2024/09/29 (日)
だいぶ涼しい。朝方まで新作短篇のプロットというか構想資料のようなものを書いていた。8:00頃に眠る。昼過ぎに起き、歩いて近くの神社へ。おれは様々な神の前に手を合わせる。最近はあまり長く寝られなくて駄目だ。夕食にマクドナルドのナゲットを食べた。
あるロックスターが書いた詩集を読み返す。手が震えて上手く文字が読めない。これは感動しただとか何かの比喩などではなくて、おれに物理的な健康問題があることを示している。この間 医者にも「その手の震えはいつからですか」と訊かれた。思い出せない。全く大丈夫なときもあるから、たぶん平気だ。違うだろうか。
2024/09/30 (月)
夜通し作業し、日の出と共に出来上がった企画書のようなものを出版社に送る。初めてのことばかりで勝手がわからなくて不安だ。けれど全く嫌でも面倒でもなくて、去年のおれがいまの状況や仕事のことを知ったら泣いて喜ぶと思う。ただし収入面は不透明極まりない。おれは元より奨学金を受けて大学を出たような身分であるから、この一人暮らしのアパートの家賃を払っていけるのかどうかの心配をしている。
夜、少し遠くの図書館へ。雑誌のブースに例の10月号 (https://sizu.me/octopus/posts/ahk834rduzsa) が並んでいるのを見て「本当にあるんだな」と驚いた。発売日に本屋で目にしたときも同じことを思ったが、正に「世に出たぞ」と恐ろしくふわふわとした気分。いい加減にしろという感じであろうが、皆が本を手に取り、その写真や感想を投稿してくれているのを、おれは宝物のように思って大切に眺めている。
喫茶店でアイスコーヒーを注文して仕事のメールを返す。外の風は程良く乾いていて歩くのに適していた。
2024/10/01 (火)
運転免許証の更新に行こうと思ったが、いつの間にか東京都は事前予約制になっていて、その枠も当面いっぱいだったために断念。神社に出向いて二度祈った。交通安全祈願ではない。
××賞の候補となった巨作を読む。子宮のメタファーやら酒や車や高級時計の固有名詞やら、教養のないおれには難しく理解できなかった。あまり書くべきでないことだが、おれのような田舎生まれの血筋が悪い貧乏人が間違って読んでしまうことがないように選別しているかのような文章だ、という感想。お呼びでないようなので、おれは帰りますね。
2024/10/02 (水)
おれのプロフィールを見て「同郷だよ」「同い年だった」と教えてくれる人たちが、意外なくらい多くいた。素直に嬉しく彼らとハイタッチしたい気分だ。メディアに渡すか迷っていた情報だったから、公開してよかったと思う。
それはそうと、おれは宮城や仙台 (高校卒業まで住んでいました) の皆のことも、東京 (紆余曲折ありつつ戻ってきたぜ) 横浜 (仕事の関係で4年暮らした) にいる人たちのことも、そうでない所に住む方々のことも、等しく大事に思っている。
おれはこの10年で5つの家を転々としてきた。流浪の民と呼んでもらっても構わない。いまも暗く、狭く、汚い部屋でこの日記を書いている。
2024/10/03 (木)
最近は家にいるばかりだし、鍛えようかと思って近所の安いスポーツジムと契約。遊びでフットサルをしていた頃もあったが、そんなに速く走れはしない。肉体的な強化についての志が高い人たちとも相容れなさそうなので、しばらくはトレッドミルだけを使って様子見しようと思う。
本当はふらふらと外を歩くのが好きなのだけれど、気が済むまで進んでしまうと それと同じだけの距離をまた折り返して帰らなければならない、というのがなんとも気を重くさせるものだった。以前、年上の仕事関係者が「ランニングが趣味。すごく遠くまで走っていって帰りは電車に乗る」と話していて、当時は「どういうことだよ」と思っていたが、いまになってとてもよくわかる。
2024/10/04 (金)
パスポートを握っておろおろと荷造り。生まれて初めて海外に出るまでついに1週間を切った。この旅行については遥か南方に住むおれの数少ない友人と去年から約束していて、いまの経済状況を全く予想も考慮もせずに計画され、いよいよ実行に移されるものだ。
正直、全く現実味がない話でもある。おれはこの夏に件の新人賞で大賞を獲ることができなければ会社のビルの××階から転落する予定だった。
だからこうして平然と10月を迎えられているのはかなりおかしい。けれど、ひとまずは切り抜けられて良かったといえるだろうか。おれの素晴らしい友人は大らかかつ絶妙にシビアないい奴で、おれは彼ないし彼女をがっかりさせたくはない。行くと決めたからには金を惜しまず、ちゃんと眠り飯を食い観光を楽しもうと思う。
帰ってきたらきっと旅の顛末も日記に纏めるから、そのときはまたあなたに読みにきてほしい。
2024/10/05 (土)
これを読んでくれている方々の中には、無謀な駆け出しの物書きの快進撃を信じて応援してくれている人も、鬱屈した陰気な人間が困窮し破滅していく様が見たくて覗きにきている人もいるのではないか。
だからそのどちらにも転ばないこのような平凡な日記は、酷く期待外れだろうと思う。
だけど日常とは元々そういうものだ…などと言うのはちょっと嫌かもしれない。
おれは己の魂を売り捌くつもりはないけれど、自分の人生を見世物にしてしまってもべつに構わないと考えている。何だったら賭けまでしようか。今後のおれが「浮かばれるか沈むか 暗黙のTOKYO港湾 (HARBOR)」と、椎名林檎もそう歌っていただろう?