
Discordで、映画を楽しみましょう、というサークルみたいなやつに入っている。
名作迷作いろんな映画をおすすめしあったり感想を報告したり、上映会と称して一緒に配信を見てワイワイする、というのが活動内容だ。私は早寝人間で上映会にはほぼ参加できないため、ここでおすすめしてもらった映画を勝手に一人観たりしている。
教えてもらった作品は多い。「明日に向かって撃て!」とか「グラディエーター」といった往年の名作は、ここでのつながりがなければ観ることはなかっただろうと思う。
しかし私がこの部活(だいたい胡乱部と呼ばれている)に一番感謝しているのは、けったいな映画を観るという習慣がついたことだ。習慣というか、耐性?
たとえばこういうやつ。
不良ムスメが盗みに入ったら、そこが食人ファミリーの家だった話~そこにマフィアが乱入して更に状況が悪化した
もうタイトルからしてあやしいんだが、こういう映画を、一応最後まで見通せるようになった。
そんなもん見てどうすんだよ、と思われるかもしれないが、こういうのを観ると、なんと「まあまあかな」くらいの映画を観ても「ものすごくちゃんと映画になってる!!!!」みたいな感動を味わえるのである。(なお、タイトルがヘンテコだからあげたけど、不良ムスメ以下略はけっこうちゃんとしてるほうの映画です)
私は一時期この胡乱な映画と普通の映画を交互に観ることで心を整えるということをしていたのだが、本当にすごい効果がある。意味のあるセリフ、いい効果音、棒読みじゃない役者がいる映画は、ストーリーが多少好みじゃなくてもイケてなくても「でもこれちゃんと映画だな」と思えるのだ。でもさすがにちょっと時間無駄かも……と思うようになったので、最近は普通の映画を普通に観て、気になる胡乱があるときだけ胡乱を浴びるようにしている。
さらにこの胡乱浴、映画として不出来なものへのハードルが下がるだけではない。
「なんか理解不能なもの」への許容度が爆上がりする。私がアリ・アスターの「ボーはおそれている」やナイト・シャマランの「サイン」をちゃんと最後まで見ることができたのは、間違いなく胡乱部のおかげだ。アリ・アスターについてはなんかもうちょっと好きかもくらいまで行って、「エディントンへようこそ」は劇場でめちゃくちゃ楽しんでしまった。
以前私は、こういうブログを書いた。
「舞台を観に行かなくなったのは、賃金が上がらず物価が上昇するせいで自分にとってのチケット価格が暴騰し、高値を払ったのだから損をしたくないという心理が働くようになったから」みたいな内容だ。
これにそって考えると私は、「金を払ったんだから失敗したくない」という気持ちが映画に関しては薄れ、「へんな映画観ちゃってもそれはそれでネタになる」と思えるようになった、ということなんだと思う。
ちなみにこれは、私などよりよほど胡乱耐性の高い胡乱部の人々をして「怒りがわく」と言わしめた「マッド・マウス ~ミッキーとミニー~」だ。
今夜はこれを観て整おうと思う。