虫歯を抜くと決まって1週間以上が過ぎた。
抜歯の日までさらに10日ほど待つ必要がある。正直早く抜きたくて仕方がない。その一方でまだ不安もある。この歯は無事に抜けて歯並びに影響がないとしても、ほかの歯がいつ虫歯になるかわからない。いや、実は隣の第六臼歯はすでに虫歯で、先生から将来抜歯になると言われているのだった。第六臼歯を抜いたらさすがにインプラントか入れ歯を考えなければならない。インプラントは怖いから入れ歯にしようか。入れ歯かあ、考えただけで憂鬱だ。
眠れないとつい、似た境遇の人はいないかと検索してしまう。今回は結構簡単に見つかった。自分と同じ、もう若いとはいえないが入れ歯になるにはまだ早すぎる年齢の女性だ。彼女は複数の奥歯を失い、入れ歯になるというので悩み、某所に半ば相談、半ば愚痴を連投してウザがられていた。
回答はいい加減連投をやめろというもの(これが一番多い)、歯よりメンタルの不安定さを心配するもの、「そんなに気にすることはないですよ、入れ歯の人って結構いますよ」という温かいものから、「義手や義足の人はもっと大変なんだ、入れ歯くらいで甘えるな」という厳しいがごもっともなものまでさまざまである。
そうだよなあ、とため息をつきつつ、でも、相談を繰り返してしまう彼女の気持ちもわかる気がした。
入れ歯というのはそれだけで嫌である。年寄り臭いし、かっこわるいからだ。
健康問題にかっこいいもわるいもないだろ、と自分でも思うがそれが本音なのだ。もっと正直に書いてしまうと、大きな病気とか困難なら物語の主人公にでもなった気持ちで乗り越えられる気がする。でも、入れ歯は主人公っぽくない。昔風に言うとダサい。あんまり悲劇っぽくないし、だからヒロインの属性に合わない。今は何でもありの時代だから、総入れ歯のおじいちゃんやおばあちゃんが異世界に転生して大活躍する話もあるのかもしれないが。
と、ここまで考えて虫歯のそもそもの原因を思い出した。
自分は虫歯が多い。前歯は健康そうに見えるが奥歯はクラウンだらけである。10代から始まった心の病気が悪化した時期、寝たきりで歯も磨けなかったからだ。食事もほとんど摂れなかったので、骸骨のように痩せていた。それでも一応昼と夜のサイクルはあり、なんとしても夜は寝なければならぬと考えていた。だから夜の決まった時間にホットミルクと野菜ジュースを飲んでそのままベッドに戻っていた。
歯を磨かずに。
磨くと眠れなくなるからだ。
いや眠れなくてもいいから磨きなよ、磨け、磨いてください、と今は思うが、ともかく自分はこの生活を続けて奥歯に大穴を開けた。今通っている歯科クリニックに最初にお世話になったのはこのときである。
つまり、寝たきりでものも食べられない劇的な不幸と、おばあちゃんになる前に入れ歯になるかもしれないというしょぼい不幸はつながっていたのだ。
それに当事者にならないと気づきにくいことだが、大きな怪我や病気をしていても、風邪も便秘も眼精疲労も肩こりも乾燥肌も容赦なくやってくる。骨折での入院中に全部経験した。なにより実際に不幸に見舞われれば対処に追われてヒロイン気分でいる余裕などない。
結局悲劇や不幸に優劣なんてつけず、その都度ケアをしながら人生を渡り歩いてゆくしかないのだ。
そして幸せだって、こんなのはみじめだとか本当はあっちがいいのになんて言わずに楽しむ方が勝ちである。それについてはこっちの記事で書きました。
2026/01/21
Kohana