年初に書いたことはこれ
2025年は「自分を満たすこと」をテーマにしていました。ここでいう「自分を満たす」とは、自分で自分を承認してあげることです。そのために個人のOKRを設定し、できたのか、どんな工夫ができたのか、できなかったことは何か、といった観点で振り返りを行いました。結果として、できたこと・できなかったことをきちんと認識できましたし、総じて見れば、十分に「自分を満たす」ことはできたと言えるのではないでしょうか。
振り返りにあたって、1年間の棚卸しもしました。自分の仕事は営業、バックオフィス、採用、経営の意思決定と多岐にわたります。どれに時間を投下し、それがどれだけ価値を生み出せたのかを整理しました。ざっくり言えば、営業が4割、その他がそれぞれ12〜13%程度です。生み出した価値で見ると、バックオフィスと採用は特に成果が出ており、それ以外は投下した時間どおり、あるいはそれ以下のパフォーマンスでした。業務以外では「健康に気を使うこと」と「GLOBISの卒業を確実にすること」の2つに力を入れました。結果としてGLOBISは卒業できそうですし、健康面はベンチプレス100kgから伸び悩み、といったところです。加えて、子どもの受験にも向き合った1年でした。
テーマとは別に、ひとつチャレンジもしました。それは、個人の資産を考えないこと、そして「お金を手放す」ことです。これまでの人生では、お金を計測可能な指標として捉え、それを増やすために多くの思考や試行錯誤を重ね、ときには失敗もしながら取り組んできました。けれど「自分を満たす」感覚が育つにつれて、承認を外部の指標に依存させなくてもいいと思えるようになった。だからこそ、他人と比較しやすい「お金」という指標を、いったん手放してみようと思いました。
その結果、お金の引力の強さが、人にゆがみを生ませてしまうのだという気づきがありました。「自分は誰かより多くもらっている(だからすごい)」とか、「私はこんなに働いているのに報酬が少ない(だから誰かを妬もう)」とか。そう考えると、お金で壊れる人がいるのも自然だと思えます。このチャレンジを通じて、自分は「お金さえあればいい」というわけではないのだと気づきました。
2026年を語る前に、2025年を過ごした自分がどう生きたいのかを明らかにしておこうと思います。
ひとつはっきりしたのは、自分が人生で楽しいと感じるのは、成長を実感できるときだということでした。GLOBISやTopotalでの5年目の活動を通じて、やれることが増え、シンプルに楽しい。けれど、できることが増えたことが、そのまま会社や他者の成果につながっている実感がありません。端的に言えば、自分は誰かに喜ばれるためにやっているよりも、自分のためにやっている。これをもう少し抽象化すると、「利他思考の不足」と定義できると思います。
この問題は、自分のメンタルモデルに原因があると考えています。自分はもともと他人とのコミュニケーションが好きではなく、苦手だと自認してきました。国語がとても苦手で、自分の主張や条件をうまく言語化できず、調整すべきところを詰めきれないことがありました。その結果として「搾取されている」と感じる苦い経験が積み上がったように思います。
自分は、言語化が弱い状態で他者と調整すると、ストレス耐性があるので自己犠牲をしやすい。その特性と経験が噛み合ってしまい「搾取される感覚」と結びつき、結果として損得を強く意識するようになった——これが自分の仮説です。
つまり「コミュニケーションが苦手」というのは、言語能力の不足によって搾取される状態に陥ることを避けたい、という心理として現れているように見えます。そして、このメンタリティは利他思考と相いれない。だからこそ、利他思考が不足しているというのも、自分としては納得感があります。
というわけで、2026年はメンタルモデルを変える1年にします。利他思考とは「自分が道徳的に正しいと思う行いを実践し、その結果として他者の利益に資するもの」だと捉えています。
だから、自分が「これはやりたい」と思う行いが、本当に他人の利益になっているかをよく考える。そんな1年にしたいと思います。