネタバレ記事だ。
見ていないなら引き返してほしいと言いたいところだが、残念ながら現在どこにも配信されておらず、見るためにはレンタルか中古品の購入しか方法がない。
プライムビデオにハリウッドリメイク版があるが、持ち味を全て殺した筆舌に尽くし難い駄作なので絶対におすすめしない。
中古購入かレンタルする気力のある人だけ、引き返してほしい。
グッドナイト・マミー
手術を終えて帰ってきた母親は、顔を包帯でグルグル巻きにしており、態度も今までと違う。
「本当のママなの?」「僕らのママを返して」
お母さんっ子の双子と、険悪で異様な空気を醸し出す母親による、身の毛もよだつ胸糞悪い家庭崩壊が炸裂する……という映画。
予告を見れば一目瞭然だが、包帯グルグル巻きのお母さんがホラーの象徴である。
これは、サイコと化した表情の見えない母親が、純真無垢で母思いな双子にネグレクトと繰り返して死に至らしめる胸糞ホラー……ではない。
途中まではそんな気配しかない。
実際、母親は子供を羽交い締めにして押さえつけたり、「私がママと10回言え」と怒鳴り散らしたり、虐待に等しい態度で迫ってくる。
また、双子といういかにも伏線がありそうな設定もミスリード……というよりレッド・ヘリングだ。
母親が片方の子供にしか食事をやらなかったり、話しかけたりしないことから、勘のいい観客なら開始数分で「双子の片方が既に死んでいる」ことに気づく。
それらも重要な視点ではあるのだが、双子の死や母の正体に意識が向くせいで、後半から思いもよらぬ展開に転がっていくことに全く心の準備ができないのだ。
虐待するミイラのような母と双子の少年。この絵を見て、どちらか加害者だと思うだろうか。
そう、この映画は、双子の少年こそが加害者の暴力スリラー映画なのだ。
なぜ包帯を巻いているのか、双子の片方は本当に死んでいるのかまでは本題から逸れるので割愛するが、虐待された双子は「こんなの本当のママでは無い」「本当のママを返して」と願い、母に対し数々の拷問を繰り広げる。
ベッドに縛り付け、虫眼鏡で顔を焼き、口を接着剤で塞ぎ、ハサミで唇を切りつけ血まみれにさせ……と、徐々に拷問はエスカレートしていく。
純粋な子供ゆえに手加減というものを知らず、ただ目の前の母を信じられないが故に、どんな説得も届かぬまま、母への愛からなる拷問がひたすら続いていく。
母と子のすれ違いを描いた作品はたくさんあるが、子の手によって家庭が崩壊していく恐怖を描いたものはあまり多くない。
それが反抗期などのグレたものではなく、純粋な愛情からなるものなら尚更である。
最後がどうなるかまでは言わないが、徹頭徹尾ホラー展開を貫き通した映画だった。
母親も母親でだいぶ怖いが、それ以上に双子の演技力が凄まじく高かった。
全編を通してセリフが少なく、繊細な表情の変化から登場人物の感情の機微を汲み取る楽しさがある。
我が子に母と認めてもらえない恐怖。純真無垢ゆえに悪気がなく説得が困難な恐怖。あるいは、最愛の母と気づかずに危害を加えてしまう恐怖。
それら全てが、親ではない僕にまで鋭く突き刺さってきた。こんな恐怖もあるんだなと唸らされる。
余談
グッドナイト・マミーはオーストリアの映画で、前にも書いたがやはりヨーロッパの映画にはアメリカのそれには無い独特の味わいがある。
他にもおすすめがあればネタバレを伏せた上で教えてくれると嬉しい。