Loop 167
このゲームの最大の敵は視点感度だ。これまでの設定では、視点感度を最小より1段階だけ大きいところに設定していた。さて、本気、出しますか……(養成ギプスを外す音)。視点感度を最小まで下げた。
これまでと同じプロセスを経て、Nomaiの船にたどり着いた。座標入力デバイスを呼び出す。何度も見返したので、座標の形は頭に入っている。ギプスを外したおかげで入力は難なく進められた。入力作業を終えると、デバイスが船体に格納された。

船が発進したようだ。目の前が真っ白になった。画面右下に、ロード中であることを示すアイコンが回っている。次の瞬間には、広い岩盤(?)の上空に浮かんでいた。FFXのスフィア盤を思い出した。

地面に降り立った。ここが宇宙の眼なのだろう。遠くに浮かぶ船は私が乗ってきたものだろうか。

別の方角へ目を遣ると、空に赤く光る天体が見えた。我々の太陽はまだ生きているだろうか。見慣れた模様の岩肌に稲光が走った。
ここで死亡したらゲームオーバーだ。さすがにここに来て感電死することは無いだろうが、雷は苦手だ。慎重に周囲を伺う。北極に着地したようなので、南極に歩を進めた。視線の先に岩のドームのようなものがある。その上空には厚い雲に空いた穴。量子の月でも見たものだ。量子の月では、あの穴に入ると北極にワープさせられたのだった。


穴の向こうから未確認の信号を検知した。この天体は、巨人の大海と同じかそれ以上に重力が大きいようだが、あそこまでジェットパックで飛べるだろうか。ぼんやり考えながら岩のドームの中に降りた。

ドームの中は穴だらけで、それ以外は何もなかった。岩をフルーツ用のスプーンでくり抜いたような形にしているだけ。しかしこの場所から出ようとして気がついた。このドームの中は重力が狂っている。
ドームの外側に向かって重力が働いている。今は穴の底面にいて天体の中心方向(この天体は球形であるようには見えなかったが)の重力を感じているが、壁を伝っていくと上空の穴を「見下ろす」形となる。飛び降りるしかないんだよな……?かつてSolanumが言っていた言葉を思い出した。
「意識的観察者が宇宙の眼そのものに入ったら、どうなる?」
きっと、それが今だ。何がどうなっているのかよくわからないが、宇宙の眼の「中心」に入れそうなドームの中には何もなくて、宇宙の眼の「外側」にひらいているはずの雲の層の向こう側に「中」がある。いまさら我々の太陽系に戻れるものでもあるまい。あまり迷うこともなく飛び込んだ。

木の炉辺でも、こんな風にして間欠泉の中に飛び込んだのだった。脆い空洞のブラックホールに落ちた時も同じような景色を見た。この穴の向こうには何があるだろう。何もないかもしれない。偵察機を飛ばしておけばよかったな。

着地した、と思った。私は、木の炉辺にある博物館の入り口に立っていた。室内が暗い。HalもHornfelsもいない。奥へ進むと、Nomaiの像によるモノローグが始まった。

ここで言及されているHearthianは私のことだろう。宇宙の眼に到達したことは認識相違ないらしい。中に入り、展示物を見て回った。

展示物の内容を信じるならば、超新星爆発は止められなかったようだ。残念ではあるが仕方がない。私はNomaiの技術を辿ることしかできなくて、Nomaiは超新星爆発を起こすことはできても止める方法は遺していなかったのだから。
だとするとここは何だ?死後の世界?私は死んだのか?他の皆は?
博物館の展示物は、すべてが「終わった」ことを示していた。木の炉辺のかけらがあった部屋に向かったが、中央の部屋以外には立ち入れないようで博物館入口に飛ばされた。眉間に寄った皺を伸ばしながら階上へ向かう。そこには、太陽の超新星爆発によって何もかもが燃えてしまった、我々の太陽系があった。

