それ、今じゃない

ふわふわのくま
·
公開:2026/5/10

手術の前日に担当医の回診があり、胃外科の先生たちがぞろぞろと四人で病室にやってきた。穏やかなおじさんと、アッパーめのふくよかなおじさんと、同じくらいか少し年上くらいに見える男性と、二十代くらいに見える女性の先生だ。

私は起きたばかりで、顔を洗って乳液を叩き込んでいるところだったのでギャッと思ったが、来てしまったものは仕方ない。普段からボロボロの患者なんて見慣れているだろうと諦めた。それでも知らない人たちにパジャマですっぴんのところを見られるのは恥ずかしい。誰に見られるわけでもないけど、入院にあたって少しでもテンションが上がるようにといつものサロンに駆け込んでまつ毛パーマをしてもらっておいて良かった。ノーメイクでも、まつ毛がギャンギャンに上がっていればある程度体裁が保てるからな……そんなことをとりとめなく考えていると、先生に「はい、じゃあベッドに横になってね。お腹見せてください」と言われ、仕方がないので従った。

ところで、私のおへその下にはワニのタトゥーが入っている。岡崎京子のマンガ「PINK」のワニである(スリルとサスペンスなのだ)。パジャマをたくし上げてお腹を出すと先生たちは一瞬シーンとした。

(今、絶対全員「ワニだ」「ワニ……」「なんでワニ?」って思ってるだろ)と感じたが誰もそのことには触れず、おへその周りやお腹にマーカーでいろいろな印を書かれた。手術で切るところの目印だと言う。全員が同じことを思っているはずなのにそのことにツッコまないでいる時特有の気まずい空気が続き、私は(勘弁してくれ〜)と思っていたが、やっと回診が終わるというタイミングで胃外科チームの若い男性の先生が、突然「あ、それ、ゴーストワールドですよね!僕も好きなんですよ〜!」と明るく話しかけてきた。私のスマホケースに挟んでいた映画のステッカーに気がついたらしい。

この先生、初めて紹介された時から思っていたが、やたらとキラキラした感じなのである。なんとなく元ジャニーズの手越くんみたいな感じだ。今話しかけてきた口調とかからして、きっと性格も明るい人なんだろう。別に、私もここが病院ではなく、着ているのがヨレヨレのパジャマじゃなく、自分ががんで弱り切って手術が怖くて泣いた後じゃなかったら(あら、気が合うわ)と思ったかもしれない。「ゴーストワールド(2001)」は私も大好きな映画だ。あれが好きだと言う人なら友達になれるかもしれない。でも、今じゃない。今、すっごいヤダ。

私は俯いて「……あっ、はあ、そうです」みたいなしょーもない返事をもごもごと返した。ノリが悪くてごめん。でもそれ絶対今じゃないからさあ。