お久しぶりです。多分。
ほぼ毎日旧Twitterに日常などを曝け出していたいわゆるツイ廃だった私なのだが、ここ数年は様々なものに振り回されているのでインターネットに顔を出したり出さなかったりしており大変波があるな、と自覚している。
出てきてない時はまぁ色々理由がある(てがろぐの固定参照)のだが、一言でいえば「人生をやっている」になる。
正直、現在進行形で世間一般的な「普通」のレールからは外れまくってる人生を送っているため、「人生をやっている」という表現が私には重い気がしてしまう。適当に人生を消費している、の方が近い気がする。
でもまぁ私なりに頑張って生きてんだから「人生をやっている」と言ってもいいじゃないか!と自分を甘やかす。
正直見切り発車で文章を書いているので、何が書きたかったとかテーマがあったわけではない。思いついたことをただ書いてる。
強いて言うならきっかけとしては、他SNSでフォローしている方(複数名)が記事を書いていたのを読んで、なんとなく書きたくなった。もっと正直に言えば存在証明をしたかった、というのもあると思う。
ところで、数ヶ月程度でもSNSから離れると浦島太郎の気分になってしまう。マジでSNSの使い方を忘れる。
厳密には忘れてるというよりSNSで呟く必要がなくなっている、が正しいのかもしれない。現在、日記や感情の吐き出し、愚痴とか思考整理を他のツールでやっているのだが、これはかなり大きい。これを悪いとは思っていない。だって全部全世界に垂れ流す必要は無いし。
でも、そうなるとSNSでの交流がマジで皆無になってしまう。なので正直割と困っている。
私は薄情な人間である自覚はあるが、よくわからん執着はある。SNSおよびフォロイーに謎の執着がなければとっくにSNSなんて辞めてる。だから困っている。
しかし、交流なんて頑張ってするものではない(頑張る必要がある時はある)と思っているので、悩んでも仕方ねぇなと思ってはいる。悩んでウジウジしてる時間が一番無駄ですからね。
ただまぁ、この話も他の色んなものも通じて、自分って思った以上に空っぽだなぁとこの歳になって実感することになったのは本当に悔しい。もっと早く知りたかったですね。
ここ最近は自分について語ると大体気持ちの悪い文章にしかならない自覚があるので楽しいこと(?)でも書くか。
最近実写映画の地上波放送に影響されてゴールデンカムイのアニメをアマプラで見ています。2期まではここ最近までBSで再放送されてたからそっちで見たけど。
ゴカム原作が最終話迎える付近で全話無料になった時にアプリで一気読みはしてたんですけど、かなり急ピッチで読んだので理解と記憶がボロボロでした。なので今割と新鮮な気持ちで見てます。ゴールデンカムイ面白いね。
こうして久々にインターネットに自我を吐き散らしたわけだが、案外一度吐き出すとそれまであった抵抗のようなものはわりとさくっと崩れる。
何かを心配しているわけではないとは思うが、案ずるより産むが易し的なやつなのだろうか。インターネットはそんな大層なものでは無い……
つい先ほど「SNSで呟く必要が無くなっている」というのはあくまで離れている期間の話であって、一度顔を出すと呟く必要のないことをつるっと言えるようになる。なんなんだろうな一体。
でも我々(?)のSNSってどうでもいいことを垂れ流すのがSNSだから肩肘張らずそうするのが正解ではある。でも、一度離れるとそれが難しくなる。難儀。
まぁつまりは、良いか悪いかは一概には言えないが、インターネットで何か言える元気がある時は自我を見せておきたいものだな、と思った。