以前の記事に書いた認知症疑いの父親について続報です。
先日、予約していた脳神経外科病院にMRI検査に行ってきました。
母が受けるついでにどうせなら父も一緒に検査しちゃおう!という名目で。
結果的に、この作戦はあえなく失敗に終わりました…。
当日朝から父はオレには関係ないの一点張りだったのですが、まぁなんとか宥めすかせて連れて行くことはできた。
だけどいざ検査の段になって断固拒否。
本人にとっては、自分はどこも悪くないのに無理やり病院に連れてこられて、わけのわからないまま検査受けさせられるなんて意味不明の極みだったのです。
簡単な問診テストでも、父は記憶の定着に障害はあるけどそれ以外の部分はほとんど問題なし。
だから反発心も大きかったのではないかと思います。
わたしも後から反省しましたね。
心のどこかで「父はもう何もできない人」みたいに見ていたかもしれないなぁと。
そうではなかった。
物覚えが悪いだけで論理的な思考などはできる人だったのだ。
とりあえず病院連れていって流れで検査させちゃえっという、こっちの考えが甘かったのかもしれない…!
とはいえ、まず検査受けてもらって脳の状態を把握しないことにはまったく先に進まないのも事実。
こっちだって、家族がこんな状態になって対応迫られるなんて初めての経験で、わからないまま手探りでやってるんだから仕方ないさ。
やれるだけのことはやった!
今できる範囲での100点満点だ!
そうやって自分を慰めるしかないわけです…😂
以前、セラピスト仲間が話していたことを思い出しました。
その方はお子さんが不登校になったことをきっかけにいろいろ勉強していくうちにセラピストの学びに辿り着いたそうです。
「子育てをすると、自分の思い通りにならないことばかり。
子育てを通して初めて、自分自身と向き合わざるを得ないことに気づいた」
介護も同じですよね。
親が、自分の知ってる親とは違う生き物になっていく。
話が通じない。
わたしは子育てをする機会は得られそうにないですが、代わりに年老いた親の世話を通して「自分では思い通りにならない身内の扱い」のレッスンをしてるのかもしれない。
他人の方がまだ楽ですよねー。
家族はお互い遠慮がないからぶつかるぶつかる。
人によっては子育ても介護も直面してることでしょう。
ひとりでも大変なのに、あっちもこっちもなんてわけわかりませんね😂
私もあなたもよくやってますよ、本当。
がんばってる。
お釈迦様だって言ってたじゃないか。
すべての苦しみの元凶は執着だと。
生きることは思い通りにならないこと、そう受け入れられれば悩まなくてすむのだ。
父をどうこうしようというのではなく、人生初めての「認知症疑いの父とのつきあい方」という体験をしていること。
ただこの状況そのものを楽しめればいいのだ。
…果たしてそこまでの境地に行き着けるのだろうか😂まさに悟りの境地😂
いや、ほんと、私よくやってる。

AIに画像を描いてもらいました