「瓶詰地獄」についての空論その1

遊星Yu-sei
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公開:2025/11/8

 「瓶詰地獄」を読みました。夢野久作の読書履歴は「ドグラ・マグラ」と「死後の恋」です。

 読んだ本(乙女の本棚)https://rittorsha.jp/s/otome/3116317444.html

 青空文庫で読めます。多少、乙女の本棚と表記が異なりました。

 https://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/2381_13352.html

 読み終わってすぐ、考察サイトを探しました。ネット上の考察を手あたり次第読みたいところですが、そこまでできず。読んで考えが変わったらまた記事にするかもしれません。あまり指摘の見られなかった部分について書きたいと思います。

 では、本作を読んだ前提で進めます。(瓶詰の地獄 - Wikipedia


 「筆者」、「手紙を書いた日」が不明で、私の思う時系列はこうです。

 第三の手紙→第二の手紙→第一の手紙→序文

  1. 第三の手紙(推定筆者:太郎)

 救助を求める手紙。必要最低限の文で、年長の太郎が書き、連名のためアヤ子も同じ考えを表しているはず。片仮名が多いので「筆者がアヤ子」、「アヤ子が弟」ということも考えましたが、一人称が「ボクタチ」、あえて「兄ダイ」表記のため、太郎が書き、単純に「兄妹」を表していると思います。

 考察サイトで、「コノシマニ」への疑問が目につきました。「この島に」と漢字にすると、救助を求めるにしては不確かで変だと。たしかに変です。

 「コノシマニ」が固有名詞を含むと仮説を立てます。「このしま」で検索すると「神島」が出てきて息が止まるかと思いました。でもですね、よく見ると「こうのしま」らしく、アルファベットにすると「Konoshima」。「神戸」も「Kobe」ですし。読みが近いので、もしかしたら旧仮名遣いや旧字体の影響かも?

 また、「のこのしま」も検索されました。「能古島」……出身の福岡か……「許島(このしま)」というのもあり、「許」が「杵」の当て字(音を借りた漢字)で「杵島」なんて。

 考えを巡らせましたが、最終的には架空の島だと思います。空論です。でも固有名詞の可能性は否定できないので、「神島」だったら皮肉でいいな。太郎が島の名前を知ってるのはおかしな話かもしれないので、「コノシマニ」は意図して謎を残したようにも感じました。

  1. 第二の手紙(推定筆者:太郎)

 苦悩のため自分ひとりが死にたいけれど、そうしたらアヤ子が身を投げてしまうから死ねない。手紙を書き始めた時点、太郎はアヤ子の身を案じている。

けれども、私たちは幸福でした。

 元から太郎は妹・アヤ子を想っていたように感じました。兄妹では結ばれないため、二人きりで島に閉じ込められたことに幸福を感じたのではないかな。この時、性的な衝動はないため、純粋な気持ちで天国のように思えた。

「ネエ。お兄様。あたし達二人のうち一人が、もし病気になって死んだら、あとは、どうしたらいいのでしょうネエ」

 アヤ子とわかる貴重な台詞です。「あたし達二人」か……太郎のような思い込みめいた激しさはないのですが、アヤ子も二人を1つに扱っているのが気になります。

 序盤で、太郎は衝動を抑えてアヤ子をから離れる行動を取っています。そして、あえての「処女」表記。太郎の悩みは明白。神の啓示がないのに打ちひしがれ、狂った瞬間。

 大磐の描写は、ちょっと想像が難しく、考察サイトを読んで知り、なんでアヤ子が自殺? となりました。読み直してみると、荒波の中で大磐に留まっていれば、いずれ潮に飲まれてしまう。それで「アヤ子の決心」が「自殺」か。死を思い留まらせるのに夕方から青空に変化しているのも頷けます。

 前段の「ウミガメの卵を焼いて食べたあと」というのがどうも暗示的なんですよね。生と死と性……アヤ子が「面を真赤にして」が引っかかる。太郎を求める気持ちを抑えるために自殺を図ったのかもしれない。アヤ子の心はわかりませんが、上の台詞の後、太郎は悪魔の声を聞き入れ、アヤ子は神様の声を聞き入れたのだと思います。二人の決裂の瞬間を対照的に描いているのかも。

 血の表現があるので、ここでテーマの罪を犯したのかと最初思いましたが、読めば読むほど、ここで致してないはず。

 全体に、アヤ子の描写・胸の内が、太郎の思い込みの可能性は完全には否定できないと思います。でも、相思相愛は真実のように感じました。第一の手紙がアヤ子の筆と仮定すると、太郎を責めることはなく、自分達二人を責めているから。夢野の性癖も加味して。

せめて二人の肉体だけでも清浄で居りますうちに……。

 「悪魔の誘惑」は近親相姦の罪と思っていいかと。この時点では、太郎はぎりぎりの正気を取り戻し、肉体関係はないと思います。

日に増し丸々と肥って

 これがうーん、「(アヤ子が妊娠で)丸々と肥った」と解釈できなくもないんですよね。というわけで、罪を犯したタイミングはこの前なんだと思います。

  1. 第一の手紙(推定筆者:アヤ子)

 アヤ子の願望と恐れが見せる幻覚。幻覚が見えるのは、いよいよ狂ってきたのだと思います。3本の瓶が見つかったため救助の舟は来ていない。手紙を書くにしても時間を要すはず。幻覚のベースとなる記憶は、舟が遭難した時、残った両親と別れた際のものではないでしょうか。タイタニック号沈没事故(1912年)はこじつけかもしれませんが、何らかの形で夢野は取り入れたのかも。「瓶詰の地獄」は1928年掲載、作者は1889生まれの1936年没。

私たちは、こうして肉体と霊魂を罰せねば、犯した罪の報償が出来ないのです。

 ここで、「肉体」と「霊魂」と書かれている。アヤ子は、太郎と同じように体を重ねることを望んでいたように思います。太郎の死は書かれていないので、この遺書を書き終えて、二人は心中したんだろうなあ。

  1. 序文

 読者を海洋研究者に仕立てる手際! 貴意を問うなんて挑戦的な小説です。

 海へ流した1本はこの島の海流から出る前に島に留まり、2本の瓶は海へ投げられることはなかった、は同意です。××島村に人が住み着く前に遭難したか、実は有人島で、人の住める場所は北と西にあり、太郎達のいた場所(南と東)とは隔たっていたのかもしれません。

最後に

 手紙の順番を考えることに夢中になってしまいました。でも、その謎があったからこそ、何度も読み、二人が相思相愛の関係にあったと思えるようになりました。太郎の狂気に気を取られがちですが、同じ想いを抱いたであろうアヤ子も狂っていたのだと思います。

 夢野の作品は畏まった漢字が多く、ふりがななしには読めません。後味が悪いのもわかっているのでとっつきにくいですが、いざその世界へ踏み入ると、華やかで罪深い迷宮に魅せられます。太郎は美青年と予想しますが、せっかくの美形を感じることが難しいのが残念です。


2025.11.11 明らかな誤字や表記ゆれを修正し、ニュアンスを整えました。「潮騒」に関連する仮説は違うように思えたので、その部分は削除しました。

続き:「瓶詰地獄」についての空論その2

@flowercottton
一次創作の字書き。たまに絵も描く。flowercottton.jimdofree.com