第23週「始めは処女の如く、後は脱兎の如し?」
最初のうちはぱっとしないが、(他が油断していると)後になって手腕を発揮することのたとえ。
今週は長い準備手続を経てついに始まった原爆裁判を軸に、百合さんの認知症、それを支える家族の葛藤などが描かれた。思い悩む寅子の横顔を映したシーンが何度も挟み込まれた、とても重い週だった。
百合さんの認知症問題。ふりかえると、月曜の百合さんはまだ記憶が欠けている程度で、日常の家事などは問題なくこなしている。ここから金曜の「ごめんなさい」までの百合さんの変化、認知症の進行度合いによって時間の経過を見せているのだと、まとめ見して気付いた。1959年11月から始まった今週の物語は1963年12月で終わる。4年という時間。それは準備期間にも4年かかった原爆裁判の第一回公判から結審まで要した時間でもある。老いが進む様子を見ればあっという間のようで、被爆者たちにとっては長すぎた四年。
それそれ短いシーンで、かつまとめ撮りだろうに、認知症の進行を巧みに演じ分けていく余貴美子さん、金曜の「ごめんなさい」は本当に魂を持っていかれるような名演でした。すごかった。
百合さんのことは経済的に余裕がある星家なので平日はヘルパーさんを頼めるのだけど、それでも家族は疲弊していく。仕事の疲れもあって百合の世話を避けようとするのどかにブチギレ、暴力を振るってしまった優未は家を飛び出してしまう。そこで優未が駆け込んだのは山田轟弁護士事務所だけど、「つい蹴り飛ばしちゃって…怒っちゃダメなの?」という優未の問いかけに自分たちの若い時を思い出したのかバツの悪そうなふたり😂 花岡にぶちぎれ結果的に怪我をさせてしまった寅子、小橋にぶちぎれ股間を蹴り上げたよね、小橋と稲垣を鉄拳で黙らせた轟。ひさしぶりに彼らの血気盛んな若い頃を思い出して、なんだか胸がいっぱいになってしまった。みんな大人になったね……(ほろり)
怒ることは悪いことじゃない、だけど口や手を出したりすることはその人との関係や自分自身をも変えてしまうこと、その責任は取らなくちゃいけないんだよ、と穏やかに優未をさとす時雄さん。こういうときは家族より他人からの言葉のほうが響くものがあるよね。優未はそれを本能的にわかってて登戸ではなく事務所に来たのかなと思った。
優未とのどかはあっさり仲直りしたけれど、百合さんの認知症は日々進行していく。「はやく朋彦さんのところに行きたい」と本当に苦しそうに涙する百合さんの背を撫でながら寅子はこうつぶやく。
私ね、苦しいっていう声を知らんぷりしたりなかったことにする世の中にはしたくないんです。
原爆裁判も大詰めだった。長崎に赴任している朋一から送られてきたポストカードに写る平和の像をカメラが何度も捉える。目の前の百合をケアしながら、寅子は遠い被爆者たちを思い、自分にできることは何か、答えを探し続ける。
さて、原爆裁判。
いやしかし原爆裁判、朝ドラで描かれるだろうか? 今年のアカデミーで山崎監督がオッペンハイマーへのアンサー映画を作りたいみたいなことを仰ってた記憶があるのだけど、まさかの朝ドラに先んじられるかもしれないですね…?? 原爆投下は国際法違反、という判決を聞いたら朝から泣いてしまうと思う。でもさらっと描くにはあまりに重く、がっつり描くには恐らく資料が足りないのかなと思う(廃棄されたらしい)。個人的にはこんな裁判があったのだという史実を取り上げてほしいけど、むずかしいだろうなぁとも思ってる。
放送がはじまったばかりのころにはこんなことを書いてましたが、途中から、この朝ドラは原爆裁判ぜったいやるな……と思ってました😂
今週出たこちらの記事を読むと、NHK解説委員であり『虎に翼』の企画のもととなった『家庭裁判所物語』の著者でもある清永聡さんの強い希望で原爆裁判を真正面からきちんと時間をかけて描くことになったそう。
