前回の内容で、より良いパートナーシップを育むための仮説理論の全体像を示しました。この理論は4つの分類からなるため、それぞれの要素について、できる限り言葉にしていきます。
今回は、日常×長期に分類される左上の「信頼関係の深化」についてです。
信頼関係の深化
軸:日常×長期
目的:特別な関係性を育むこと
例:より相手を知る
概要
信頼関係は、カップル・夫婦の営み全てに影響する極めて重要な要素だと考えています。信頼し合えない関係であるなら、良好なパートナーシップを築くことは極めて難しいでしょう。そして、この信頼関係というのは、日々の関わりの積み重ねで育まれ、深まっていくものです。一つひとつは日常の中にある何気ない行動や言動かもしれませんが、育まれた信頼は他で代替できない力を持っています。
この要素がもたらす効果
そもそも信頼とは辞書的な意味で、「信じて頼ること」を指します。信じるというまっすぐな心で接し、頼り頼られるという相互協力はパートナーシップにおける最も根底にある要素ではないしょうか。2人の間に強い信頼関係を築き上げることができたならば、パートナーシップの構築・維持・深化の難易度はグッと下がります。信頼は、あらゆる営みに強く影響します。例えば、問題を解消する上ではお互いの違いを受け止め、建設的に対話することを容易にしますし、関係を発展に取り組む上でも、信頼できるからこそ勇気を持って未来を共に描いていくことが可能となるはずです。
また、2人の信頼関係は精神的に安心できる場を作り出します。これは信頼と深い繋がりのあるアタッチメント(愛着)理論に基づきます。互いに精神的なサポートをできる関係は、様々な役割や責務を果たしていく社会生活を支えるものだと思います。
具体的実践
具体的な実践として何をしていけばいいのか?ここでは組織行動学の視点を参照して行動のヒントを得ていきます。信頼には抑止/よく知る/同一化による信頼の三段階があります。
抑止の信頼
報復や罰を恐れて、相手に応える行動が促進され、裏切る行動が抑えられる関係。裏切られると簡単に関係は壊れ、報復が行われる。
抑止の信頼とは、ルールに基づく信頼です。アドラー的にいうならば、信頼(無条件に信じる)ではなく信用(条件付きで信じる)にニュアンスが近いかもしれません。
パートナーシップにおいては、道徳や倫理観をルール基準として、デートの時間を守る/自分担当の家事を全うする/浮気をしないなどといったことを指すものです。組織行動学は本来は仕事組織の話であるため、信頼を構築する上で重要なステップという位置付けです。しかし、カップル/夫婦間のパートナーシップの起点は経済合理性や市場経済の原理ではなく情緒的な結びつきであるため、最低限を守ることができればあまり気にしすぎることでは無いと思います。(むしろルールで縛ることによる信頼は、関係を窮屈にするでしょう)
自然とこのステップは満たしていることが多いと思いますが、関係をスタートさせたばかりの時や、何らかの出来事によって信頼が壊れた時など、関係性が不安定なタイミングでは、このステップから始めていくことが有効です。人として最低限のマナーを守り、誠実に関わることから始めていきましょう。
よく知る信頼
これまでのコミュニケーションからお互いを理解し、相手がどんな行動をするか予測ができる状態(予測可能性)に基づく関係。相手に関する情報の蓄積により生まれる。
2つ目は、よく知ることによる信頼です。初対面など相手のことを知らない状態だと、「こんなこと言って/して引かれないかな?」などと気を張ってしまうものですが、相手のことを知ることで「これ言っても/しても大丈夫」という安心感が形成され、結果として信頼につながるというものです。この信頼ベースは腹を割って自分の考えや価値観を話す勇気を引き出し、より関係を深める役割も果たすでしょう。
"よく知る"ということは、カップル研究の第一人者であるゴッドマンの理論でいう”愛情の地図(=Love Maps)"にも通じることです。具体的な実践としては、相手の考え方や好み、関心ごとについてなど、相手を知るということにはいろいろな切り口があります。個人的には、SNSなど対外的な発信に含まれないようなことをいかに知っているかを意識しています。ここには内的な葛藤や弱さ、体調的なこと、日々素朴に生まれては消えていく感情や思考などを含みます。日々の中で相手を知るきっかけは無限にありますので、関心を持って話してみると良いでしょう。
同一化の信頼
よく知る信頼関係が深まった結果、お互いの意図を理解し相手の欲求や希望を認識することで、相手の気持ちになって行動し合える関係。お互いに感情的なつながりを感じていて忠誠心をもっている。
この段階は、自分と相手を同一化した状態の信頼関係を指します。私の好きな考え方として、「2人の関係において、私の問題(my problem)とあなたの問題(your problem)というのは存在しない。その両方が私たちの問題(our problem)なのだ」という言葉があります。2人の間に起こることを、個人と個人ではなく、私たちとして捉えていくことを、この同一化の信頼は指しているように思います。平たくいうと、相手のことも自分ごと化して考えるということになるでしょうか。この段階における具体的実践は一般的にこうする、というものではなく、2人の中で自然とわかるものであるはずです。
また、信頼の深化というトピックにおいては、フロムの言う「相手を心から信頼するという不変の意志を持つ」ということに本質があるように思います。相手を変えることはコントロールできないので、相手にいかに信頼してもらうか?ということではなく、自分がいかにパートナーを信頼するかにエネルギーを割いていく方針です。ここはフロムの書籍「愛するということ」が非常に参考になるかと思います。
この要素のハードル
信頼するということ自体、自らを曝け出す勇気ある行為です。相手を信じるということは言葉では簡単ですが、シンプルであるからこそ実践し続けることは決して簡単なことと言い切ることはできないと思っています。
フロムも愛するためには信じる修練が必要だと言及している通り、誰もが最初から信じることが得意ということではないはずです。愛は技術である、という言葉の通り、まずは少しずつでも自分の信頼を行動や言動で表現していく中で、信頼するという行為が日常に根付いていくのだと考えています
また、他者に対する信頼感は個人差もあり文化背景にもよること、愛着障害をはじめとした過去の経験などの影響を踏まえると、信頼することのハードルは人によって様々です。自分のできることから始めていくこと、パートナーが信頼に対して難しさを感じているのであれば「なんで信頼してくれないの!」ではなく、「信頼することにどんな難しさや不安を抱えているのだろうか?」と一緒に考えていくことから始めていくと良いでしょう。
サポート
この領域は短期的に成果が出ない、単発でのインパクトが小さいという「日常×長期」のセグメントであるため、資本主義の現代において優先順位が上がりにくい領域です。そのため、参入するプレイヤーが少なく、有効なサポートも限られているのが現状だなと感じています。
ただ、私はこの領域が4つの要素の中でも最も重要だと考えています。現在開発中のアプリは、まさにこの領域をサポートすることを目的に設計しているので、ぜひ信頼関係の深化に関心のある方は、ぜひ利用してもらえると嬉しいです。