私はいま東京の安全な住宅街に住んでいて、そのことをめいいっぱい楽しんでいる。
夕暮れになったら身軽に外へ飛び出して、何のあてもなく1時間ほど歩き回るのが好きだ。私の家は住宅街への入り口にあって、まだにぎやかな雰囲気や商店の騒々しさと隣り合わせの場所だが、ここから少し奥へ行くだけで本当に住宅しかないエリアに入る。自動販売機すら稀だ。第一種低層住居専用地域であり、基本的に戸建て住宅か2階建て程度のアパートが立ち並んでいる。
昼間に散歩するのも好きだが、夜はまた格別だ。窓にあかりがともるから。
窓のむこうには人がいる。
昼間だって人はいるだろうが、家の中にいるとは限らない。留守かもしれないし空き家かもしれない。照明がついていたとしても外の太陽の光に負けてはっきりしないが、夜になるとはっきり「人がいる」サインになるのだ。
窓際に置かれた小物のシルエットが見えることもある。
カーテンを開け放ったまま団らんするご家庭のそばを通りかかれば、まるで「暮らし」という絵画を額縁に入れたように、窓枠のむこうに人がくつろいでいることもある。私は見ていることを悟られないように足早に、窓に縁どられた家庭の様子をつかの間楽しんで通り過ぎる。
窓の形も面白い。不思議なもので、あんな形の窓があそこにあったのかということに昼間より夜のほうが気づく。暗いはずなのに、窓の灯りは家の大きさを昼間より大きく見せてくれる気もする。あの奥に自分が座ることを考えて初めて家の大きさがわかるからだろうか?
夜、私のようなちっぽけなニンゲンが灯りも持たずに街をうろつける平和がこれからも続いてほしいと、散歩の時には強く思うのである。