■母に、来月から復帰しようと思っているという話をした。本当は次の診察の後に言おうと思ったんだけどそれだと月末になっちゃうから、次の診察までは悩むけど、と前置きしてこの日記に書いてあることを伝えた。
きっと私を一番心配してくれて、一番気を遣ってくれていた母は「ジムに行き始めたあたりから、前みたいに元気になってきたような気がしてたよ」と言った。病院から帰ってきて、どうだったか聞きたかったはずなのにぐっと我慢して聞かないでいてくれたり、あなたは間違ってないと言い続けてくれたり、母がいなければこうはなれなかったと思う。
■母曰く、前は仕事の話をするとイヤな顔をしたり、「もうこの話やめよう」と言ったり、無理に元気でいようとしたりしてたけど、最近はそういうのがないらしい。そしてイライラすることもなくなったと。
自分の変化と母が見ていてくれたことが嬉しい。泣ける。
■私の周りの誰もが同じように言い続けてくれたり、味方でいてくれて、怒ってくれたこと、いつも気にかけてるよと言ってくれたこと、そういう数えきれないほどの全てのおかげでここまでこれた。周りに感謝だなと骨身に染みて感じる。本当に。
■母は、「おめなら乗り越えると信じてたけどね」「おめが一番つらかったな」と話してくれた。
■私の区切りがつくまで自分からは言わないけど、母は自分自身の言動をいつも反省している。今日も「〜って言ったのは負担だったかなと思ってた」と言った。
そんなこと全然ない。私も私なりに噛み砕いて聞くし、私のことを思って言ってくれているって分かるから大丈夫。
■私は決めたんだからこうじゃなきゃいけない、という気持ちが無意識にいつもあった。今もある。今回陥りそうなのは「復帰するって決めたんだから1回行ったらもうずっと出勤し続けないといけない」ってやつ。
これは完璧主義に近いものに繋がっていく。私が完璧主義だねと言われる所以はこれだと思う。
これだと、「出勤し続けられるようなメンタルになるまで」待たないといけない。だから取り掛かりに時間がかかる。それにやり続けるって大抵できない。
できないことでずっと苦しんできた。だからやめる。「試しにちょっとやってみる」に変える。そんで、「一旦行ってみたけどやっぱ無理!って引っ込む」とか、そういう想定外を自分に許そうと思う。
自分で許さないとできない。だからこうやって少しずつ呪いを解いていく。
■「完璧」は目指すものではなく、自分を振り返って評価をつけるときだけに使う言葉にしようと思った。
■今日は友達に会いに行った。元々従姉妹の友達の子。優しくて、私の話でたくさん笑ってくれた。そこで自分が職場の話を過去のものとして話せていることに気づいた。今まではババアの話ばかりになってしまっていたけど、他の話と同じくらいの配分で話して、それで気が済むようになってた。実際に顔を合わせていないから、ババア情報の更新がないのも良かったんだと思う。
■昨日言ってた恩師にメッセージを送った。今の状況を簡単に書いて、お時間があれば今度お茶でもしませんか?と。
そしたら、「あなたはさ、学生時代もそうだけど、周りに心配をかけまいとして、強さを強調するけど、誰よりも繊細だったでしょ?」と返事が来た。爆泣きした。
続けて、「私、あなたのこと気にしてたんだよね、どうしてるのかって。」と書いてあった。すごく嬉しかった。顔も見てないのに心配してもらえるってめっちゃ嬉しいよ。連絡するのに悩む必要なんてなかったなと思えた。
先生も乗り気でいてくれてるから、近いうちに会えるかも。楽しみだな。
■最近は私のことを大切に思ってくれる人としっかり繋がろうと思ってこういうことをしてる。大切にしてくれる人を見抜く目はきっとちゃんと育ってる。相談できる人もいる。だからそれを信じて、会いたい人にはとりあえず連絡してみる。これも「試しにちょっとやってみる」ってやつ。