締切を乗り切ってくたばっていたところ、大学時代の友人から「紅葉を見に行こうぜ」との誘いがあった。ついでに連れていきたい店があるから神楽坂へ来いとのこと。
神楽坂には出版社があるから この数ヶ月で何度か通っていたけれど、仕事を抜きにして向かうのは本当に久し振りだった。
「日本橋海鮮丼 つじ半」
海鮮丼&鯛出汁茶漬けの店らしい。

オープン直後の11時過ぎに着くと、既に10人ほどの待ち行列。6、7割は外国人観光客のようだ。基本のメニューはシンプルで、松竹梅 + 特上 の4種類。いくらと鮪をベースに、差額を払うと蟹や雲丹がプラスされていくシステム。

20分くらい待っただろうか。表からは見えないビルの奥へと通される。

急に暗く落ち着いた雰囲気に。

店内は10席ほど。カウンターのみで、目の前で板前の人たちが調理しているのが見られるこのライブ感。既にテーブルには基本のセッティングがされている。

温かいお茶に、タレの掛かった3切れの刺身と醤油。
おれたちは いくらと鮪に加えて蟹の入った「松 (1,650円)」を注文。

待っている間に「おいしいお召し上がり方」を読む。なるほど、最近どこかでも見たな…。
とか何とか思っているうちに、提供。

丼のご飯の上に刺身がこんもりと山のように盛られている。

おお、凄いビジュアルだ。
正直 蟹はよくわからなかったが、大盤振る舞いにのせられた いくらとゴマの振られた漬けの刺身が美味しい。シソと角切りのキュウリが良いアクセント。
指南書通り、2/3を食べ終えたところで店員が出汁を注いでくれる。

このとき、鱈子と一緒にご飯を (わりとたくさんの量) 追加してもらえた。温かい鯛の出汁に浸った海鮮丼は、また違った優しい味わい。セルフサービスのガリも上品で良い。大満足だ。
腹拵えができたので、坂の上の方まで行ってみよう。
つじ半から10分ほど歩くと、頂上付近 東京メトロ東西線 神楽坂駅前に出る。

「赤城神社」
ガラス張りのモダンなデザインの社殿。
たまたまだろうが、境内ではハンドメイドマルシェ的な何かが開催されていた。

参拝。友人は来年子供が生まれるとのことで、パートナーの安産祈願を、おれが願ったことといえば、まあ、1つしかないだろう。

みくじもひく。「恋みくじ」ではなくて、その隣の「あかぎみくじ」のほうだ。
結果は吉。思うままにいくべし、とのこと。了解。

予告しておくと、この日はあと3ヶ所でみくじをひく。記録を塗り替えていけ。
その前に、おれにはちょっと寄りたい店があった。

メインストリートから外れ、赤城神社より飯田橋方面に少し下った所、ひっそりとした住宅街に急に出現する黄色い壁。近付くだけでわくわくする。

「ジェラテリア・テオブロマ」
渋谷にあるテオブロマという名のチョコレート専門店の姉妹店。神楽坂のこちらの店舗はジェラートに特化している。カフェブースの他、店の前にベンチがあり、テイクアウトしたジェラートをそこで食べることも可能だ。(むしろシングルサイズは店外提供のみとのこと)
実は、おれは20歳前後のときこの近くに住んでいた時期があり、その頃によく友人や同居人と一緒にジェラートを食べに行った思い出の店だった。そしておれはアイスクリームに目がない。アイスクリーム・ジャンキーだ。好きすぎて自分の小説の中にも度々登場させるくらい、ジェラート / アイスクリーム / ソフトクリームの類を愛している。
さて、この店に来たら絶対に食べてほしいのが、ピスタチオのジェラートだ。
定番のミルクや鮮やかなベリーに惹かれるのもわかるし、ショコラ屋の系列なだけあってチョコレート味も美味いのだけれど、ここのピスタチオのジェラートは格別な絶品であるから、ナッツ類が苦手でなければぜひ食べてみてほしい。滑らかで香り高く、夢みたいな風味と優しいクリーミーさで完璧な調和が成り立っている。