誰もが気軽にネットで発信と検索ができるようになり、物事の真偽の境界が急速に曖昧になっているいま、報道チームとドラマ制作チームが手をつなぐことで、リアリティのあるおもしろい物語が生まれる可能性を感じさせるのが「虎に翼」である。
こちらの記事も良かった。原爆裁判という、めちゃめちゃ大事な裁判がすでに忘れられている今だからこそ、ちゃんと史実に基づくドラマづくりをしてくれてよかったなと思う。正しく伝えたい、という制作側の気持ちが伝わってくる。
1960年に第一回公判を迎えた原爆裁判。法廷の色味はぐっと抑えられ陰鬱で冷たい空気が漂う。裁判官と弁護士として、相まみえる寅子とよね。そしてだれもいない傍聴席にたった一人遅れて入ってきたのは記者の竹中だった。
意義のある裁判にするぞ
裁判のために寅子とは距離を置くよねだが、すれちがいざまにこう言って去っていく。
そろそろあの戦争を振り返ろうや、そういう裁判だろ
亡くなった雲野に頼まれて取材に来た竹中はすっかり老いた姿だったが、昔と変わらぬひょうひょうとした口調で寅子に向かってこう言う。そののち竹中は自身の仕事を果たし、原爆裁判に世間の注目を集めることを成功させる。
訴状の論旨の要点は「原爆投下は人道に反する国際法違反である」ということ、そして「政府が米国に対して損害請求権を放棄した以上、政府が米国に代わり原告らに補償を行うべきである」ということ。
国際法違反であるかをどうかをめぐっては原告と国の双方が国際法の専門家を鑑定人として呼んで質問することになる。ここでのよねさんの尋問が素人目にもかっこよかったのだけど、弁護士の國本依伸さんによる解説がめちゃめちゃ素晴らしくて、これを読むとよねさんの弁護士としての有能さにしびれますので未読の方はぜひ読んでください。(ちなみに國本先生は『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』にも詳細レビューを書かれていてそれもめちゃめちゃ読み応えがあっておすすめです)
よねの最後の「原告は『今』を生きる被爆者ですが?」という質問とは言えない、鑑定人を責めるような一言の直後に寅子が、
鑑定人は米国にも国にも賠償責任を求められない場合、「今」苦しんでいる被爆者はどこに助けを求めればよいとお考えですか?
と質問するシーン、よねの発言と寅子の質問が日をまたいでいたのでリアタイしているときは気づかなかったのだけど、ここは寅子がよねの一言を拾って、質問という形にして追い打ちをかけてる!打ち合わせゼロのよねとら連携プレーじゃん…!と震えました。
一方、原告の一人であり出廷の意思を見せた吉田さんを出廷させるかどうかで轟とよねで意見が別れてしまう。本人を矢面に立たせるべきじゃない、勝ったとしてもそれに見合う報酬は得られない、と出廷に反対する轟に、よねは「それを決めるのはお前じゃない。どの地獄で何と闘いたいのか、決めるのは彼女だ」と反論する。だけどよねはその後、上京してきた吉田さんと直接話し、彼女の痛みに耳を傾け、こう伝える。
声を上げた女にこの社会は容赦なく石を投げてくる。傷つかないなんて無理だ。だからこそ、せめて心から納得して自分で決めた選択でなければ。
伝えたい、聞いてほしい、と言いながらも泣き出してしまった吉田さんの背を撫でながら「策は考えます」ときっぱり言ったよねは頼もしかった。
かつては「殴らせればよかった(そしたら現行犯で逮捕できる)」と言ったこともあるよねが、眼の前の傷ついた人がこれ以上傷つかないようにと自分自身が盾となろうとしている姿に泣けてしまう。『虎に翼』はよねの成長の物語でもあった。
そして吉田さんの陳述は手紙として轟が代読することになる。
