2月26日

zubora
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再びの寝坊でした。しかも今日はなかなか起き上がることができず……。

昨日、『タスクシュートクラウド』というタスクシュートアプリを使ったチャレンジのキックオフミーティングに参加してきました。今回『先送り0(ゼロ)』という書籍が出たことに合わせて開催されたもので、100日間でタスクの先送り0を目指すチャレンジです。普段も定期開催しているようなのですが、申込多数なことや一度参加したことはあるものの挫折経験から失敗が怖い……。ですが、今回の書籍の特典として、購入者全員に100日チャレンジの参加権があったので、思い切って参加してみました。

あまり詳しくは言わないほうがよいのかもしれませんが、結論として、わたしのタスクシュートクラウドへの使い方や取り組みが全く違っていたこと。

著者のお一人、jMatsuzakiさん曰く

「やるべきことをバリバリ効率的にやることがゴールではない」

「時間は豊かで、安らぎを持って日々をたのしく生活できるようになることがゴール」

冒頭の言葉でしたがもうこれだけで目からウロコが何枚剥がれたことか……。

もうお一人の著者、佐々木正悟さんのお話も興味深く、またこれこそが自分の抱える課題の核心でした。

「おばけを見たから不安なのではない。心の中に抱えているなんらかの不安が、おばけというものを生み出す」

タスクに対してなぜおばけ?と思うのですが、タスクがやりたくないとき、そのタスクに向かうのに気が重いとき、ってありますよね。でもタスクはあくまでただの作業にすぎない。自分の心の中に「締切に間に合わなかったらどうしよう」「あの人と会うの嫌だなあ」というタスクへの不安があったり、また全然そのタスクとは関係なく「完璧にできなかったらどうしよう」「自分はだめなやつだと思われたらどうしよう」といったような、もっと根底の不安があるときに、初めて目の前のタスクが「重い」ものになってしまう……これがおばけの正体だということ、だとわたしは解釈しました。

おばけを目の前に実際に見て、怖い怖いとやるのではないのです。

そのおばけは、自分の不安が作り出す想像や空想にすぎないのです。

まさに今朝の自分がそうでした。

確かに、アラームに気づかずいつもより少し寝坊しまったことは事実です。そこからが問題で「このまま起きられなかったら100日チャレンジに失敗してしまう」「起きないと自分がだめな人間の烙印を押されてしまう、みんなに指さして笑われてしまうかも……」そういった不安が、ただの「起きる」という行為に「重さ」というおばけを付加し、もう少し、もう少しだけ……と起きることを先延ばしにてしまったのだと思います。

でもこの"おばけ"に有効なのが「1分着手」だと著者のお二人は仰っています。

1分でもやれば、終了しなくても実行はしている。

1分でもやれば、やらないより間違いなく先に進んでいる。

5分やれ、は忙しいときは無理!となることもありそうですが、1分だったらなんとかなるかな…と思える。そして1分やった自分を褒める。

タスクシュートクラウドは、できなかったことにフォーカスするのではなくできたことを数えるツールだったのですね……。

今までの自分は、できなかったことをカウントし、より効率的にそれらをやることをやれるように組み立てていくことが中心にありました。ですから毎日時間に追われていたし、時間がなかった。おまけに、完璧にやり切ることができなければできたこととはカウントしなかったのです。完璧に終わらせることができなかったことは、だめだったことや失敗としてカウントしていたのです。そりゃ毎日疲れるよな……と猛省。

でも、1分やったらOK!と言えたら、1分やれた自分を褒めることができたら、毎日がたのしくなりそうで、わくわくしてきます。

とはいえ、今日から本当はまっさらな状態でタスクシュートクラウドに向き合うつもりだったのですが、あまりのルーチン量の多さと優柔不断が相まって、いくつかあれも戻してこれも戻して……とやってしまったがゆえに、大変中途半端な状態にしてしまったことも反省点。

まず思い切って手放すことが、昨日に引き続きわたしのスタート地点なのだな、と感じています。

@zubora
『生きる is 何』を永遠の問いに、うつとともに生きています。自分のことは自分が一番わかっていないことに絶対的自信がある。Everyday&Always、沼人(ぬまんちゅ)。