走れビーノ

半井ユキヤ
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 配偶者の誕生日なのである。私は四月、彼は十月、大体半年後の同じ日。わかりやすくてとてもいい。

 私のときと同じように、ケーキを予約していた。期間限定の、チーズスフレを台にしたみかんの乗ったデコレーションケーキ。写真をみる限り、とてもおいしそうだ。

 ところが日が近付くにつれ、空模様に不安が出てきた。予約した日はなんとか大丈夫そうだったのが、どんどん降水確率が上がっていく。

 そして当日、とうとう降水確率は午前は百パーセント、午後は九十パーセントになってしまった。

 今回は配偶者の誕生日であるから、仕事帰りの彼に受け取りを任せたくない。ここのところ少し忙しくて疲れが溜まっているようだし、まっすぐ帰ってきて、ゆっくりお風呂に入って、のんびり夕食と食後のケーキを楽しんでほしい――仕方がない、雨では原付が使えないから少し時間はかかるが、私が徒歩で行って受け取ってこよう。そう決意を固め、身支度を整えて玄関を一歩出た。

 あれ。

 今、雨降ってなくない?

 原付で行けるんじゃない?

 保冷材をつけてもらえるとはいえ、数十分ちんたら歩くより原付でサッと行ってサッと冷蔵庫に入れてしまう方がケーキの受けるダメージも少ないはずだ。

 私は一旦家の中に入ると、装備を変えて再度出発した。サッと行ってサッと帰ろう。頼みますよ、ビーノさん(愛車)。

 が。

 店まであと半分くらいという距離になって、また雨が降り出した。水滴がバチバチとヘルメットを打ち付ける。しかしここまで来たら出直すのも面倒すぎるし引き返すのも癪だ。帰りはどれだけ濡れたっていい、私も原付も濡れたのなら拭けばいい。入店時に店員さんがドン引きするような水属性もかくやといわんばかりの水も滴るビショビショ半井でなければこちらの勝利というもの。走れ! ビーノ。法定速度で。

 運良く染み出るほどの水分を含む前に、私は店に到着した。間違いなく入店拒否はされない、許容範囲のほんのり湿り気を帯びる程度である。

 安堵したのも束の間、引き換え用の控え伝票を取り出そうとバッグを探ると、今度は伝票が見当たらない。ケーキの予約特典がもらえるはがきもない。いくら探してもない。徒歩仕様から原付仕様に装備を変えた際に家に置いてきてしまったのだ。

 戻って出直す? 今なら来るときより雨も弱くなっている。

 でも戻った途端に強く降ってきたら?

 素直に店員さんに「忘れてしまって」と伝えることにした。申し出ると、ケーキの種類と名前を確認しただけでケーキを出してくれた。ありがたい。ありがたさのあまり、特典で無料でもらえるはずだったスパークリングドリンクも買った。ないのはなんだか悔しいので。

 店を出る。雨は弱いままだった。シートの下にケーキの箱を収め、帰路につく。雨粒がヘルメットのシールドを叩く音は、行きよりも軽い。帰り着く頃にはほぼ止んでいた。もう少し遅く行けばよかったか? でも今日は不安定な天気だって気象予報士も言っていたし、いつ強く降るかわからないよなぁ、なんて考えながら、急いでケーキを冷蔵庫にしまってきて、濡れた原付を拭き上げる。短い距離だけど、今日は雨の中よく頑張ってくれたね。ありがとうね。

 短い時間の中でちょっと大変な思いをしながら受け取りに行ったケーキは、

 おいしかったに決まってる!

 ちなみに誕生日プレゼントは、今年は洋服ではなくスーパー銭湯の入浴&岩盤浴の回数券をあげた。日々の疲れが癒えますように。

@nakyukya
まったくここはしずかなインターネッツでつね