壁の絵も可愛らしい。
メニューにはシンプルなジェラートや、好みのフレーバーにフルーツやチョコレートや何かを混ぜてもらえるフルーリー的なもの (スパイラル) に加え、数種類のホットショコラやドリンクの類も豊富に揃えられている。
おれたちはといえば、己のキャパシティを信じ特別なパフェを頼んだ。紅茶とセットで2,291円。
南部鉄器のティーポットで出される紅茶はホットのダージリン 。飲み物を頼むと茶請けが付いてくるのだけれど、この日はネギ (!) のチョコレートだった。一口サイズのビターなショコラの中に、仄かにネギの香りがする柔らかなペーストが閉じ込められている。この妙な感じが面白い。前に来たときはレモンか何かのマカロンをサービスされた覚えがあるから、ちょっとしたランダム的なお楽しみにしておくといいだろう。
しばらくすると…

なんとも美しい!
このパフェ、ジェラートは豪華に3種類も入っており、ラインナップはチョコレートにミルク、そして件のピスタチオだ。トッピングには濃さの異なるチョコレートが3枚と、メレンゲの焼き菓子。食べ進めればダイス状にカットしたブラウニーやラズベリー、小さな丸いチョコレートシリアルが敷き詰められているのがわかる。
かなりの大きさであったが、ジェラートの甘みとフルーツの酸味、そしてチョコレートの適度な苦味で飽きずに完食。何度食べても夢中になってしまう。おれはこのパフェに5,000円を取られたとしても文句は言わない。ところがその半分で済むのだから良心的だ。
何よりも、青春時代を過ごした場所にまた戻ってこられたことが嬉しかった。原材料費高騰で大変だろうが、どうか長く続いてほしい店だ。
(余談だけれど、この店のレストルームの壁の全面には板チョコ柄のタイルが貼られており、正にヘンゼルとグレーテルのお菓子の家のようで大変に魅惑的である。あなたも訪れた際には注目してみてほしい)
さすがに食べすぎだな、ということで表通りに戻り、ふらふらと散歩。

「善國寺 毘沙門天」
この前を100回は通り過ぎたことがあるが、入るのは初めて。
作法に則り何もかもをして、やはりここでもみくじを引いてみる。
小吉。「変わらず頑張れよ」みたいなことが書いてあったので、然るべき場所に結んできた。
手水舎の近くには地蔵がおり、備え付けのタワシで自分の悪い (治したい) ところを磨く、という願掛けがあるのだが、おれたちは2人とも「精神が一番問題なんだけど」「いやおれもメンタルが…」などと言って胸の辺りを擦っており、その行為自体よりも、「精神状態が悪い」と冗談を言い合える友人がいることに救われたような気がする。
1日に複数の神社仏閣へ手を合わせるのはNG、という説を唱える勢力もあるが、一時期神社で働いていた立場であるおれは「べつに…」というところ。まあ、各々自分が信じるようにすればいい。
おれたちはさらに坂を下る。JR飯田橋駅の前を通過して 次に向かうは…

「東京大神宮」
「東京のお伊勢さま」こと東京大神宮。この前を500回は通り過ぎたことがあるが、入るのは3度目くらい。よく結婚式などで使われているイメージ。名前から想像するほど広くはないが、さすがに立派なつくりで整備が行き届いている。
ここでは東京大神宮のオリジナルだという傘型のみくじ (300円) をひく。

畳まれた傘の形状。精巧なつくりだ。

これは友人のもの。パッケージと中の傘の色は関係なさそう。

そして大吉。
おれは普段から「博打は勝つまで打つんだよ」と主張しているけれど、完全にそれで押し切ったパターンだ。だが、この日のおれたちはまだまだ猛進する。
続いて市ヶ谷方面へ。
「靖国神社」
言わずと知れた高名な神社。
ここでようやく紅葉を見る。

大規模な夏祭り(みたままつり) や桜が見事なことで有名だが、秋のイチョウも素晴らしい。
いつの間にか洒落た休憩所などもできていた。

黄金に染まった木々たち。そんなに混雑はしていない。

境内は桜がメインだ。紅葉が見たい人は外苑へ行くべし。

参拝して、ベーシックな100円のみくじをひく。
大吉。「光うるはしくして、六合の内に照り徹る」とのこと。おれは満足した。
さて、散々神仏には挨拶をしたけれど、ここまで来たからには行かなければならない場所がもう1ヶ所ある。

