承前。ゾンビになってしまったおれは、韓国・東大門のホテルで目を覚ました。
身支度を済ませて地下鉄に乗り込む。
韓国の地下鉄はほとんど日本と同じような感覚だ。交通系ICカードを駅の改札に翳す。このゲートが回転バー式で、結構な力を掛けて押さないといけないというのに怖気付いたくらいか。車内は通路というか、向かい合う席と席との間がちょっと広くて近未来っぽいデザイン。
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朝っぱらからどこに向かったのかといえば、安国駅近くのベーカリーだ。地上に出ると 既に目的地を同じくする日本人が大勢歩いている。
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整備された綺麗な道を進むと看板が見えてきた…が、その先を覗いてみると大行列。5、60人くらい並んでいるだろうか。大人気店とは聞いていたが、時刻は開店とほぼ同時の8:00。空気が冷たく簡単な上着が欲しくなる中、おれたちはその列に加わった。
後から来た人たちが次々「えっ、これって本当に合ってる?」と驚きながら先頭を見にいっては戻ってを繰り返していたが、残念ながらこの長蛇の列は「本当」だ。
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さて、待つこと1時間半。ようやく店の全貌が見えてきた。
「DOTORI GARDEN 安国店 (도토리가든 안국점)」
"DOTORI (ドトリ)" とは、韓国語で "どんぐり" を示す言葉だ。どんぐり庭園、という名前からイメージする通りの素朴かつメルヘンチックな外装。
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この謎の青い短足生命体を指して「ト×ロみたい」などと書いている観光案内サイトが数多く見受けられたが、その表現はちょっとまずいんじゃないかと思う。こいつはこの店のオリジナルキャラクターだ。そうだろう?
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メニューの看板。パン屋であるが、グリークヨーグルト (ギリシャヨーグルト) が有名なのだという。
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ストーリーのありそうな一軒家。
途中、店員が「店外? 中?」と列の全員に日本語で訊きながら駆け抜けていったが、皆「店外 = テイクアウト」だろうと解釈して「中」と返答。
ところが、これは後に「店外 = テラス席」であるということが判明する (テラス席が建物の奥まったところにあり、入店直前にならないと存在自体に気付けない構造の罠)。
それとは別に、普通のテイクアウトもあるらしい。気候も穏やかであったから 屋外席でも構わない、という人は店外を選ぶことを勧める。恐らくある程度 順番を飛ばして優先的に案内してもらえるはずだ。
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長い待ち時間の後、ようやく屋内に通される。普通の住居のような狭い廊下の左右に何部屋かがある構造。おれたちは1階の奥の部屋に行けと言われたが、2階にも食事席があるようだ。
テーブルに荷物を置いてから、同じく1階にあるパンの部屋へ。
トレーとトングを取り、好きなように焼きたてのパンを選び乗せていく。端には青いあいつのグッズコーナーもあった。
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この店の売りである、どんぐり形のマドレーヌ。色ごとに違うフレーバーとのこと。拳くらいのサイズだったが、比較するとカヌレも結構大きい。
オリジナリティに溢れたパンが所狭しと並んでいるこの部屋だが、広さはきっと6畳ほどしかないのではないかと思う。大人が4、5人も入れば満員だ。テラス席をはじめとする飲食スペースは空いていそうに見えるのに 列の進みが遅いな、と不思議だったが、これでは並ぶのも仕方ないだろう。オペレーションが大変だ。
好きなだけパンを取ったら、次はヨーグルトと一品料理・ドリンクの部屋へ。
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入ってまず目に飛び込んでくるのは、巣箱に入ったままの巨大な蜂の巣!
店員が忙しそうにナイフで切り出してはショーケースに積み上げていく。断面から蜂蜜が零れ流れていく様には、なんとも逆らい難い魅力があった。きらきらと輝く宝石のようだ。
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この場でグリークヨーグルトを注文すると、フルーツ等と共にカットした巣蜜を器に盛って出してくれる。チョコレートやアサイーやブルーベリーといった他のトッピングもあった。
おれたちも1番人気だという苺と巣蜜がのったグリークヨーグルトをオーダー。
ヨーグルトコーナーの反対側にあるカウンターでコーヒーを頼んで 席に戻ろう。
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おれたちのチョイスをどう思う?
