立入禁止の向こう側

yurutan
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公開:2026/5/13

子供の頃から、どこへ繋がるのかが不明瞭な道というのが気になる性分だった。

行き止まりのゲート奥の林道、本線の脇に逸れる細い道など、家族でドライブ中の車窓にそれらを見つけると妙に気になって目が釘付けになった。その先に行きたいと駄々をこねることまではしなかったが、自身の父親がドライバーだったせいか、それ故にそのような道に興味があったのか、たまに林道や細道に乗り入れクルマを走らせることもあった。当時は林道ゲートも解放されている場所が多く、入林に関してもさほど規制もなかった(自由というよりは、管理者側から黙認されていた可能性もあるが)時代の話である。明らかに私有地へ続くと思われる道へ入ることはなかったが、当時のことだとご理解願いたい。

当然、子供の私はわくわくと心が躍った。鬱蒼としている木々の奥に延びる砂利道を、タイヤのバウンドに合わせて上下に揺れる車体に呼応するような高揚感。木陰が続く仄暗いトンネルのような道に少々の不安を覚えたところで視界が開けた間に差し込む陽の明るさや景色の明媚さに心を奪われた矢先、また木陰に隠される。そんなことを繰り返し、数キロ程進んだ先に抜けた場所は、観光の中心地だったりはたまた新興の工業地帯や住宅地だったり。あっけなく日常の空間に放り出される無念の中にも安心感が入り混じり、束の間の冒険を楽しませてもらった。今思えば家族も一緒だったということもあり、万一事故に遭っても子供の自分はなんの責任も負わずに済むため何も考えずに楽しむことが出来たのだ。『千と千尋の神隠し』の千尋はその点大人だ。千尋の両親は羽目を外し過ぎたため豚にされてしまったが、千尋はその前に危機感を持って怖気づいているのだから。もしこのドライブでそのような誘惑が現れ調子に乗ってしまったら、我々家族は自分含め全員豚コースである。一応言っておくが、この他にも車中泊旅行なども経験し、子供の好奇心や冒険心を満たしてくれた家族には今でもとても感謝している。なにはともあれ大人になってからはそのような場所へは一人で行くことが多いが、その際の緊張感は当時とは全く比べ物にならない。トラブルに見舞われれば豚どころかあの世が待っている(どちらがマシなのかはこの際置いておく)。

ちなみに意外なことに、そこそこの奥地を走っていたにもかかわらず、クマやシカなどの野生動物に合ったことは一度も無かった。国道など本線の峠道などではシカを見かけることもあったが、それすら珍しいこととして捉えられていた。通った場所、住んでいた場所によっても異なったのだろうが。頻々な人の往来が動物とのエンカウントを制御していたのだとすれば、宅地にまで出没する今の状況はかなり深刻なのかもしれない。

先程、道を抜けた先が観光地だったことに無念を覚えたと書いたが、有名な場所、遊園地や動物園など、他の観光施設にも連れて行ってもらったという記憶はあるのだが、その内容まではあまり思い出として覚えていないというのが正直なところだ。(多分)色々と我が子のことを思って連れて行ってくれた両親には申し訳ないことなのだが。おそらく、昔も今も自分にとっての娯楽というのは、既にお膳立てしてある場所に金銭を払って出かけていくということではないのかもしれない。世間的にはとても厄介なことに、広く知られた場所ではなく、むしろ隠したい、また危険という理由で人を締め出したい場所にこそ魅力を覚えてしまう。そこに取り残された過去や真実(この言葉の中身すら昨今は懐疑的なものとなってしまっているが)に注目したい、というのはいささか大袈裟に過ぎるし使命感として抱いているわけでは全くないので誤解のなきよう断りをいれておくが、その場所に身を置いて静かに想いを馳せるのが、自分にとっては理想の娯楽なのだろう。

行きたい場所に行き写真を撮るということを始めて20年程経つ。そこが観光地でも非観光地でもとりあえずでも撮ることで記録にも記憶にも残すことが出来る。最近特に感じるのだが、過去に撮った写真はひと目見れば何時、何処でのものなのか瞬時に判ったことが、今では写真の日付を確認したり整理フォルダを辿らなければ思い出せないものが増えてきたため、撮った本人の記憶に残すという意味では尚更だ。この20年の間にはもっとも経済的に不自由だった無職の頃もあり、そんな時に上に述べたような非観光地を巡ることで活発に動き回れ、今に至っている。その非観光地も今ではそれなりに有名観光地になった場所もあるが、経済的消費にとらわれず自分なりの楽しみ方が出来たという意味ではとても貴重な時だった。自分にとって「立入禁止の向こう側」は、得体の知れない甘美な魅力に加え知的好奇心も満たせ、それにより閉塞気味だったメンタルのセーフティネットの役割も果たしていた部分もあると思っている。

さまざま理屈を並べてしまったが、ただ単に子供の頃の、なにも考えずに抱けたあの高揚感をひたすら追い求めているだけなのかもしれないが。

@yurutan
空想と現実のあいだには いつも冷たい雨がふる  yurutan.net