「コスチュームラン」。
第一線級の選手が遊んでいいのか、という疑問が最初に浮かんだ。
ただ、実のところは9月の頭くらいにはすでに打診をもらっていた。
トラックシーズンが終わり、冬のマラソンメインシーズンに向かっていく。
ワールドメジャー戦も視野に入れたが、当座の目標であった世界選手権で悲惨な結果であった以上、ライバルひしめくニューヨークシティにもう一度標準を当てて着取りというのは厳しい。そして何より悪い意味で手広いのだ。10000mという競技では未だに強さを持ち続けていて、マラソンはワンパンチを見せる力こそあれど、一線級に対して五分の戦いというのは相当無理をしているというのは認めざるを得ない。体がまだ若いのだ。今はスピードを積むことが先決。そして10km級でもっともっと戦えることを見せる事。
そう考えると、それこそ「日本マラソンのGⅠシーズン」たるこの冬、やることがめっきりと少なくなるのだ。
大目標の実業団レースはあれども、それまでは……
「安納芋、じゃないとだね」
じっくり、じっくりと追熟させる。収穫から丸1カ月もたてば、ため込まれていた栄養が糖分へと解かれていく。「蜜いも」と呼ばれるほどに焼けば琥珀として浮かび上がってくる。
先刻、火から上げて冷ましていた芋を取り上げる。
この銀紙の中には宝石が。
「ミノセンパイ、黙ってみててね」
『Describe your Intention』
「絶対面白いことになるから」
『Background?』
「いやね、幼稚園は一緒だったんだけど……」
アルミホイルを半身だけほどき、半分に割く。
優しく力を籠めると、炎の色をした身が這い出して来る。
かぶりつく前に、グローブの上でもわかる熱を息を吹きかけて冷ましてやろうとするが……我慢なんかできたものか。
思い切り。
そして案の定。
「あっっっっっっっ……ケホッ、エホッ、ぁぁっダメだったやっぱりぃ……」
『バカなのか』だと、笑いたければ笑えばいい。果たして他の人は上手に食べられるのか?食べられるとして我慢できるのか?そんなことに気を使って食べるとか、そういう頭が働くのかい、こういう時に。
「ふっ……フフッ……DuMo you Dummy-Dummy……Standby, ちょっ…だいじょ……ふふふふっ……」
「変わってないなぁ……一人の食事で奇行に走るの……」
これだから、焼き芋は一人でこっそり楽しむことにしていたのに。
「ドチビ共が……」
「一本もあげませんからね…………っ」
顔を冷やして、溜息とともに着席をする。
「で、コスプレランは結局上から止まらなかったんですよね、あの物思いにふけていた顔からしますと」
そして、チビミスカのみならず、のっぽのミスカにも見つかってしまい、これで過去のチームメイトがそろい踏みとなってしまった。
「ご明察。秋川理事長が『重畳ッ!』と言い出し、エルフィーさんからはLANEで『まさか来ないなんてことはないですよね』と圧力をかけられ、開催地の市長からは『走りを身近に、なんて感動です』なんて言われちゃって。」
「ミスカちゃんしってるよー、スポンサーに『メーリング・クラシック』計画の有力企業いるんだよねー」
「でもそもそもそういうのは引退した人の仕事でしょうが……」
「MiNo、ユメに真剣じゃない人嫌い。」
ほくほくと湯気だけが昇る。
どうしてだ、どうしてこんな目に合わなくてはならない。
どうして焼き芋を食べようとしただけでガキに詰められなくてはならない。
左手に握っていた新品のおいもはあっさりとドチビのMiNoにさらわれ、食べかけもカトニアに引っ張られ、強引に食べようとしたものだから肘を入れた。
相変わらずどうやって出してるのかわからないが、大ミスカは自前の喉だけで笛を鳴らしてフリーキックを宣言。
災難だ……災難だ……
「コスプレじゃないから、"プレイ"じゃないから」
「コスチュームランだから。遊びでもなければ演劇もしない。」
「特にカトニア、貴女に言っているのよ」
必至必然の抵抗をしたが、『じゃ、本気かつ自然体でやろっか。』といって笑ったMiNoの目の圧力と言ったらたまったものではなかった。家庭教師と付き人をして長かったから流石にわかる。これはもう『詰み』だ。
「そして、デュモさんにとどめを刺すようですが」
「よく考えれば教師とて聖蹄祭を無傷で突破できるはずはないんですよね」
「学園では大サービスできるのに、走るのはできないなんて、いくらミスカちゃんを言いくるめたって鉄骨コンビが許しませんとも!」
菊の旬は秋でもタンポポの旬は春。しおしおとしおれてしまいましたとさ。
気が付けば無難なもの、無難なもの……とつぶやいている。