巨大な塩バターパンに、抹茶とピスタチオのどんぐりマドレーヌ、ベーシックなカヌレ、そしてリアルストロベリーという王道のヨーグルト。友人のアメリカーノとおれのカフェラテを合わせて41,600ウォン ≒ 4,700円だ。
どれも美味しかったが、おれの一推しは塩バターパンということにさせてもらおう。生地はクロワッサンのように軽くふわわふわで温かく、バターの染みた底がさくさくでじわっと良い風味。もしかしたらこの旅行で一番美味かったかもしれない。
カヌレのばりっとした食感も期待通り。どんぐりマドレーヌに関しては見た目重視だったので、正直まあ、形に拘らなければ他の所で食べるのがいいだろう。
グリークヨーグルトは約2,000円と「サイズの割に高い」と思ったけれど、甘く煎られたナッツや穀物が入っており、ヨーグルトはもったりと滑らかで、イチゴもフレッシュ。蜂蜜が全体をよくまとめていて、さすがに人気なだけあるな、という味だった。
見渡した限りでは女性客が8割くらいの感じであったが、誰であってもパンを食うのに気後れすることはない。
暑かったり寒かったりする時期には厳しいかもしれないけれど、1時間半程度であれば並ぶ価値のあるスポットだった。
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メルヘンなビジュアルに反して腹に溜まった朝食の後は、天気も良いので周辺を散歩してみる。
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安国駅から西に進んで、美しい花畑のある公園を横切る。近代的な建物のすぐ奥に崖のように険しい山があって、これは日本ではまず見ない景色だ。
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そうしてやって来たのは「景福宮」。とんでもなく広い朝鮮王朝の王宮である。
韓国の王宮ものドラマでよく見るような守門軍が、当然のようにぞろぞろと行進している。
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韓服を着ていれば入場無料ということもあり (おれたちは私服だが)、大勢の王やら姫やらが場内を闊歩していた。特にチマチョゴリは鮮やかで 擦れ違う度にふわりとした裾に目を奪われる。周辺にはレンタル韓服の店も数多く存在しているよう。日本でも観光地では着物のレンタルが盛んだが、ここはちょっと浅草みたいだと思った。
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無料でも結構なエリアに入ることができるけれど、さらに内部が見てみたかったので 自動券売機で入場チケットを購入。3,000ウォン / 1人 と良心的だ。
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立派な門。何重にもなっている。
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広い。あまりにも広大だ。12万坪もあるのだというから、隅から隅まで見ようと思えば1日ではとても足りないだろう。
塀に沿って1/3ほどを進み、おれたちは大いに満足した。
もっと時間と体力があれば…と悔やまれる部分もあったけれど、また来る理由を残しておこうと前向きに考える。
景福宮を後にして、配車アプリで呼んだタクシーで明洞方面へ。前回も話したけれど、韓国はタクシー料金が比較的安価で使いやすい。
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韓国に来たからにはロッテ免税店だろう、と安直に思って足を踏み入れる。
…が、目ぼしいものはなかった。友人は香水店なんかを巡って楽しそうにしていたから何よりと思ったけれど、おれには百貨店やデパートというものがよくわからない。
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歩き疲れたので、一旦カフェで休憩。うっかり地元密着店のような所に入ってしまって注文時に困惑したが、謎の激甘黒レモンエイドと大量のトマトジュース (氷なし) を頼んで事なきを得た。
写真にも写っているが、何気に裏で無印良品などにも寄っている。ラインナップは日本とほぼ同じだったけれど、韓国限定のインスタントスープなども売っていて興味深かった。
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通りすがりにスーパーマーケットにも寄ってみる。辛い袋ラーメンは圧巻の品揃え。
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通りをちんたら歩いていると、急にビビットな建物が出現。何屋だ? 入ってみよう。
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サイコなIKEAか?
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うなされそうなベッドルーム。
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風呂場にはツナギを着たまま入浴するピンクの兎。おれたちはもう逃げられない。
「WIGGLE WIGGLE ZIP 明洞オールインワンハウス (위글위글집 명동 올인원하우스)」
結局何だったのか不明のままなのだけれど、雑貨屋…と玩具屋の中間のような店だった。夢だったのかもしれない。
おれは意味もなく サングラスをしてビールを飲んでいる猫のワッペンなんかを買った。サイケデリックな花柄のビニール傘も欲しかったけれど、持ち帰るのが大変そうなので断念。代わりに狂ったホットドッグの描かれた靴下 (物によるだろうが、韓国の靴下は品質が高く 破れにくいらしい) を入手した。これは埼玉に暮らす変わり者の俳人にあげようと思う。
明洞の人通りは多いが、昼も過ぎて飲食店は空く頃合だろう。
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今日のおれたちは、蟹を食いに来たのだ。
「オダリチプ カンジャンケジャン (오다리집 간장게장)」
店のある2階に上がり、ちょっとだけ待ち列に並ぶ。
するとその間、後ろから来た白人男性グループに「Excuse, me?」と話し掛けられた。「ここにバーベキューはありますか? どこに並べば? 」と英語。おれは店先にある蟹の看板を確認して「どう見ても焼肉は出していないだろうが」と思ったが、よく見れば 壁に「近くのサボイホテルの2階に2号店があり、そちらでは焼肉もありますよ (手書きの日本語)」というような掲示がしてあった。
