六月だなあ もう六月!?という流れここ数年毎月というか毎週やってるんだけど仕事してるとあっという間に一週間終わってておそろしいよ〜
そんなわけで六月も上旬が終わるんだけど六月といえばプライド月間!結婚の自由をすべての人に!ずっとそう思ってます。
ちなみに、個人的に結婚という制度に対して興味関心は無いです。結婚は素晴らしいものだとかそういうのは一切無いですが、すべてのひとに開かれるべき制度であると思っているという立場で上記の発言をしています。
冒頭でプライド月間に触れているものの、自分のセクシュアリティを確定出来ていないのでそれに関したことは何も言えないところ。
というのも私田舎生まれで一人娘なのですが、幼稚園くらいのときに祖父母の暮らす家に引越して両親含めて五人暮らしになり(それまでは両親と三人暮らしだった)そこで「じ〜は一人娘だから婿を取って家を継いでもらわないとね」と言われて、好きなひとが出来たとして、相手にそれを了承させないといけないのかあ、それって面倒だなあ、となり、そこから好きなひとが出来なくなってしまいました(笑)笑い事ではない(笑)
東京で就職しま〜すて家を出て、盆も年末も頼まれなければ帰らず友達と遊びまくり、髪の色もガンガン変えて、三十年前とかのこと家族の誰も気にしていないというか忘れてると思うんだけど、じゃあ今から恋愛するか〜!の気持ちにはならなかった。
ご想像のとおり抑圧された環境ではまああったのだが、上京した瞬間からやりたいことはまあまあやっており、夜遅くまで遊んだり貯蓄ゼロ近くまでお金使ったり……、家を出て上手く逃げられたタイプなので、実家には絶対帰らない!とか家族とは一切連絡を取らないといったことはないです。母親だけは自分の味方でいてくれたことと、個人として余裕が出来たおかげでいまは田舎ウケる〜て笑える感じです。
そんなことを考えると、やりたかったことはかなりやってきたほうなので、別に恋愛はやってみたかったことではなかったのかもなあと思っています。ゆえに何かしらのセクシュアリティだと決められる要素がなく、クワロマンティックを分かるな〜と思うけど、とかそんな感じ。
私は上京してから出来た友達と遊び、このお金の使い方はもうしないな〜これは楽しかったな!と日々改善しながら大体の方向性を固めて今に至るのだが、そこで選んだものが恋愛というひともいらっしゃるだろうなと思うし、そういう方々が自身で選んだことで失敗して改善したり、ハッピー掴み取ったり出来るべきだよね!と思うので、まずはすべてのひとが同じ制度を利用することができる状態になっていないと駄目だよね!の立場です。
この文章の中にふわ〜と滲み出ていると思いますが、幸せになるべきだ!の理論で様々な考えに対して自分の立場を表明していないです。ひとびとは平等で、それぞれがそれぞれの考えで選ぶことができるべきだ、という点を基準にしています。
別に誰かを苦しめたいとは思っていないので、好きなひとも嫌いなひともどうでもいいひとも、私自身も含めて、すべてのひとが勝手に助かっていてくれと思っています。自分がすべての差別や戦争に反対しているのはこのスタンスです。
ひとまずいまの私はそう思っているのだが、明日の私、来年の私、未来の私はどんな出会いがあってどんな考えを持つのかなあ。
このときの考え方がすべて間違いではないことを祈りたいけど、もしこれが誰かの足を踏んでいるとしたらすぐ避けられる自分でいてほしい。