そのたびにミスカトニアンが「なんにもかんがえられなくなーれ、じゃなかった、すなおになーれ」とチャント。
ユメミノデンパとイズミスカイゲートは怖いくらいに冷静に要件定義をし始めている。
とりあえずルーズシルエットは禁止。
宣材写真ではルーズスタイルでさんざん騙し、レースの時は上半身は強く固定しているからバレていないだけで、本当の諸元は……で、登坂型体形の宿命として足腰が上半身に比べて分厚く見えるが、それをカバーするかのように股下が長い。
「Any Suggestion?」
「季節じゃないのから考えればチアとかモダンメイドですかね」
「クラシック」「Negative」「ゴシック」「Negative」「ふざけろ……」
「Well,明るすぎない髪色、薄めの体、Request:Gothic & Lolita」
「おい……私という女を売るのか?!補習ゼロだったのは誰のおかげだと」
ユメミノデンパはわかっていないかもしれないが、焚きつけてはならないのだ、イズミスカイゲートに拍車をかけるのはマズいのだ。彼女は関西のお祭り気質の上に変に先進性が乗っかっている。デリカシーを分かった上で踏み越えてくるくせに『有無を言わせぬほどに最高に仕上げる』という信頼がある。タチの悪い暴走列車だ。
「あっ、あとは足が長いですし、大胆にバニーガールでどうでしょう!」
「イズミスカイゲートという女が一番高くて長いでしょうが貴女が着なさい」
「ええ!ペアルックなんて光栄です!」
「嘘だろこの女……」「……ぁああっっ?!」
私の足がかえって短く見えるぞ、この女謀ったな。
「他人に無頓着なデュモと違って私はちゃんと勝ち筋選んでますからね」
「うるっっっっさいわね貴女はモデル体型なんだから何選んでも勝ちでしょうよ……!!!」
「楽団の服飾も担当してますから連勝ですね、あ、ミスカちゃんも何かありそうだね」
ダメだ、ダメだ、ミスカトニアンだぞ、絶対に「まともじゃない」か「わかってる」の2択だ。「無難」という言葉は彼女の欠陥図書館の辞書には入ってない。もはや自棄だ。泣きついて媚を売るほかあるまい。
「不本意だけど貴女だけが頼りよ、せめてまともな仮装にして頂戴、ええあなたはモンスターの専門家よ、スライムでもゾンビでも蒼ざめた魚人でもなんでも寄越しなさい、着ぐるみ!着ぐるみでもいいわ!そうよ、チャレンジングな衣装と言えばやはり着ぐるみよ、体温を逃がせない過酷な環境下で勝ってこそ」
「はーい、ミスカちゃん怪盗服希望でーす」
……おっ? ……なんとか、なっただろうか?
ユメミノは上を向き、鼓手長も腕を組んで「待てよ」とでも言いたげだ。
これは落としどころなんじゃないか、と淡い期待を込めて念を押す。
「……ええ、スーツならお安い御用よ。私という女、社会人ですしやはりスーツが似合ってこ」
「いや、タキシードは仮装にならないからね?怪盗服ってジャンプス⸺」
刹那、焼き芋が宙を舞う。食べ物を無駄にしないために、アルミホイルで完全防護のものを選ぶだけの理性だけはあった。
怒りか、屈辱か、羞恥か。
というより、すべての元凶は私に遊び心がないことだろう。だからこそ着せ替え人形の責め苦を受ける羽目になったのだ。
ただ、ただこの怒りだけは正当なはずだ。
「真面目に『ハロウィン』をしなさいこの変態が!!ハロウィンはコスプレショーじゃありませんからっっ!!」
数秒の沈黙の後、ミスカトニアンが指を鳴らした。
急速に頭が回るようになり、先刻の発言に注意が向く。
『真面目にハロウィーンを楽しみましょう。』
うんうん、と顔を見合わせてうなずく電波塔と連絡橋の姿勢を見るに、何を伝えたいのか明らかだ。
ぷつりと、何かの糸が切れた、あるいは、何かのスイッチが入った。
「アイドルなMiNoも、パレードリーダーのMi-Skyも、演出家のボクも、共通点は『自分以外の何か』になれること。」
「MiNoは自然体に近いだろうけど、広告塔やアイドルとして、求められる役回りくらいはわかっている。」
「キミを【役者】にするのは随分と手間がかかるね」
「さ、劇団ピクシスのはじまりはじまりー。」
敵うはずもなかったか。
この4人でいたからこそかもしれない。現役時代の私のファサードが崩れなかったのも、彼女たちの支えでもって劇場として整備されていたからかもしれない。
火照った顔に、木枯らしの冷気もなんのそのと温まっている両手で1度、2度と活を入れる。
「ふう……ルーズシルエット禁止と言われましたが、スカートやらマントやらは前からの視線を切らないように、だからフィッシュテールや袈裟型ならむしろ脚の強調になるはず、だからこそこれは譲れない」
「一方でプロポーションは見せるのね、みんな知恵貸して。」