ひゃくえむ。という映画を観てきた。元々、チ。が好きで、その魚豊先生の作品ということで何となく観に行ったのだが、想像の50倍良かった。
おそらく、100m走という競技を人生に重ねて表現しているのだと解釈している。
「走っているだけで周囲に認められる」、「だからこそ負けるのが怖い」、「他人の期待に応えるために走ろう」のように、葛藤しながら走り続けてきたトガシ
人間関係など面倒なことから解放されるための手段として、記録を出すことだけにこだわり、走り続けてきた小宮
現実から目をそらさず、現実(財津か小宮がいなければ勝てるのに、という望ましくない周囲からの期待値や結果)を受け入れたうえで、全力でそこから現実逃避し続ける(つまり勝ちにいく)海棠
等々。個性豊かなキャラクターがそれぞれの哲学を持って、もしくは哲学をアップデートしながら100mに向き合っていく。
そして紆余曲折ありつつも、最終戦では
他人の目を気にせず、とにかく本気(ガチ)で走る覚悟を決めて走ったトガシ
記録の良し悪しではなく、横に並ぶライバルに勝ちたいという想いで、本気(ガチ)で走った小宮
といった、主要キャラの「なぜ走るのか」という目的の変化感がリアルに表現されていた。こういった人間の生々しい本質的な部分が絶妙に描かれる所が、私がこの作者に魅了されているポイントの一つである。
過剰なネタバレは避けるが、おそらく100mを人生になぞらえて、
走る目的・生きる目的は人それぞれである
勝敗やルール、記録の良し悪しはあれど、なぜ走り続けるのかという目的には良し悪しはない
なので、人生において「なぜそれをするのか?」という自分なりの目的の解像度を上げながら、常にその瞬間瞬間でその目的に対して全力で、本気で楽しめていたのかが重要である
人生に対する、そういったメッセージが本作には込められていたのではないだろうか。
私自身、以前「人生のKGIは思い出の総量を最大化することではないか」という記事を書いており、トガシらが最終的に行き着いた、走る目的には共感する所も大きい。
また、例えば自分はエンジニアをやっていて、自分よりも圧倒的にセンスを感じるエンジニアと出会い、海棠のような現実を受け止めた経験が多々ある。彼の現実逃避という哲学にも救われるような感情を抱いた。
人生の中で誇れるような仕事や家族や友人との思い出づくりをどれだけ本気でやれているのか?
改めて色々と覚悟を決める後押しをしてくれるような、そんな素晴らしい作品だった。もう一度観たい。
追記。
こちらの動画の言語化がエグいので、鑑賞後の余韻とともにチェックすることをオススメする。