ここから体験したことを、どうやって記録したら良いものか考えあぐねている。この旅を始めたとき、私は何もわからなかった。起きたこと、見たものすべてが混沌としているように感じられて戸惑っていた。しかし、次第に周りにあるものの名前を学び、名前を知ったことでこの宇宙のルールを学び、何かわかったような気になっていた。
今、また何もわからない状態に戻った。次から次へと不可解なことが起こっていた。太陽系のモデルを「観察する」と、自分の首根っこを掴まれて宇宙の端まで連れて行かれた。博物館が点になり、木の炉辺が点になり、太陽系が細かな光の集まりでしかなくなって、視界がすべて星空になってしまった。

星が集まって星系を成し、それらが集まって銀河になり、さらにそれらが集まって銀河団になりはじめた頃、私の身体は解放されたようだった。星の光がイルミネーションみたいだ。気が付けば森の中に銀河が揺れていた。

オープニングで光っていた森だ。私は静かに降りていった。


森の中には私がいた。いや、Hearthianのことを見分けられる目は持っていないが、あれはたぶん私だ。私が進むとあちらも近づいてくる。巨人の大海で、初めて偵察機に自分を映したときのことを思い出した。


もうひとりの私は木になり、木が枯れて焚き火になり、焚き火に火の粉が爆ぜた。瞬きするたびに目の前のものはころころと姿を変えていった。私は、この世界で初見の焚き火に出会ったら必ずマシュマロを焼くことにしている。マシュマロを焼いて食べたらしっかり咀嚼音がした。ちょっと引いた。
気がつくと、焚き火の近くにEskerの椅子があった。次の瞬間にはEskerが座っていた。

Eskerは誰かの音を聴いていた。シグナルスコープであたりを調べるとバンジョーの音がする。信号を追いかけると、Nomaiの遺跡風の建物の中にRiebeckのバンジョーだけが在った。この建物も、さっき出会ったもう1人の私のように目を離すたびに在り方が変わり、最後には崩れて中に入れるようになった。私はRiebeckのバンジョーを拾い、Eskerの元に戻った。EskerのそばにはRiebeckがいた。

同じようにして、Chert、Feldspar、Solanum、Gabbroを「拾い集め」た。超新星爆発を前に取り乱していたChertは、諦めがすっかり身体に染み込んだようだった。申し訳ない気持ちになった。あの頃は、私がループの中で皆を救うのだと信じていた。そんなことは出来なかったわけだが。




Solanumは私の知らない音楽を奏でていた。ピアノの音だった。クイックルワ◯パーからピアノの音がする。コードさえわかればセッションができる、プロの所業だった。

セッションが始まった。皆が演奏している。初めてこの記録を書き始めたとき、最後に書いたささやかな願いだった。
彼らに会えたらブルーグラス同好会に誘おう。暗い空に陽気な音楽を奏でよう。きっと楽しい。
いま、目の前でブルーグラス同好会が結成されていた。それぞれがそれぞれの居場所で演奏していた節を合わせている。しかし私はフィドルを持っていない!羨ましくて唇を噛んだ。私はずっと観察者のままだ。

演奏は3回しくらいですぐに終わってしまった。参加できないのなら、せめてもっと聞いていたかった。目の前には、秋の空のような色をした球体が浮かんでいた。
Solanumに話しかけた。「次に来ることに備えはできてる?」私は首を振った。「あらゆる可能性がまだ存在しているうちに、この瞬間に止まるのは魅力的よね」。私はずっとここにいたかった。いたかったし、私はずっとここにいるような人生だった気がしていた。それは終わりにしたかった。浮かぶ球体の中に飛び込んだ。


明かりが消え、皆が瞬時に遠くなり、地平線に木が並び、世界が爆発した。
……爆発オチ!?

エンドロールだった。
私の目標など取るに足らないものだった。ループを止めてHearthianを救うなんて、宇宙の営みからしたらそんなのあってもなくても意味はなくて。ここで見た不可解な事象は、すべてそれを示しているように感じられた。すべてが爆発するまでのほんの一瞬、何かの気まぐれで猶予を与えられたのだと思った。最後は目標などどうでもよくなって、ただこの先を知りたいという気持ちで動いていた。
エンドロールのあと、143億年後の宇宙。



知らない色をした空に、偵察機が飛んだ。宇宙とはそういうものだと納得した。
INFO: END - Outer Wilds Ventures.