靖国神社の裏手の方をぐるりと回り、振り向いたそこにそびえ立つのは…。

おれの母校。
おれは学校というものを少しも好まないで生きてきたけれど、大学のことだけは自分でも意外なくらい大切に思っている。ランクやレベルの高低などは心底どうでもよく、要するに理念と誇りの問題だ。
おれはこの大学独自の奨学金制度に助けられたうちの一人でもあるから、絶対に身を立ててその恩を返したいと考えている。

通っていた当時はキャンパスの大規模修繕中で入れない建物も多かったが、いまは完了してすっかり綺麗に見違えている。文系キャンパスなので休日は学生の姿も疎ら。

誰もいない校舎の屋上庭園に上がってみると、ちょうど日暮れの時間で夕焼けが見えた。

キャンパスのシンボルである「ボアソナード・タワー」は、地上27階・地下4階建てで 主に語学や電算科目の講義に使われている。都会は違うぜ。でも、エレベーターの稼働が追いついておらず 休み時間内で移動するのが大変だった記憶がある。
それよりも忘れがたいのは校歌だ。
若きわれらが命のかぎり
ここに捧げて 愛する母校
われひと共にみとめたらずや
進取の気象質実の風
メロディも厳めしく凄みがあるが、歌詞がとんでもなく大迫力。おれたちは「進取の気象質実の風」だったらしい。この先どれだけの歴史を辿っても、もうこれ以上の曲は出てこないのではないかと思う。
(ベクトルの違う話だけれど、おれは大学のアンサイクロペディアに載っている以下の一文 (全く事実でない大嘘) のことも気に入っている)
スクールカラーは「オレンジ」と「ブルー(紫より濃い青紫)」であり、それぞれ「欲望」と「欺瞞」を表している
おれたちのいた屋上は 警備員が「17:00で閉めるからね~」と言うから、大人しく「お邪魔しました」と撤退。遠くに飛行機の影が見えた。

気が済んだら飯田橋に戻ろう。

飯田橋ラムラ前のでかいクリスマスツリー。例年の下品なピンクのイルミネーションはどうしたんだ。なければないでつまらなく思うから、我ながらずいぶん身勝手だと思う。おれは今年もピンクの電飾の悪口が言いたかった。
日も暮れたし電車に乗って帰る…と見せかけてもう1店舗。
「GODIVA café Iidabashi」
偶然、この日まで ショコリキサー (ゴディバにおけるフラペチーノ的なフローズンドリンク) を頼むとレシート提示で2杯目無料、というようなキャンペーンをやっていた。
おれたちは「ショコリキサー ミルクチョコレート カカオ50%」を注文。

金粉がのっていてゴージャスな気分。年中そうなのだろうが、クリスマスという感じがする。
濃厚だが甘すぎず、ゴディバのチョコを食っているぞ! という味。コールドドリンクだが冬にぴったりだ。
1時間ほど最近読んだ本の感想などを交わして、友人はJR、おれはメトロで帰るから ここでさようなら…
…と、そのときのおれはなぜか「これが今生の別れになるのではないか」と思ってしまった。
そんなわけがなく、約束すればいつでも会える距離に住んでいるのにもかかわらず、急に寂しくお終いの気分に。
おれの挙動不審さを見て、「なんかヤバい? 大丈夫?」と慌てる友人。「平気だから」とは言ってみたものの、ばらばらと涙が零れる。何だこれ? 人に会わなさすぎて情緒が滅茶苦茶になっているのだろうか。急いで背を向けたが、こんな場所で迷惑極まりない。
結局、心配した友人にメトロの入口まで送ってもらって普通に別れたのだけれど、いまに至るまで本当に自分がどういうつもりであったのか理解できないでいる。楽しい一日が終わって悲しかったのは確かだが、それよりも何か決定的に歯車が合わなくなったような感じがして恐ろしかった。
数日後、完全に調子を崩しおかしくなったおれは 再び神楽坂に出向き 出版社の人を相手にも支離滅裂な言動を繰り出し 新人にあるまじき最悪な態度を取ってしまうのだけれど、それはまた別の話だ。