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サリーの日記―生活が壊れていることに、私は気づかなかった

Break the Frame@サリー
·
公開:2026/8/21

いつからだろう

いつからだろう、バスタブの水垢を放置するようになったのは。

いつからだろう、キッチンの油汚れを見ても、そのままにするようになったのは。

いつからだろう、米を炊かなくなったのは。

いつからだろう、コンテナに常備菜を詰めなくなったのは。

いつからだろう、エアコンのフィルターを掃除しなくなったのは。

いつからだろう、床に掃除機をかけなくなったのは。


壊れていく過程

毎朝シャワーは浴びていましたが、いつの間にか湯船に湯を張ることはできなくなっていました。

食事もしていました。

ただ、食事はいつの間にか宅配弁当か、コンビニか外食が中心になっていました。米を炊いて、何かを作って、余ったものをコンテナに詰めて冷蔵庫に入れる、という一連のことができなくなっていました。

毎日のように飲んでいたコーヒーも、コーヒーメーカーで淹れられなくなっていました。コーヒーメーカーの上には埃がたまり、ガラスポットは黒く汚れていました。私は缶コーヒーを飲んでいました。

別に、ある日突然、生活ができなくなったわけではありません。

風呂には入れます。コンビニに行けば食べ物も買えます。だから、生活しているつもりではいました。

けれど振り返ってみると、家の中でできることが、一つずつ減っていました。

訪問看護も利用していました。でも、訪看さんもこのことには気づきませんでした。当たり前です。私は困っていると言いませんでした。

「お風呂に入れません」と言えませんでした。毎朝シャワーを浴びていたからです。「食べられません」とも言えませんでした。コンビニに行けば食べていましたからです。

米を炊けないこと。浴槽に湯を張れないこと。コーヒーメーカーを洗って、豆を量って、コーヒーを淹れることができないこと。床に掃除機をかけられないこと。

そういう一つ一つを、私は「困っていること」として誰かに伝えてはいませんでした。私自身、それらをひとまとまりの「生活の困難」として認識していなかったのです。

食べられないわけではありません。コンビニで買えばいい。コーヒーが飲めないわけではありません。缶コーヒーを買えばいい。風呂に入れないわけではありません。シャワーを浴びればいい。

一つ一つには代わりがありました。

代替できていたから、壊れていることに気づかなかったのです。

ポットも茶色く黄ばみ、べたついていました。ハーブティーやスパイスは、あちこちにばらばらに置かれていました。

物の定位置が崩壊していました。掃除機もかけられません。床に物が多いからです。真夏にもかかわらず、ニットが落ちていました。


薬に定位置ができました

最初に気づいたのは、服薬が安定していないことでした。

私は精神科に通院していて、夕食後と寝る前に数種類の薬を服用しています。以前は小さなピルケースを使い、曜日ごとに薬を分けていました。

けれど、そのピルケースを置く場所すら定まっていませんでした。

飲めた日と飲めなかった日は、ケースを見ればよく分かりました。そもそも薬をケースに詰められない日もありました。薬の数もどういうわけか合いません。処方されたはずの薬が、なぜかずいぶん余っていました。

考えてみれば当然でした。

物の定位置が決まっていません。薬を飲む場所も、そのあとケースを戻す場所も、生活の中にきちんと組み込まれていませんでした。

散らかっていることと、薬を飲めないことは、私の中では別々の問題でした。でも、そうではありませんでした。

私は7月下旬から休職しています。このことは別の日記にも書きました。

服薬の乱れを受けて、我が家には訪看さんの提案で「お薬カレンダー」が導入されました。壁に貼って、曜日と時間帯ごとに一回分の薬を入れておくものです。

お薬カレンダーの画像。列が時間、朝昼夕寝る前の4列、行が曜日、月から日まで。ポケットがあって薬を入れられます。かわいい動物のシールでデコってます。

ピルケースのように「どこに置いたっけ」となりません。飲んだかどうかも一目で分かります。

何より、薬に定位置ができました。

さらに、「一包化」というサービスがあることを知りました。

処方箋に一包化の指示を書いてもらうと、同じタイミングで飲む薬を、調剤薬局で一つの袋にまとめてもらえます。

それまでは、処方された薬を自分でハサミで切り離し、夕食後と寝る前、それぞれのピルケースに分けて詰めていました。

薬を飲む前に、まず薬を管理するための作業が必要だったのです。一包化してもらうようになって、その作業がなくなりました。

お薬カレンダーへの補充も、一回分ずつまとまった袋をスリットに差し込めばいいだけです。

すると、私の服薬は安定しました。

さらに、お薬カレンダーが壁のよく見えるところにあることで、それまでなら気づかなかった飲み忘れも目に見えるようになりました。今日の分が残っているのか、もう飲んだのかが、一目で分かります。

