CEO 一年目が終わった
今年最大の変化はなんと言っても NewsPicks の CEO になったことだ。長く勤めている会社ではあるけれど、まさかこんなことになるとは全く思っていなかった。それも計画的に引き継いだわけではない。何の引き継ぎもなく突然 CEO になった上、経営としても大きな課題を多数抱える中での船出だったので、それなりの不安と共に新年を迎えることになった。
そんな今年をふりかえって自己採点すると、60 点ぐらいだろうか。CEO として最低限の責任は果たせたと思う。大きな課題を捉え、戦力を集中させて問題を解決し、会社は過去最高の売上と近年にない成長を見せた。年始時点だと読めないリスクが大きすぎて大丈夫かなと思っていたものの、なんとか不確実性を上手くコントロールできたと思う。業績としてもここ数年ずっと目標に掲げてきたマイルストーンを達成できて、CEO に求められる「結果」を示すことはできた。自分でいうのもなんだが素晴らしい成果だったと思うので、ここは素直に喜びたい。
残りの 40 点は、まだまだ伸びしろかな。経営チームをつくる・大きな課題を解決して成果を出す・社内のコミュニケーションプロトコルを整えるなど、事業基盤を整えることはできたが、中長期的な仕込みが十分に出来たとは言えない。年末にかけて仕込みの数は増やせてきた実感はあるので、来年・再来年でどれだけ花を咲かせられるか。足元の地殻変動を上手く乗りこなしながら、着実に進めていきたい。
自分の存在価値は何か
そんな事業成果とは対照的に、今年は自分に対する内省を深める一年でもあった。夏頃には結構悩んでいた様子が見てとれる。突き詰めると「自分の存在価値は何だろうか」と、問い続けた一年だった。
僕はソフトウェアエンジニアである(あるいは、そうであった)。経営のプロとしてキャリアを積んできたわけではない。営業に自信があるわけでも、事業開発の専門家でもない。もっと言うならば、メディア畑でもないし、クリエイターでもない。そして僕は、経営陣の中では若手である。つまり僕は、自分より遥かに優秀で、経験も豊富な人たちと一緒に仕事をさせてもらっている。畢竟、彼らに出来なくて、自分が CEO として成すべき仕事は何かということを考えざるを得ない。
五常・アンド・カンパニーの慎さんの発言 が腑に落ちる。
起業家が作る組織っていうのは基本2タイプだと思っていて。自分が全部決める系の会社、もしくは 自分より優れた人を集める 系で、私は後者です。特に自分たちの事業的には後者じゃないと駄目だと思っていて。
後者を選ぶために重要なのは、神輿に乗せられる覚悟をすること ですね。
しかしそれは 自分のスキルを伸ばすことを放棄しなきゃいけなくなる んですよね。これって、もともと起業家の心理的な安全性みたいなものが高くないと、もしくは自己肯定感が高くないと、できない仕事なんですよね。
なぜかというと、うちの会社は多分、私がいなくても何の問題もなく回り続けるわけです。自分より優れた人に任せていくと、自分が直接手を触れることが減ってきます。これって実際やってみると結構不安になるんですよね。ある日「自分がいることの意味は何なんだろう」と思うようになります。
僕はソフトウェアエンジニアとしてのキャリアを放棄し、「自分がやるべきだ」と思って今の仕事を選択している。でも、経営のプロになりわけでもないし、この先に何があるのかは分からない。創業者でもないので、信頼は一つひとつ積み上げていく必要がある。確かな足腰があるわけでもなく、自分が何に熟達していっているのか分からないまま、神輿に乗せられている(あるいは自ら乗っている)わけである。これは、本当に 自己肯定感との戦い でもある。やるべきだという責任感と、やるという意思はある。だけど自分はもう直属のチームも持っていないし、ある意味では「社内で最も現場から遠い立場」になってしまった。CTO になったときも同様の壁にぶつかった気がするが、要は手触り感を持ちづらいのである。優秀なメンバーたちが、自分がいなくても成し遂げたであろうと思うことは沢山あるし、自分が直接的に貢献実感を得られる機会はほとんどないと言って良い。地に足のつかない、ふわふわとした感覚を覚えながら働き続けた不思議な一年でもあった。
改めて考えてみると、これは今の仕事を選んでいる以上は解決できる問題ではないのだから、ひたすら「精神的な安定をどう作るか」という話でもある気がする。僕はメンタルやモチベーションは比較的安定している方だと思うけど(若い頃には想像もできなかったが、歳をとると安定しがちである)、もう一段高いレベルで自己肯定感を育んでいく必要性を感じる。できれば何かに熟達し続けられると良い。そういう プライベートへの投資 の必要性も強く感じた一年だった。
