『過疎ビジネス』という本を読んだ。

この本は、過疎に苦しむ自治体を対象に、地方創生や企業版ふるさと納税を利用した事業が、どのように企業の利益につながっていったのかを取材したルポ本である。
本書では、自治体に対して「地域のためになる」と説明しながら、実際には企業側に大きな利益が残る事業が描かれている。自治体側も、人口減少や財政難、人手不足といった問題を抱えている。外部の企業やコンサルに頼りたくなる事情は理解できる。ただ、その弱さにつけ込み、地域課題の解決よりも公金や節税による利益を優先するのであれば、それは地方創生とは呼べないと思う。
自分はIT業界に身を置いているので、DMMという企業の名前はよく知っている。さまざまな事業を展開し、技術力も資本力もある企業だというイメージを持っていた。だからこそ、そのような企業が過疎自治体を狙い撃ちにした節税ビジネスに関わっていたことには、正直かなり驚いた。
企業が利益を出すこと自体は悪いことではない。むしろ、利益がなければ事業を継続することもできない。ただ、利益を出すことが唯一の目的になったとき、地域やユーザーに価値を届けるという本来の目的は簡単に後回しになってしまう。
これは以前読んだ『DeNAと万引きメディアの大罪』とも重なると感じた。PVや広告収入といった分かりやすい数値を追いかけるあまり、ユーザーにとって価値のない、あるいは害になりうる情報を提供してしまう。数字を追うことが悪いのではなく、数字だけを追うことで、その先にいる人を見失ってしまうことが問題なのだと思う。
ここで思い出したのが、山田方谷の「義を明らかにして、利を計らず」という言葉である。
「利を計らず」とは、利益を求めるなという意味ではない。まず何のために事業をするのか、その「義」を明らかにする。正しい理念に基づいて事業を続ければ、利益は後からついてくる。そのような考え方だと理解している。
地方創生という言葉を使うのであれば、まず明らかにするべきなのは、その事業によって地域に何が残るのかだと思う。企業が撤退した後も、自治体や住民が使い続けられるのか。地域の人にとって、本当に価値のあるものになっているのか。そこに答えられないのであれば、どれだけ新しい技術や立派な言葉を並べても、地域のための事業とは言えない。
自分もIT業界で働く人間として、利益のためにユーザーや地域を手段にするのではなく、まず相手にとっての価値を考え、その対価として利益を得られるようなサービスを作っていきたい。