原爆で乳腺が焼けて乳をやれず、夫は私が3度目の流産をしたあと家を出て行きました。ただ人並みに扱われて穏やかに暮らしたい、それだけです。助けを求める相手は国以外に誰がいるのでしょうか
それを聞いて涙をこらえる寅子の目元が赤く染まっていた。
合議の場では、原告らの訴えを認める法的根拠はないと三人の意見が一致する。だけど請求棄却の一言でこの裁判を終わらせてはいけない、というのも三人の総意だった。そして結審の日がやってくる。
汐見裁判長による判決文の読み上げ、ほんとうに素晴らしかった。名演でした。そしてなにより、現実の原爆裁判からほとんどそのまま引用された判決文そのものが素晴らしくて胸を打たれた。
原爆投下は「国際法から見て違法」であると明言
一方、個人は「損害賠償請求権を有」しない、と原告の請求を棄却
被爆者たちには「十分な救済策を取るべき」だが、「それは立法府である国会、および行政府である内閣」の責任であると明言
「高度の経済成長を遂げた我が国において、国家財政上これが不可能であるとは到底考えられない」「政治の貧困を嘆かずにはおられない」と、国会および内閣に苦言
結審したのは1963年12月、ということは18年も被爆者たちは何の補償も受けられなかったということ。その間に亡くなった人たちもたくさんいただろう。旧優生保護法の件も最高裁判断まで謝罪と補償を行おうとしなかった、2024年今の目の前の政治を見て同じことを思う。「政治の貧困を嘆かずにはおられない」と。
法廷には入らず廊下に佇み判決文を聞いていた航一、言葉なく複雑な感情を漏らす被告指定代理人の反町、無表情のまま頬に涙を伝わせたよね。みんなが名演でした。
そのほかでは、まさかの「竹もと」「笹寿し」合併案……!酒飲みと甘党が両方喜ぶ店になるじゃん!とわたしが喜びました😂
寿司職人として仕込みからなにからできるようになっても自分の弱点をちゃんと把握して状況判断できる道男も大きく育ったなぁ〜とじーんとしてしまうし、パラリーガル的な仕事もこなしつつ竹もとの味を継ごうとしたり、道男の話を聞いてすかさずリクルートする梅子さんの思考の自由さにもほれぼれとしてしまう。家を出て根無し草となったはずが、こうして着実に自分の居場所を広げていろんな人にとってかけがえのない人になった梅子さんのポテンシャルが高すぎるよ!今週で言うと寅子が更年期障害に悩まされることを知って「こちらがわへようこそ〜!」とウィットの効いた一言もかわいくてよかったな。
原爆裁判が一息ついたのに来週の予告も不穏。TLからブルーパージという司法省の黒歴史を知ってしまい……。個人的に松ケンの老け演技は彼がまだ20代で演じた平清盛のときでさえめちゃめちゃすごかったので期待大です。思えば第1週からここまでずっと出演してるのは寅子と花江と桂場だけなのでは?ここへきての桂場のターン、ほんとうに楽しみです。
第22週シナリオふりかえり
秋山の妊娠の件で、期待させてだめだったら傷つけてしまうのでは?と言う朋一たちに、寅子が「でも駄目でも何か動かないと何も変わらないこともあるの」と言ったのよかった。自分の経験から出た言葉だと思うから。
「食らいついてこれないならまそれまで」という桂場に「……男性がしなくていい苦労を女性がするのは当たり前だと?」という寅子のセリフは削ってほしくなかったなぁ。性差別をストレートに現した一言だと思う。
「先生だけは彼女を最後まで信じてあげるべきだった」のカットされたシーンの差し込みが、台本ではそういうことがあったらしいよとライアンが寅子たちに話すシーンだった。これは個人的には桂場の葛藤が感じられるドラマのタイミングのほうが好きかな。
のどか爆発で星家大揉めのシーン、かなりドラマではセリフがカットされてたせいでちょっと分かりづらくなってたかなぁと思う。
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