自己理解が深まった
今年は意識的に外部の諸先輩方とお話させていただく機会を増やしていたこともあり、外部刺激を得ながら内省を深め続けてきた。その中で自分について発見したことがいくつかある。
実は成長意欲が高い(⇄ 自己評価が低い)。これは今年はじめてお会いした多くの方に言われたことだが、常に現状に満足せず、自分の課題を見つけ、改善し続けようという行動パターンが確立している。そういう率直さや真面目さはおおむね好意的に受け取ってもらえることが多かった。ある方には「成長エンジンを背負って走る哲学者のようだ」と言われたが、なるほど確かにそうかもしれない。
直感で判断してから、ロジックを固めていく思考回路を持っている。これはなんとなくそうかなと思っていたのだけど、新しい経営チームの中でもそう言われることも多く、完全にそういうタイプなのだとますます自覚した。深く考えてロジカルに答えに辿り着くのではなく、直感的に「これがいいな」と思った方を選択し、そこに至るまでのロジックを後付けで考える直感型の思考回路。深く考えてから答えを出すのではなく、考えながら答えを固めていくタイプとも言えるが、それ故に周囲を振り回すこともありそうだ。ただ、思考の透明性は高いので、振り回す前に周囲が助けてくれる。これは本当にありがたい話。
自己評価の低さとシステム思考の高さが組み合わさって、問題になっている。これは今年 LCP というリーダー向けのアセスメントを受けて理解したことでもある。前述した直感型の思考回路を持っているにも関わらず、僕は「システム思考」が強く、成長意欲の高さゆえに自己評価は基本的に高くない。するとどうなるか。システム思考が強く、複雑な問題の影響をいろいろと考えてしまうが故に、「合理的に説明できる」範囲で解決策を提案・意思決定をしてしまいがちである。直感で「こっちが良い」と思っても、合理的に説明できない限り、その方針を示すことを不誠実だと感じてしまっているようだった。
CEO に期待されているのは、論理だけでは割り切れない意思決定である。しかし実際に僕がメンバーから期待されているのは、ときに「合理的でない」意思決定である。優秀な人たちが論理的に考えて正解を導き出せるような問いは、僕のところには上がってこない。正解がないところに、直感も含めて道を指し示し、責任を取るのが僕の役割である。このときに、自己評価が低いが故に合理的で中庸な意思決定をしてしまいがちなのが、今の僕だということだ。
あとは結局のところ、僕は「誰かと目標に向かってわちゃわちゃしてる」のが一番好きなんだな ということにも改めて気付いたりした。誰かと働いていたいのである。
予定調和ではなく、意外な何かが生まれる瞬間が好きだ。他者と働くというのは、そういうことである。人間は思いつきの場であり、意外性の塊であり、自分には思いもつかない発想を持っている。僕は仲間たちと、自分がコントロールできない、予測不可能などこかに行きたいのである。
戦略とは何か・ビジョンを示すとはどういうことか
内省と同時に、今年もっとも考えたことの一つは「戦略とは何か」だった。それが僕の仕事でもあるからだ。関連する本もたくさん読んだし、いろんな人の話も聞いた。
NewsPicks はメディアであり、多数の小さな事業が無数に展開される会社である。純粋なプロダクトカンパニーとは少し趣が異なり、事業の根幹にあるのは(コンテンツによって生まれる)ブランドである。他方でコンテンツビジネスとは本質的にはギャンブルビジネスであり、それが面白いところであると同時に、経営を難しくしている面がある。ボラティリティが高く予測不可能性の高いコアビジネスと、無数の周辺事業。この事業ポートフォリオを、どうコントロールしながら成長戦略を描くのか。
ふりかえってみると、NewsPicks がまだまだ小さいスタートアップであった頃、そこに「戦略」と言えるものはあったのだろうか。その頃、僕らにとって「戦略」とは「具体的なモックアップ」を示していたように思う。抽象的な方針を描くことよりも、それを具体化する方が何倍も難しい。だから、最高の解像度で具体化したやつが偉い。そういう雰囲気だった。しかし、いま同じことを僕がやっても、現場の反発を招き、組織は動かず、戦略は何の意味もなさないだろう。ではいったい、僕は何をすれば良いのか —— そんなことを考える一年だったとも言える。
