こころのうち

人生
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今日まで日記を休もうと思ってたけど、午後に出張直帰となったおかげで時間が出来て、少し元気になった。

せっかく何か書けそうな気持ちになっているので、今日は日記とは少し違う、最近考えてることや思っていることをつらつらと書こうと思う。


  • 今期の朝ドラが見たい話

今週からNHKにて朝ドラ「寅に翼」が始まった。購読させてもらっている日記でも、観ている人が結構多いようだ。あらすじは以下NHK公式サイトより引用。

連続テレビ小説「虎に翼」。主演は伊藤沙莉。日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、一人の女性の実話に基づくオリジナルストーリー。困難な時代に立ち向かい、道なき道を切り開いてきた法曹たちの情熱あふれる姿を描く。

この「寅に翼」の作者(脚本家)である吉田恵里香さんを、わたしは密かに応援していた。

というのも、わたしは脚本家の吉田恵里香さんが10年ほど前に脚本として携わっていたアニメ「TIGER&BUNNY」の大ファンだからだ。アニメの脚本のメインは西田征史さん(同じく朝ドラ「とと姉ちゃん」の脚本家)でサブが吉田さんのような割振だったが、コミカライズの脚本は吉田さんが担当していて、いつも楽しく元気づけられるようなストーリーを紡いでくれていた。

TIGER&BUNNYの1期放映当時(2011年)は吉田さんは20代前半と若く、おそらく名前がちゃんと出る仕事としては初めてだったのではないかと思う。wikipediaを見た感じでもこれより前のお仕事の履歴が無さそう。

その頃から吉田さんのTwitterをフォローしたりひっそり応援しつつ、どんどん活躍していくのを一方的に見てきたので、いまやNHKの朝ドラを担当するような大物脚本家なのだなと思うと、なんだか勝手に嬉しくなってしまう。流石に作品全て追うようなことは出来ていないのだが…

いまのところ私の観測範囲では評判も良さそうで、ますます嬉しくなる。日本での初の女性弁護士であり裁判官になった女性をモチーフに描くということで、フェミニズムの要素が強く出ていることも高評価の理由かもしれない。

吉田さんは、一昨年にアセクシャル・アロマンティックを題材にした「恋せぬふたり」という作品を手掛け、向田邦子賞という脚本界において名誉ある賞を取った。近年の多様性や価値観、人権感覚を作品に取り入れることがすごく上手で、バランス感覚のいい脚本家なので、そうしたところが認められたのだろうと思う。TIGER&BUNNY2期(2023年)のアニメやコミカライズなどにおいても、人種や性指向などに捉われない、ただの人と人との関係を大事に描いてくれていた。

「寅に翼」をやるにあたっての、吉田さんのとても良いインタビュー記事があったので、2つほどリンクを貼っておく。

https://veryweb.jp/life/632726/

https://nhkbook-hiraku.com/n/nab05f04801ce?sub_rt=share_b

ここまで言っておきながら、わたしは朝ドラより早く家を出てしまうのと、録画してドラマを観るという習慣がないためにまだ観れていない。インタビュー記事やら評判を見る限りとても良さそうなので、はやくこの土日に観たいと思う。


  • 自分に甘すぎるのではという話

インスタでこういう漫画がおすすめに流れてきたことなどはないだろうか。

わたしは面白くてついこういう俗っぽい漫画も読んでしまうのだけど、大体コメント欄を見るとキャラクターに対する厳しいコメントに溢れている。最近の無料マンガアプリのコメント欄なんかでも同じような状況になっているのをよく見るのだが、見るたび「世の中の人ってきびしいんだな〜…」と思ってしまう。

私は、相当理不尽に他者に攻撃的だとか、悪意がありすぎるとかを除けば、どのキャラクターも正直責められない。なぜなら、自分の根っこが弱く堕落しやすく、人を妬み嫉む気持ちも湧きやすいために、ほんの少しでも「わたしも同じ状況ならこのキャラクターと同じだったかもしれない」と思ってしまうからだ。人のダメな面に自分を見てしまうから、人のダメさを責めきれないのだ。

