前回の論文の土台となった論文。前回の論文ではあまり述べられていなかった点や,きちんと着目できていなかった点をまとめておく。
用語の定義
サイバネティクス:フィードバックを通じて自己調整を行う,目標指向システムの原理に関する研究
心理的目標:ある変数の望ましい状態を表す(意識的または無意識的な)表象であり,随意筋系による出力あるいは選択的注意やワーキングメモリの働きを通じて追求することが可能ができる
精神病理(Psychopathology):既存の目標,解釈,または戦略が失敗に終わった際に,効果的な新しい目標,解釈,または戦略を生み出せないために,自身の心理的目標に向かって進むことが持続的にできない状態
精神障害(Mental disorder):診断に足るほど十分に重篤であるとみなされる精神病理。何が十分な重篤性を構成するのかは社会政治的な交渉が必要になる
パーソナリティ:合理的に持続するあらゆる心理的個人差
パーソナリティ特性:進化の過程において人間の環境に存在してきた刺激の類に対して,感情,動機,認知,および行動の比較的安定したパターンを確率論的に記述したもの
特徴的適応(Characteristic adaptations):個人の特定の生活状況に関連して規定される,比較的安定した目標,解釈,および戦略
心理的エントロピー
目標の組織的機能は心理的エントロピーを用いて説明することができる。エントロピーとは無秩序の定量的尺度であり,システムにおける不確実性や予測不可能性を表す。 サイバネティックシステムのエントロピーは,任意の時点において,そのシステムが目標に向かって進む能力に関する不確実性に対応する。これは,目標,世界の表象,およびオペレーター(精神病理の定義における戦略と同義)という3つのサイバネティック要素の不確実性に依存している。そして心理的エントロピーは,人が解釈(知覚的および抽象的の両方)や行動のために利用できる,妥当な選択肢やアフォーダンスの数を反映している。「何が起きているのか?」や「どうすべきか?」という問いに答えるのが困難であればあるほど心理的エントロピーのレベルは高くなる。
精神病理は目標を効果的に追求することが困難であるという特徴を持つため,通常,高いレベルの心理的エントロピーと関連づけられる。しかし,心理的エントロピーの増加が必ずしも機能不全や精神病理を示しているわけではない。その理由は2つある。
第一に,熱力学第二法則がある。すなわち,あらゆるシステムにおいて,エントロピーは時間の経過とともに自然に増加する傾向にある。生物系はエネルギーの取り込みによって比較的低いエントロピー状態を維持しており,これは必然的に頻繁にエントロピーが増加するものの,仕事を通じて再度エントロピーを減少させることも可能である。サイバネティックな機能不全は,システムが持続的にエントロピーを低減できなくなった場合にのみ生じる。言い換えれば,世界は予測不能に変化し,人々自身も発達過程において変化するため,新たな適応が必要となる。そのため,これらの変化はその人がそれらに適応し対処できなくなった場合にのみ精神病理につながる。
第二に,心理的エントロピー,すなわち不確実性は,生得的に脅威であると同時に報酬でもある。前者の理由は明確で,生物の適応度は,適応度に関連する目標への干渉を最小限に抑えるレベルでエントロピーを維持することにかかっているからである。後者の理由はそれほど明白ではないが,生物が複雑で変化し,予測不可能な環境に生息しているという事実を反映している。このような状況下では,既存の知識や戦略はしばしば不十分であることが判明し,新たなものを学ばなければならないが,そのためには探索が必要となる。つまり,新たな適応を学び,再びエントロピーをうまく低減できるという期待を持つことで,意図的にシステムのエントロピーを増加させる。不確実性が脅威であると同時に本質的に報酬をもたらすという事実は,人々がエントロピーが増大する状況(ギャンブル,斬新な美的体験,挑戦的なスポーツなど)を積極的に求めることを意味する。
要するに,目標達成に向けた道のりで時折挫折を経験することや,目標達成の不確実な状況に伴う心理的エントロピーの増大が,その個人の既存の目標,解釈,戦略の枠組みでは再び減少させることができず,かつ,その個人が目標の達成に向けた取り組みを再開させるための新たな目標,解釈,または戦略を生み出すことができない場合にのみ精神病理が存在すると言える。
本理論におけるパーソナリティの位置づけ
診断で体系化されるのは誰にでも起こり得る心理的機能不全の形態であり,それらが合理的に持続的または反復的である限り「特性」と定義できる。より実質的には,精神病理とパーソナリティの対応関係は,特性が個人の特徴的適応を生み出し実行するために必要なメカニズムの典型的な機能レベルによって引き起こされることを反映したものである。どんな目標を追求しているにせよ,両者とも同じ一連の中核的なメカニズムが関与している可能性が高い。持続的なサイバネティックな機能不全が生じる場合,それは通常,これらのメカニズムのうち一つ(または複数)が,システムの一体化された構成要素として十分に機能していないためであり,この機能不全はしばしば,そのメカニズムの何らかのパラメータの極端な値に起因する。したがって,極端な特性は,通常,機能不全の持続的なリスクをもたらす。
我々の理論では,正常なパーソナリティの根底にあるメカニズムこそが,機能レベルが異常に高いあるいは低いこと(それが慢性的なものであれ,通常のレベルからの一時的な変動であれ)によって,精神病理のほとんどの症例において機能不全を引き起こすメカニズムとまさに同一であると仮定している。このことは,正常なパーソナリティの変動を並行して研究することで精神病理研究が促進され得ることを示唆している。
特定の特性が極端なレベルに達すると,サイバネティックシステムが不安定かつ柔軟性を失うため,人々は目標を追求したり成功する新たな適応を発達させたりすることができなくなる。とはいえ,極端な特性レベルがそれ自体では精神病理を特定するのに十分ではないため,極端な特性が機能不全につながる可能性を高める要因を研究することは特に重要となるだろう。
本理論から見た診断カテゴリの評価
研究において現在の診断カテゴリを避けるべきであるだけでなく,公式の診断体系においてもそれらを置き換えるべきである。既存の診断の多くは極めて不均一であるため,精神病理の考えられる原因を特定する上で曖昧であり,ひいては治療方針の決定においても曖昧さを生じさせている。現在の診断は,個々人においてどの症状が併存しやすいかを正確に表しておらず,機能的に一貫した病因を持つ状態を反映してもいない。
改善された臨床的アプローチとして,診断はサイバネティックな機能不全という基準,すなわち,重要な目標が達成できず,効果的な新たな適応特性が持続的に形成されていないという判断に基づいて行われるべきである。機能不全が特定された後は,その個人が示す精神病理の次元に従い,特性階層の複数のレベルにおいて,さらにその機能不全を特徴づける必要がある。人々がメンタルヘルスの理由で治療を求める際,主訴にかかわらず,心理機能のすべての主要領域においてどのように機能しているかを評価することが合理的である。