年の瀬なのでアンソロジー『夢でしかいけない街』を読みます。自作を除く前編7作(後編8作:https://sizu.me/mecks7/posts/v3kiev1a6etr)
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■オカワダアキナ 「ヒッポカンピ」
濃やかな水と性の話。語り口の独特な風合いが、夢と記憶とがないまぜになった生々しい光景を生成する。濡れた水棲生物の体表、日陰の冷たいプール、水中でする生温かいおしっこ、オスの体内で孵化するタツノオトシゴ。記述の随所に鈍く点滅する性の気配を、頭の中の薄い粘膜でしっとりと感じながら読むとだんだん感触が立ち上がってくる。語りによって光景と感触が次々と生成していくから、読み心地そのものが夢みたいだった。
■尾八原ジュージ「春の夜の歌」
"春に人魚を運ぶというのはいいものだ、などと考える。" 私もそう思う!水槽を載せた台車を押して運ぶように、ゆっくりと、決まった速度で展開するリズムが心地よい。人魚たちにとって5年という期間は長いんだろうか。そうじゃないといいな。人の一生をかるがると泳ぎ去っていく時間の中、人魚は一瞬だけ、北の運河と南の運河の間を横切る。人はそれに手を貸す。大きな円と小さな円が交わる正確な運動を思い描く。
■坂崎かおる「ペンギニウムの子どもたち」
水というモチーフの扱い方が良くて頭をかかえた。希望、生存、解放、祝福。たくさんのきれいな水さえあれば、彼らはきっと長く暮らすことができるし、汚い顔を洗うことだってできる。噴水のようにわきあがる真水は輝かしい解放と栄光の証だ。街という街に押し寄せるペンギンは破壊と喪失の鮮やかな象徴だ。夢に選ばれた人と選ばれなかった人、という構図に胸が掻きむしられる。ラストシーンのたたみかけ方がすごく好きです。
■谷脇栗太「海氷街の羽海子」
夢の中の流氷の上に造られた街の景、だがその内に入り込めばぞくぞくするような暴力と血生臭さが漂ってくる。イチジクを裂く動作とヒトデを裂いてひっくり返す動作が呼応する。サスペンスフル。こちら側に対するあちら側、夢という舞台が狂気の仕掛けとして作用するのが面白い。美しい海氷の割れ目にはほの暗く冷たい海が潜んでいて、あるとき、その隙間に突き落とされて一気に呑み込まれてしまうのだ。
■白川小六「蜘蛛を助ける/蜘蛛に助けられる」
器用ではないのにずぶとく軽やかに物語を渡っていく主人公の感じが好き。MPが足りない描写もちょうどいい。月曜の会社が憂鬱で"シャワーの下にしゃがみ込んでちょっと泣く"姿には「そうだね」と嬉しくなるし、と思いきや巨大蜘蛛に宙吊りにされながら強烈な安心感に包まれて眠り込んでしまうのはあまりにのんきでかわいい。蜘蛛に制圧された街で、誰にも話しかけられる心配がなくなってのびのびしているのもいい。
■橋本ライドン「夢の約束」
不穏なほうの夢だ!橋本ライドン先生の作品の、好きがありあまって境界がおかしくなっちゃう子がいつだって好き。手の子、約束が嬉しくてずっと待ってたのかな。そうだったらいいな。
■本所あさひ「海底街と斉藤さん」
丁寧なつくりが豊かな余韻をもたらしてくれる。読みすすめるごとに主人公や斉藤さんの人物像が心地よく立ち上げられていくから、クライマックスにかけての展開ではその分がっちりと心を掴まれた。物語の閉じ方がとてもきれい。海底から深い海溝、そして海岸、海原と、ひろびろとした方へ開けていくのが晴れやかで美しい。斉藤さんのことすっかり好きになった。一編を読む間にギュッと好きにさせてくれる物語は良いね。