でもこれってつまり、ぱっと見他者に共感しやすくて優しいように見えるけど、実際のところただ自分に徹底的に甘いってことなんだろうな。そう思うとなんだか情けない。

更に裏返して言えば、そういう世の中の人は他者に厳しいことを言う分、自分はそうじゃないという自信がしっかりあるし、自分にも厳しいのかも。正直、わたしは今後もそうなれる気がしなくてますます情けない気持ちになった。


  • 帳尻が合わないだろという話

この日記(記事)を書いている本日4/5、新宿西口の書店をふらついていたらナンパに遭った。もしかしたら宗教勧誘だったかもしれないが。書店の入り口近くで、あてもなくふらついていたところ声をかけられたのでよもやナンパとは思わず最初普通に対応してしまった。途中から「あ、これナンパだ」と気付き足早に書店を去ったが、後からじわじわと怒りが湧いてきたので、何が怒りの理由なのかをここで書いて整理をしたい。

前提として、わたしは謙遜でなく、本当に客観的に、一般的な美醜の尺度で見た時に美しい外見はしていない。かつ、今日は本当に適当な、ともすれば芋臭くすらある格好で、いつもの平日と同様眉毛以外はノーメイクだったし、そもそもマスクをしていて顔半分が見えない状態だ。その状態で、ただ書店で陳列された本をぼーっと眺めて歩いていた。

そういう状態の人間に声をかけるというのは、「女の形をしていて隙があれば何でもいい」ということでしかない。もうその時点で私に対してとても失礼な話だ。ばっちりメイクをしおしゃれな服を着て都会を歩く時に、ナンパをされたり声をかけられたりしたことは無いので、おそらく、いや確実に、そういうことなのだと思う。

これだけでも腹の立つ話なのだが、このナンパから逃れるためにわたしがその書店から出るハメになったのもまた腹立たしい。ゆっくりボケーっと平積みされた本を眺める自由を阻害されたような気持ちだ。

こう言う時、「別に逃げずにそのまま無視して書店に居れば良かったじゃない」とも思うが、そりゃ最初から「ナンパなんですけど」って言ってくれればこっちも堂々と「すみませんがお断りします」と言ってそこでやり取りも終わる。意図がわかってこっちの言葉が通じて引いてくれればそんなに怖くもないし、あとは自分の好きにすればいい。

でも実際そうじゃなくて、ナンパなんて起こらなそうな場所で、かつ、なにか困ってる風に尋ねてきて、途中から「よく来るんですか?」とか「今日は何してたんですか?」とか全然関係ないことを言い出すから、意図をはっきり示さない感じに戸惑うしちょっと怖いし、そうなるとこっちの拒否もすんなり通じなさそうなのでもう立ち去った方がいい、ということになるのだ。痴漢とかもそうだが、行動が予想外すぎるので、不気味に感じてしまう。

そしてその狡さにも腹が立つ。わたしは自分で言うが善良な人間なので、基本的に何か困ってる風に尋ねてこられたら対応してしまう。そういう人間の親切心につけこみやがって。あぁ、「やがって」とか言ってしまった。

こうした、女の形をしているために遭う嫌な目(大小問わず)に遭ってしまうたび思うのだが、「帳尻が合わない」と思う。

わたしは外見がよくないことを理由に、小学生の頃は同級生の男児にひどくいじめられた。それであるならば、そこで損をしているのだから、代わりに「不美人なので好きでも無い男性から性的な対象として狙われることもない」という得(?)があって良いはずだろう。というか、理屈としてはそれが通るはずだ。

なのに現実がこれなので、帳尻が合わないだろ、と思うのだ。なんで、不美人で女として程度が低いからいじめられたのに、つまり女として程度が低いのに、なお性被害に遭うんだ。理屈がおかしいし、損してばっかりじゃないか。

多分これについては、事実として理解はしても一生納得がいかないままだと思う。道理に反しているし、わたしの人生の帳尻が合わない。


嫌な話をしてしまったので、ナンパに遭う前に食べた美味しいロイホのブリュレパフェの写真で締めようと思う。1000円と少しでこんなちゃんと美味しいパフェが食べられるってありがたいですね。

@zinesay
夕飯日記