おれはもう完全に対韓国語モードでいたので、話そうとしても英語が咄嗟に出てこない。まず聞き取れたのが奇跡だ。
しどろもどろになりながら「The restaurant with the same name located inside the Savoy Hotel…」などと低級英検の面接の構えで答えていたが、彼らは途中で自己解決したらしく、おれに礼を言って仲間と楽しげに去っていた。
不甲斐ない、と落ち込んでいたら店員に中へと案内される。
気を取り直して入店。
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メニューには日本語表記もあるが、店員に日本語は通じない様子。
おれたちはお勧めされたカンジャンケジャン (渡り蟹の醬油漬け) を2人前注文。79,600ウォンで、何やら色々とセットになっている。
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もやしのナムル。イカとにんにくの塩辛、韓国のり、大根の甘い漬物、きのこか何かの和え物、白菜の辛くないキムチ、海藻のような塩辛く酸っぱい何か。
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品書きには「わかめご飯」とあったが、これは海苔ととびっこの乗った白米。
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そして、Lサイズの蟹。サービスで生海老も付けてくれた。
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壮観だ。しかしまだまだ来る。おれたちは蟹を2匹頼んだだけなのに。
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ケランチムという韓国式茶碗蒸し (でかい! だし巻き卵のようなふかふかの優しい味)。そしてキムチチゲ。
使い捨てのビニル手袋をして食べる生蟹に、この場所ならではという高揚感。内子が詰まった身はとにかくクリーミーで甘い。生臭さは全くなかった。現地の教えに従い、蟹の甲羅にご飯と海苔を入れて混ぜる。ごま風味の醤油ダレが絶妙で、贅沢な味わいだ。
清潔で 食べ切れないほど出されたどの料理も絶品だったので、この店にはまたいつか来たいと思う。
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夕方。明洞のメインストリートを歩いてから、地下鉄で拠点にリスポーン。
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東大門に戻ってきた。
写真はホテルのすぐ側にある「東大門デザインプラザ (DDP)」という大型催事場を含む複合文化空間だ。見事な曲線とダイナミックな導線。近くで見るとよりいっそう宇宙船っぽい。あの建築家 ザハ・ハディッドが設計したらしい。隈研吾でなく彼女が新国立競技場を作っていたら、いま頃はいったいどんな風になっていただろうかと思った。
散策は続く。
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夜通し営業しているという服やアクセサリーの店。ファッションビルと呼ぶのだろうか。若い女性たちが大勢出入りしていた。
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せっかくなので入ってみる。
LUSHのバスボムを想起させるギャラクシーな店内。
時刻は21:00過ぎだが、擦れ違うのが難しいほど混雑していた。
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最上階にはインスタント写真機のコーナーが。
なぜかここには誰もいなかったので、流れるようにギャルを真似て友人とプリクラを撮ってみる。おれは元々カメラが苦手なのだけれど、フレームやら背景やら選ぶものが沢山あり、駅前にあるセルフ証明写真よりも難しかった。
撮ったものは、この先も、誰にも、決して見せない。
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終わらない夜の食事には フライドチキンと相場が決まっている。
「bhcチキン 東大門店 (bhc치킨 동대문점)」
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店内はがらんと広くて倉庫のよう。
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おれたちはオリジナルチキンとヤンニョム (甘辛味) チキンのハーフ&ハーフをテイクアウトで注文。23,000ウォン。20分ほど (混雑時は40分程度待つみたいだ) して出来上がったものを受け取ると、箱はずしりとかなり重い。同じ大きさのケンタッキーフライドチキンのボックスの倍くらいの重量がある。
機嫌よくホテルに雪崩込み、テレビを点けて宴会を開始する。
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あまり綺麗な写真でなくて悪いが、臨場感に溢れていると言っておいてほしい。
フライドチキンは両方合わせて14ピースあり、鶏丸ごと一羽分。どうりで重いわけだ。
他にサービスで貰った缶コーラと、右の豆腐みたいなものは パックに詰められた大根の酢漬け。これはとてもぱりぱりとさっぱりしていて 揚げ物の付け合わせとして満点だ。この形態の塩味の抑えた漬物はあまり見掛けないけれど、日本で売っていたら毎日買ってしまうことだろう。
コンビニでチルソンサイダー (ほぼ三ツ矢サイダーだった) とキンパ (韓国式海苔巻き) も購入したので、一緒に食べる。
肝心のチキンは、KFCとは全然別物! という感想。天麩羅のようにざくざくした衣は軽く、付属のハニーマスタードソースを付けるといくらでも食べられそうなジャンクさ。油がライトというか、絶対にそんなはずはないがヘルシーなものを食べている錯覚に陥る。ヤンニョム味のほうも、辛すぎず程良くスパイシーで深夜に食べるのにうってつけ (手は凄まじくべたべたになるが)。おれはもう余程のことがなければ酒を飲まないと決めているのだけれど、これには冷えたビールがよく合うだろう。
そんなこんなで、遊び疲れたおれたちはシャワーを浴びて各々のベッドにダイブする。
またしても話が長くなってしまったが、次回は いよいよ最終回。本屋を覗くつもりがうっかり散財したり、リスクを冒し大量の生牡蠣を食べたり、屋台で食い逃げ犯に遭遇して気まずくなったりする。帰国時にロストしたおれのスヌーピーが迎える執念の結末にも大注目。
それじゃあ、また読みに来てくれ。
(通りすがりに感想を置いていってくれると とても嬉しい🐙)