承前。おれはとあるミステリー系文学新人賞に投稿し、最終候補に残った。
そして最終選考会の晩。
予告通りに会社を早退したおれは、自宅で精神統一をしていた。持っている3足の黒いドクターマーチンに補色兼保湿クリームを塗り、順番に豚毛のブラシで磨く。仕上げは柔らかいクロスで丁寧に拭き取り、無心で靴磨きをすること30分。まだ電話は鳴らない。
なので次は貴金属類を磨くことにした。外した3つのピアスを汚れ落とし液の中に沈め、研磨剤入りの布で拭く。輝きを取り戻した金と銀のピアスを耳に再装着し、すっかり掃除用具を片付けてここまで15分。まだ電話は鳴らない。
おれは立ち上がりコーヒーを淹れた。簡易式の使い捨てドリッパーに挽いた状態の豆を入れる。お湯を注ぐと黒く苦い液体が抽出される。キッチンの床に跪いて祈ったりもした。その間10分。まだ電話は鳴らない。
コーヒーで満ちたマグカップを片手に、モンゴメリの『赤毛のアン』を読み始めた。もう何度も読んだことのある本だったけれど、とにかくいままた読まなければいけないと思った。そうしてレイチェル・リンド夫人がマリラ・カスバートに忠告をし、マシュウ・カスバートが駅にいたアン・シャーリーを連れて馬車でグリーンゲイブルズの家に帰ったとき、一本の着信があった。
ディスプレイには事前に登録しておいた編集者の名前。ワンコールで応答ボタンを押すおれ。
スマートフォンを耳に当てる。すると、風切り音がスピーカーから流れてきた。なんだか途切れ途切れで電波も悪い。
「もしm……し、私――社の××と申しますが……いまお時間だい……か? 先ほど選考会が終わりまして、〇〇さんの作……が受sy……ということにな……iた!」
凄まじいノイズ!
おれは必死に聞き取ろうとしたのだが、内容が内容だけに適当に笑って相槌を打つということもできない。
「な、すみません、ちょっとお声が遠いようで……もう一度お願いします」とおれは叫んだ。
上記のやり取りを繰り返すこと、100万回。
ただ正直、この時点で確信はしていた。駄目だったときは普通、「今回は残念ですが」という切り出し方をされると聞いている。心臓がばくばくと鳴っていた。
「大賞です、おめでとうございます!」
ようやくはっきりと聞き取れる。
「――ありがとうございま……」
もうそこから何を話したのか憶えていない。いや、憶えているし、メモも取ったりしたのだけれど、酷いノイズと悪筆で滅茶苦茶なことになっていた。
先方は選考会で評価されたポイントや選考委員から出た意見、今後のざっくりとしたスケジュールを伝えて電話を切った。おれは何度も何度も頭を下げた。最後には「せっかく大事なところだったのに、音声が悪くてすみませんでした」とも言ってくれたけれど、おれは (何回も「受賞です」と言ってほしくて訊き返した人みたいになってしまったな) と思うばかりであった。(後から知ったことだが、相手は出版社のビルの駐車場から電話を掛けてきていたらしい。どうして!)
とにかく、おれは長年執着していたミステリー系文学新人賞に投稿し、ついにその大賞を獲得した。
これがたとえ 尾翼が捥げて機長が死に、エンジントラブルを起こした末の無様な不時着だとしても、望む場所に着陸できたということには変わりない。
【報告と御礼】
最終選考に残っていた件のミステリー系文学新人賞で、おれの書いた小説が大賞を受賞 (!) した。全く夢のようで信じられずにいたのだけれど、ついに今日が情報解禁日であるので、皆に伝えたく ここに書ける限りを記しておこうと思う。
おれに友人は少ないが、Blueskyの皆からはかなり沢山の応援をしてもらって、物理的にも精神的にも多くの場面で助けられた。本当に心から感謝している。ありがとうの言葉ではとても足りないので、この先も物語を書き続けることで恩に報いたい。おれは小説家として必ず頑張るから、どうか この先も応援を頼みます
予告しておくと、明日発売の月刊誌に特集が載り、受賞作を収録した単行本は来春に発売となる。大体察しは付くだろうが、具体的な賞の名称やおれのペンネームを知りたければDMで問い合わせてくれ。(秘密にしておかなければいけないのではなく、おれがこのアカウントでは積極的に公開しない方針でいるだけ)
この件についてはメディアや何かにも掲載されていくだろうけれど、おれの個人情報や見た目に関してのことは、知っていても あまり言いふらさないでおいてもらえると有難い。 Blueskyへもブログへも日常投稿は続けていくつもりだ。もちろんあなたからの感想も待っている。今後とも「洗われるたこ」をどうぞ宜しく🐙🐙
このポストで「明日」といっているのは正に今日 (2024/09/21 (土)) のことである。敢えて雑誌名を公にすることはないが、あなた方のそのインターネットに繋がった端末で調べればすぐにわかることだ。
そこに掲載されている選評では、尊敬する偉大な作家たちから身に余る言葉の数々を貰い (ボージョレ・ヌーヴォーのキャッチコピー状態になっている可能性もあるが) とても光栄に思う。
併せておれが書いた渾身の「受賞のことば」も載っているから、ぜひとも手に取ってチェックしてみてほしい。
情報解禁になってからすぐ、おれは推敲の際にお世話になった人たちに報告とお礼をして回った。
すると、そのうちの一人からこのようなメッセージが返ってきたのだ。
「そうだろう、そうだろうとも、ガハハ! やったぜ!」
これを読み、おれは手を叩いて高い声で笑った。最高だ。そうだろう、そうだろうとも、ガハハ! やったぜ! なぜこの日までそのように喜んでこなかったのか (公式発表まで誰にも言ってはいけなかったという事情もあるが)。
最終選考会から1ヶ月半以上。おれはこのときになって、ようやく賞を得た嬉しさを噛み締めた。
ちなみに昨日 (2024/09/20 (金)) 出たプレスリリースの記事を見た友人たちからのコメントは「おまえの写真のその表情は何なんだよ (4票)」「十全ではない写真写り (2票)」「それどこのカラコン?(2票)」と、なぜか見た目についてばかり言及されている。まったく酷い有様だ。(お祝いしてくれた人はありがとう)
何にしても、おれはしばらくの間、少しならず浮かれていることであろう。
おれがかなり憔悴していて不安定な気持ちでいる間、「しずかなインターネット」の感想レターから おれが安らかに過ごせるように、と願ってくれた人たちがいた。おれはその方々にも深く感謝している。本当にどうもありがとう。あなた方のおかげでおれは元気を取り戻し、いまこの素晴らしい結果を生きて見ることができている。いつか必ず恩を返せるように、これから先も精一杯頑張っていきます。
ハーメルンは笛を吹き、いつの間にかおれはIT会社での仕事も辞めてしまった。来春に単行本の発売は決まっているが、他に何一つ約束されていることはない。
それでも、おれにはまだまだ書きたいものがたくさんあり、それをあなたにも楽しく読んでもらいたいと思っている。
どうかこれからも変わらず、あるいは全てを変えてしまうような気持ちで、ここへまた遊びにきてみてほしい。
本当に沢山の祝福と応援に感謝しています。
それじゃあ、また。