タイトルは"Vivre ? les serviteurs feront cela pour nous"(生活? そんなものは召使どもに任せておけ」)のパロディである。訛っている。
歌人の穂村弘は「生きる」と「生きのびる」を使い分けているという。
デジタルな日付、デジタルな時計、アナログな時計、アナログな命。生命の時間。ライフ・イズ・タイム。
タイム・イズ・マネー。資本主義が生まれてしまってその枠組みの中でテクノロジーが進歩し続けるそんな社会に合わせていかないといけないって前提で暮らしているうちに、生命の時間を換金する思想に毒されている。生殖のコアタイムがアカデミックキャリアのコアタイムにもワークキャリアのコアタイムにもかぶっている葛藤の中、なんとか生きている。
そのなんとか生きている時間が二重構造になっていて、「生きのびる」は土台、プレイ継続時間の量的な確保の課題に関わってくる。その土台の上で「生きる」は生を享受して鮮明に花開く時間体験の質的側面に関わってくる。交換不可能な命の一回限りの有限性を悉く味わうには偶然性や何の役に立つか不明なものが入る余地を残すことがヒントだが、再現性はない。こうやったからこうなる、PならばQみたいには約束されていない。
料理作る側のレシピはマテメソ整えてこの材料にこの手順で作れば出来上がるのはこれですって再現可能じゃん。女子力ゼロからのクックパッド挑戦でレシピ見ながら色々作ったからな。そんな俺でも回数こなしてレシピ見んでもそれなりに作れるようになった。
一方で、料理を味わい尽くす側のレシピなんてまだ見たことないんだよ。感覚の変容を起こして五感が鋭敏になって快刺激に対する受け取り方がバグるから、アンブロシアとネクタルってこれかー!ってなるよ。ってか、なってるよ、毎日。
人生を悉く味わい尽くす側のレシピ、これも未見だ。じゃあ、なきゃ作ってみるかと思って、「こう生きてみたら、こんなこと思って感じて考えるようになって、こうやってみたら、こうなってる」という実験ログを大学1年の夏休みからネットに書き続けている。まだ20年しか続いていないけど。そのうち命尽き果てたら「こうなってる→こうなった」になって実験ログも完結する。楽しみだ。
人生最期の日の儂ならどうパラフレーズするかなんて知らねすぺただん。その途中経過にいる今の儂ならこうパラフレーズしよう。「生きる」を生の享受。「生きのびる」を生存、生き延びること。だという風に。
タイトルだけで理解できる、理解した気になれる人間ならば、その先を読むまでもないからクリックしないはずだし、ここにくるまでに長ったらしくて読まずに離脱するはず。多分、滞在時間何秒経過で何人離脱しましたみたいな、指標あるよね。多分もうほとんど人残ってない計算でいる。上から通しで読んで下に行くほど深く潜ってく前提でまだ残ってたら、沈み具合が、深海魚級じゃんね。
「あ、そのネタで何周考えたかわからないくらい思考をやりこんでるから、他の答案も見てみたくなって、きまぐれでやってきました」という境地まで至っている方々、奇特な方ですね。お待ちしてました、ちょっとセッションしてみて合う合わないつかめそうな感じなら、楽屋行きますか?
「え、どういうこと?生存するのは生き物である人間しかできないんじゃないの?ちょっと教えて」とひっかかっりを持ってやってきた方々、はるばる指でご足労いただき、かたじけない。(って、足指だけでちょこちょこ来たみたいになるな。ご手労?)お茶室では知識を得ることは礼儀なんだって。お茶会を開くほどの力量を持つ亭主なら知っている。その知識を得るまでに自身がどれほどの労力を要したことか。いつか来た道を振り返って、獲得コストを見積もり、次なる知識の道しるべとなれる。善智識なら、尸林行きますか?
「長文読めない」方々、日本語使えるけどテキスト文化圏に生息していないものと思われます。基本的に縁がありませんし、きっと何かの間違いで来られたのでしょうね。読める人がそばにいるとしたら素敵ですね。代わりに読んで嚙み砕いてあなたにわかるようにパラフレーズできるような朗読者。AIでも代行できるけど、生身の人間が長きにわたってやってきた営みでもあるのだよ。
最近大人が子供に絵本の読み聞かせをする場面は見た覚えある?他にも色々やらなきゃなことを抱えて多忙なのにもかかわらず、大人が時間を割いて絵本を用意して自分の子供のために隣に寄り添いながら自分の肉声でリアルタイムで同期して時間が持つ価値について考えたことある?
時間価値が富《ふ》で深イイ。ここぞというとき今しかない、かけがえのないものだと心の底からわかっていて、できる限り最大限享受したい。大変創造的な価値を追求できるのですね。倶《とも》に命ある限り味わい尽くしましょう。人間であるあなたにしかできないことですから、人間様にまかしとき!
