自作のイラストとか詩とか小説とか、見られたら恥ずかしいと思ってしまいがちなものを堂々と世の中に提示することのかっこよさってあるよなぁと思う。
と思っていたら最近、Mixiの社長がYoutubeで20年前とかのポエム投稿を平然とさらしているシーンを見て、かっこいいなと思った。ポエムって、いろいろな創作の中で一番柔らかくてもろい感じがする。自分の内面がそのまま露出していて、防御力が低いというか、つまり見られたら恥ずかしい。だから特に勇気のいる表現の形である。
と思っていたら最近、歌人の木下龍也氏の本に出てきたフレーズがとてもしっくりきた。
短歌の定型は五七五七七。これが短歌において最大の盾であり剣だ。定型という言葉の入れ物が感情や記憶を含む生身のあなたを保護する。そしてこの入れ物は長い歴史をかけて研がれた剣であり、日本人の意識になぜかたやすく刺さる。
(木下龍也『天才による凡人のための短歌教室』 p.44)
さすが、素晴らしい言語化である。 定型があれば、その型にはめることによって、自分のぷよぷよした内面の柔らかさをある程度は補える。 また粉薬をカプセルに入れるように、受け手としてもすんなり飲み込みやすくなる。
そうした盾や剣を自ら放り投げて、身一つで殴りに行っている点で、詩人や自由律の俳人はイカしている。 自分にはとても真似できる気がしない。
恥ずかしい表現者を見てかっこいいと思っている以上、やはり自分も一人の恥ずかしい人間として、何か恥ずかしいものを作って堂々と世にさらしていきたい気持ちがある。というか、その練習をしていく人生にしていきたい。 最近は短歌を作ってみているので、いつかnoteにでも放流する。(短歌は小説よりもすぐに作れるのがいい。)