ある人は「戦略とは、優先度である」と言う。ある本では「戦略の策定とは、克服可能な最重要ポイントを見極め、それを解決する方法を見つけること」と言われている。どちらも間違いではない。けだし名言である。特に『戦略の要諦』は僕には大いに刺さり、何度も読み直した。しかし残念ながら、(少なくとも僕たちの組織においては)解決可能な最重要ポイントを説明しても、それは有効な戦略にはなり得ないのである。僕たちのように、無数の周辺事業と強いボトムアップカルチャー、そして何よりも高度なクリエイティブ力を持つ会社においては、課題を示すだけではあまりにも統制が取れないし、具体化しすぎるとあまりにも現場のクリエイティブ力を制約してしまう。つまり「有効な戦略」の定義は会社によって異なるのだ。そして、少なくとも NewsPicks において定義すべきことは、こうだったのではないか。
戦略とは、「組織を動かす」ものでないといけない
戦略とは、「どうやって勝つか」を示すものである必要がある
これらを一定抽象的に、現場の余白がある状態で示すこと
その上で、自然と統制が取れやすいものであること
これだけ書いても「何を言っているのか」という感じだが、要はボトムアップのカルチャーとクリエイティビティを最大限に発揮できるための補助線を引く。その結果として、自然と会社のコアアセットが蓄積され、収益に結びつくモデルを描くということになるのかなと思う。
年末にメンバーに向けて発信したことは概ね ↑ この考えに沿った内容なのだが、この過程で僕が学んだことは大きく三つであった。
戦略とは、「今の課題はこれだから、こうする」を具体化して説明するものではない。「こうやって勝つのだ」という「方針」を言語化すること
戦略とは、「方針」を示すものである。「方針」とは、組織の全員が明日から行動を変えるための補助線となるものである
戦略とは、プロダクトの方針ではない。僕たちは純粋なプロダクトカルチャーの会社ではない。クリエイティブの可能性を信じる方針を示す必要がある
この議論は半年ほどかけて行っていたわけだが、ふりかえってみると初期の僕は「具体的な方針でないと示す意味がない」と思っていた。それがリーダーの仕事だと考えていたのは、創業者でもない新任 CEO として「強いビジョン」を示さなければならないというプレッシャーも背景にあったように思う。
しかし結果として、僕はそういう方針は発表しなかった。やったことは現場の活動を肯定しながら補助線を引くことであり、それもほとんどは自分で考えたものではない。気がつけば現場から、色々なアイディアや工夫が発案されていたのであった。僕はそれらを翻訳し、経営の意思として「方針」にまとめたに過ぎない。ただ、それでも発表の翌日には「現場でこういう話が動き出しました」などという話を聞くことがあり、それはとても良かったなと思っている。
思えば CEO に就任した当初、僕は全社に向けて「有事宣言」を出した。これも考えてみると全員の動きを大きく変えた「戦略」だったのかもしれない。リーダーの仕事は、現場の動き方を明日から変えることである。
やって良かったこと
と真面目なことばかり書いたので、最後に少しゆるい話題を。今年はあまり気が休まらず、プライベートで新しいチャレンジはほとんどできなかった。そんな中でも自分を大きく変えてくれたのは二つである。
一つ目は YouTube の「インソンソン」チャンネル。これが最高で、久しぶりに料理に対する情熱が再燃。うっかり高いオリーブオイルや新しいお鍋を買うなど、週末の自分を助けてくれた。
もう一つは ポッドキャスト を始めたこと。飲み会のノリで同僚と三人で運営しているのだが、自分で配信してみると色んな発見がある。なんと言っても、想像以上に聴かれない(笑)。だけどそれが楽しいし、他愛もない話が出来て嬉しいのであった。自分で聴いてみると案外おもしろいポッドキャストだと思うので、良ければぜひ聴いてみて下さい。
ちなみに今年は社内でラジオも始めた。経営のコンテキストを出来るだけリアルタイムに共有するという目的で毎週やっているのだが、これは「社内の情報流通や経営スタイルに革命をもたらした」と言われており(本当だよ?)、この影響か他事業部でもラジオが流行るきっかけになった。もともと話すのはあまり得意ではないのだけど、一年間喋り続けたおかげで、少しはトークが軽快になった気がする。
以上、2025 年のふりかえりでした。だらっと書き始めたら異様に長くなったけど、そんなところも含めて今の自分の気持ちのままに率直に書けたかなと思います。来年の抱負はまた今度。
良いお年をお迎えください。