登山したくないけど山歩きしたい

yurutan
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公開:2026/5/16

単なるズボラの戯言というわけではない。切実な願いである。

幼い頃からひ弱で、少し走ればすぐ動悸と息切れを起こし、小学校時代のマラソンはビリから数えた方が早く、100m走も20秒を切れたことがない。体育の成績は当然振るわず、そんな体たらくなので団体競技などは足を引っ張り気味、中学・高校の体育行事に至ってはもう逃げ出したいくらいだった。実際中学の体育大会は体調を崩したことにして(ある意味嘘ではない)欠席したことがある。他の人は何故苦しくならないのか(なるのだろうがレベルが違う)、何故あんなに動けるのかと本当に不思議だったし、動悸と息切れの原因はわからず、身体に異常は無かったので一応は健康体ということだったのだが、それだけに周りには怠惰に映ったようで、先生には叱咤激励され、同級生からは呆れ顔で見られ、どんなに自分なりに努力してもどうにもならない絶望感の中で学校生活を送っていた。ただ、体を動かすこと自体は嫌いではなかったので、遊びで自分のペースを保てる状況ならかけっこや自転車、リクリエーションでのハイキングなどはひと通り楽しんできたつもりだ。相変わらず遅れを取る位置をキープしてはいたが。

成人してからしばらくして、動悸と息切れの理由がうっすら判明した。とある症状で心臓の検査をした時に、「滴状心(てきじょうしん)」の疑いが指摘されたのである。レントゲンで見た時に心臓が細長く垂れ下がっているのが確認され、それは病気ではなく体質的なものなので深刻な状況というわけではないのだが、やはり疲れやすいのはこのせいもあるとのことで、ここに来てようやく原因に辿り着くことが出来た。医師から「今まで辛かったでしょう?」と訊かれた時は、やっと理解してくれた人に出会えたように思えて泣きそうになったが、反面、我儘を言えばもっと早くに判明して欲しかった感もあり、複雑な思いもした。子供の頃に判っていれば、それなりの同情も配慮も得られただろうに。このような体質や闘病に関するエピソードはまだ他にもあるが、話が逸れるのでまた何かの機会に記そうと思う。

そんなこんなで、運動も無理しない程度にと釘を刺されたこともあり、本格的なスポーツは当然する気は起こらなかったが、散歩や軽い山歩きくらいはしたいと普通に行きたい場所には行っていた。地元の有名な山(1000m級)は学校の行事でも登り、その後家族でも登れたくらいの軽登山級の山で、人によってはハイキングレベルとも言われるが、自分にとっては十分に登山である。ただこれも最近では体力的にやはりキツくなってきた。他の方のガイドで山歩きに参加させてもらうこともあったが、こちらも他の方々のペースに付いていくのがやっとである。そして体調とメンタルのコントロールが難しくなりつつあり近年はそれすらも控え気味になっている。元々自然の豊かな場所が好きなので、それでもしたい山歩き。登山がダメならトレッキングにすればいいじゃない。頂上を目指さなくとも、森林浴や散策目当てでもいかがなものでしょうと、最近は街中でも公園や遊歩道のある場所を見つけては歩きに行く生活を楽しんでいる。

自然豊かな森林地帯も捨てがたいが、昨今のクマ出没に恐れをなしてこれも控え気味になってしまった。メンタルの安定には最適な場所なのだが、クマにそれを邪魔されようとは。いやクマにとっては知ったことではないだろうが。ただ、他は何者にも乱されず、静寂の中に木々の葉音や鳥の声に耳を傾けつつ一人佇み、枯れ葉や土の感触を味わい歩みを進めるあの感覚は、本当に「生きている」ことを実感出来る時でもある。今となってはそれすらも贅沢なものになりつつあるのか。実に世知辛い世になってしまった。

初心者級の低山、中距離程度のフットパス、歩ける公園や街中の遊歩道など、地図を眺めて目に止まればチェックしている今日このごろである。クマ騒動が落ち着くことを祈りつつ、回れる時を狙って少しづつ巡ってみたいと思う。

@yurutan
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