時間価値が負《ふ》で不快。忙しいから面倒くさい、限りなくゼロに近似させたい。大変節約し甲斐があるならコスパよく時短でAI代行の方がよっぽどいい。生存を有利にする条件に関わることはAIどもに任せとけばええ。人間様に出る幕なし。下々の者ども「いえいえ、ここはワタクシドモが引き受けますのでどうぞご安心ください」 偉い人「私の出る幕はないな、良かった、安心した」という筋書きの。弁えていない新人さんの叱られ案件で、忖度の体系の中における「偉い人に気を遣わせてはいけない」不文律を破るってあるでしょう?AI読み聞かせ代行だけで育てた新人さん、演じ切れるのかな。「あれ、茶番ですよね」「それをいっちゃあ、おしめぇよ」
実際には負と富が入り混じって禍福は糾える縄のごときもので、負だけ切り捨てて富だけ味わいたいという欲を人間なら抱きがちで、それが人情ですよ。非人情には自覚ありと自覚なしで2種類あるんですが、短絡的に負を誰かに押し付けたくなって脊髄反射的に「カ行やサ行の罵倒語」を息吐くようにすぐ使う言語習慣をお持ちの騒々しい方々っておそらくこういう文章まず見ないし、見ても「意味が分からない」方々ですよね、不倶戴天で怨憎会苦、出る幕ないままいずれにせよ舞台から消えていくと思うんですが。そんな方々であってもね、大丈夫、その先に深淵が待っていますから。儂からしたら傍ら痛し。損な方々は片腹痛いと聞き間違えて受け取るのでしょうね。This commmunication is discommunicationn, miscommunication.悲喜交々だね。だからそろそろサラサラと零れ落ち行く砂時計みたいに、倶に生の享受に値する縁の選択対象を吟味しとこっか。すべて時の篩にかけられていくのだから。
”自分のような人間になんにも共感を抱けずに、加害の自覚もなく無責任に吐き捨てられる人間” https://anond.hatelabo.jp/20260419194436 がいるんだけど、どうやったら避けるとか避けないとか考えなくて済むかなってことを考えている。戦わないで負けない。半年前からずっと、こういうの、一体どこ置いときゃいいんだ、置くとこあったっけ?って地獄な気がして。X、noteほぼ読み専やし、はてな何か場違いかもなってスターつくけど。”サバイバーって無理解な言葉を投げつけられることが多いと思いますが、上述したような人々、"あるある"ですよ。気にしなくていいですよ。というのをお伝えできたらなと思い書きました。”https://anond.hatelabo.jp/20250924011827 ってめっちゃ強強《つよつよ》メンタルで書かれた記事を読んでACEに言及した2人のうちの1人になってしまって追記で返信もらって、半年ぐらいずーっと考えてたんですけど、ここなら試してみようかなって思えたのは、一目置いていた人がそこで書いてて、作った人の基点の想いを見つけたから。
有益なことはAIに書かせよう https://sizu.me/catnose/posts/tcm8kewsw4f6
”AIが人間より美しく筋の通った文章を、人間の100万分の1のスピードで書く時代。自分の手で文章を書くとしたらどんなものだろう。”
てづからみずからふみをかく。人間様にまかしとき!ってえっらい時間をかけてよそ見しながら寝食忘れてお昼頃だったのが夜になって、朝になってゴミ出し行って夜になって、また朝になって夜になって、朝になって今昼下がり。あれいつ風呂入ったっけ最後いつ飯食ったっけ?部屋整いの顔整いみたいなAIの文整い《ふみととのい》には理解らないでしょうって滅茶苦茶に書き殴った駄文をだな、AIの100万倍時間かけてスピードの遅さで書く時代錯誤。あれ、目から汗水が。
汗水たらして田畑耕して稼働するってこたぁこの国だいぶ高齢化して少なくなってんでねっかって思ってっけど、ド中年から若いのは目から汗水たらして見えねくても心の耕作ばしてっからやー。どの程度だかって人によるんだぁ。
”思い出の記録?”うーん、記憶。
”自分の感情を吐き出すためのもの?”うーん、エクソダス。
”自分を知る誰かに向けた生存報告?”ん~、まだ見ぬ知己に開放しといた生存戦略。
”きっとそれは本当に大したことのない内容だろう。”大したことあるかないかの判定は解読してからになる。有益で無益な苦役?公益で省益に私益に使役?私益で公益な交易?無用のようでいて無用の長物、無用の用。暗号化してないけど暗号化済み。心の機微に聡い者なら読解力でデコード可能。
”駄文を気兼ねなく垂れ流せる場所がインターネットに見当たらない。Twitter?note?うーん、もう少しインターネットの奥のしずかな場所がいい。よし自分で作るかということで出来たのがこのサービスになります。”
有難うございます。しずかなインターネットって、ここって、こういうの、ありなんじゃないかって試しに置いてみる。しずかなってことは騒々しい方々は、お呼びではありませんので。でも、一応ここに置いておきますね。そっとね。よかったら、いくらかしずかになってから、読んでみてもいいように?しずかなのもいいよねって気分になったらいつでも。感想レターも書けるようになってます。って非同期的な傾向を感じつつ、アーキテクチャがそうなってくれてることで、自他の境界線(バウンダリー)が引きやすいなと気づいてる。広告もなくてすっきり、通知やDMの割り込みで気が散るのが悩ましかった環境設定を調整して通知オフに切り替わる集中モードで、外部刺激に振り回されずに内部にじっくり潜って書けるとこ。しずみー、沈みー。沈潜。
バーっとスクロールさせて結論だけ読もうとしたそこのあなた、本ならあとがきだけ読むとか、本の要約サービス使って読んだ気になるとか、AIに要約させようとかとても時間的な効率を追求なさる感じでしょうか。上述の「意味が分からない」方々と一体どのぐらい重なるのでしょうね。誰も何も気にかけぬ、了見が。いと眩《まばゆ》しですね。ようこそおいでくださいました。