クリエイターとしての死

弓猫
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最近、創作意欲が無い。

作りたいゲームが思いつかないとか、手が動かないとか、そういう話ではない。

純粋に、心が踊らない。

手を動かし、自分の頭の中にある何かを形にする行為に関心がなくなった。

30を過ぎると、若い頃にあったプライドや理想が無くなってくる。

ありのままの自分を受け入れ、妥協し、折り合いが付けられるようになってくる。

それは良く言えば落ち着いているし、悪く言えば牙を折られた腑抜けだ。

僕は現在就労しておらず、開業届も出していない。扶養に収まる範囲内で不労所得を細々と得ているだけで、社会的にはただのニートである。

昔はそれが度し難いほどつらくて、惨めで、情けなくて、早く抜け出したかった。

今は、別にどうでもいい。

楽しく生きていければよくて、別にそれは僕がゲーム開発事業を成功させずともどうにかなる。

理想を高く持たなくなったし、理解者にも恵まれた。

ニートでいる気もない。

このまま順調にゲームが完成すれば、細々と生きていける程度の金にはなる算段だ。

それでいいじゃないか。

稼いだ金で細々と暮らし、欲しいゲームを買い、たまに美味しい外食に舌鼓を打ち、旅行で気分転換をする。

なにも、自己表現の一環として創作活動に身を焦がす必要はない。日銭が稼げればそれでいいじゃないかと。

そういう穏やかな日々を、いつまでも共に過ごしたいと思えるパートナーにも出逢えたのだし。

もう、自分の殻に閉じこもって頑張らなくていいんだ。

………………。

…………。

……。

はっきり言って、僕は失望している。

言うまでもなく、自分自身にだ。

以前も書いたが、過去に「自分の人生の最大の幸せとは何か」を真剣に考えた結果「創作活動で大成功する」だという答えを導き出した。

どうやら、違ったようである。

僕の幸せとは、良きパートナーに恵まれながら、お金にも時間にも追われず、ただただ好きなことだけを浴びるように堪能し続ける日々を、死ぬまで紡ぐことのようだ。

すぐにボケそうではないか。ふざけるのも大概にしてほしい。

  1. 高校受験で慶應志木に入学

  2. 推薦で慶応大学に入学

  3. 慶応卒なので大企業に就職

  4. 25歳までに結婚

  5. 28歳までに子を授かる

  6. 30歳までに都内にマイホームを買う

  7. ローンを返済しつつ、休日は家族サービスに勤しむ

といった、絵に描いたような幸せな家庭を描くことを親から求められていた。

1の時点で躓き、いつまで経っても就労意欲が出ないままニートに転落し、未だ子を授かる気が微塵も起きない社会不適合者となった。

それでいいと思ってる。

今でこそ「子連れ様」と揶揄されたり「子作りは罰ゲーム」とすら言われてしまうほどに社会情勢が変化したが、当時は結婚も子も願望があって当たり前という同調圧力がとても息苦しかった。

そんな中、我を押し通して転落してニートになって10年以上も苦しみ続けたのに、今更そんな普遍的な幸せに収まるつもりか。

社会の型にハマれず苦しんだくせに、今になってテンプレな幸せで朽ちていくなんて、過去の苦しみはなんのためにあったというのだ。

僕の価値観は、高校生以降ずっと止まっている。

体も心意気もおじさんになったが、そのくせ価値観だけはずーっと童心のまま成長してくれない。

大人というのは、必要に迫られた時にある日突然変身するように成長するものだと思っていた。

小学校から中学校でガラリと価値観が変わったように、流れに身を任せるだけで大人になれると思っていた。

ところがどうして、いつまで経っても子供のままなのだ。

自分の殻に閉じこもり続けた高校時代以降の僕を否定したくない。

おじさんになって疲れやすくなり、折衷案を知っただけだ。

いわば「疲れやすいが故にあまり無茶をしなくなった子供」になっただけ。

丸く収まりたくない。創作者として死にたくない。

例えその先に痛みしか待っていなくても、僕は進んで創作の業火に焼かれていたい。

あの頃の僕を殺したくないし、あの頃の僕が思い描いていた未来の自分は、呆けて幸せだけを浴びるようなダサいおっさんではなかったからだ。

余談

寝る前に書いたから支離滅裂な文章になってしまった。

しずインは推敲せず、ただ思考を排泄するだけの場にしたいから許してほしい。

@yumineko
個人ゲーム開発者。開発の進捗は ci-en.dlsite.com/creator/20437 にて