今のところ、飲み忘れはありません。

毎日、決められた薬を飲めています。

それは小さなことかもしれません。でも、「今日もやれることを一つやれた」という感覚が毎日積み重なって、少しずつ自信になっていきました。


変わったのは、私ではありませんでした

ふと思いました。

なぜ、今までできなかったことが、できるようになったのでしょう。

私は別に、服薬のために努力を増やしたわけではありません。意志を強くしたわけでも、何かを訓練したわけでもありません。

変わったのは、私ではなく、薬を飲むまでの仕組みでした。

以前は、薬を切り分ける。ピルケースに詰める。ケースを置いておく。時間になったらそれを見つける。飲んだかどうかを覚えておく。

いくつもの工程を自分で管理しなければなりませんでした。

一包化とお薬カレンダーによって、その工程が減りました。薬には定位置ができました。飲んだかどうかも、記憶ではなく目で確認できるようになりました。

つまり、それまでの私は「服薬する能力」が足りなかったのではありませんでした。

私の行動と、それを支える道具や環境の組み合わせが、うまく機能していなかったのです。

「服薬」という一つの行動は、私一人の意志だけでできているわけではありません。

薬、置き場所、時間、記憶、習慣。

そうしたものがひとまとまりになって、初めて「薬を飲む」という行動になります。

そのひとまとまりに、機能不全が起きていたのです。


食べるまでのハードル

次に立ちはだかったのは、食事のハードルでした。

7月下旬に休職して以来、私は食事を思うように取れなくなりました。

それまで頼っていたコンビニに行くことができなくなりました。冷凍の宅食を電子レンジで温めることさえ、できない日がありました。

食欲がまったくないわけではありません。食べなければならないことも分かっています。

でも、家を出て食べ物を買う。冷凍庫から弁当を取り出す。袋を開ける。電子レンジに入れる。時間を設定する。温まるのを待つ。

それだけの工程が、できなくなっていました。

私は出前館を頼って急場をしのぎました。

その間に通販で、inゼリー、カロリーメイト、おかゆ、プロテインドリンク、野菜ジュースなど、調理せずに口にできて、ある程度保存もきく食べ物を大量に買い込みました。

親切なフォロワーさんも、保存のきく食べ物を送ってくださいました。本当に命をつないでいただいたと思っています。改めて感謝申し上げます。

たまごっちのキャラクターの置き物

(フォロワーさんが送ってくれた食料の中に、この子がいました。)

こうして、とにかく食べることだけは続けました。

料理をすることも、栄養の整った食事を用意することも、いったん諦めました。

まずは「何かを食べる」までのハードルを、できるだけ低くすることにしました。

服薬のときと同じでした。私は食べる力を鍛えたわけではありません。食べるまでに必要な工程を減らしただけでした。

そうして、起きる。シャワーを浴びる。食事をする。薬を飲む。寝る。

ほとんどそれだけの生活が、少しの間続きました。


キッチンは死んでいました

ある日、訪看さんに、栄養バランスやこれからの食事について相談しました。

カリウムが足りていないこと、たんぱく質が足りていないこと、プロテインドリンクや野菜ジュースだけでは心もとないことを指摘され、キュウリやゆで卵など、もう少し手軽に食べられるものを勧められました。

家計の問題もありました。

出前館はとても便利でしたが、当然ながら高くつきます。その月のクレジットカードの請求は、出前館だけが原因ではないにせよ、22万円にのぼっていました。

何とか、食事にテコ入れしなければならない。そう考えたとき、ふと思いました。

そもそも、なぜ私は食事を用意できなくなったのでしょう。

そして、お薬カレンダーを導入してから服薬が安定したことを思い出しました。

私が頑張れるようになったわけではありません。

服薬という行動を支える仕組みを変えたら、できるようになったのです。

では、食事はどうでしょう。

私はキッチンを見ました。シンクには、洗っていない食器が残っていました。

コンロの周りには油汚れがこびりつき、壁は油煙で黄ばんでいました。コンロの周囲に置かれた調味料や食器、調理器具も油でべとべとになり、その上に埃が付着していました。

料理をしようと思ったら、まず洗い物をしなければなりません。

コンロを使おうと思ったら、その周りを掃除しなければなりません。

調理器具を使おうと思ったら、それ自体を洗わなければなりません。

「料理をする」より前に、いくつもの作業が待っていました。

私は、そのままでは調理を始められない環境に身を置いていることに、初めて気づきました。

こんな環境では、いくら料理をする意志があっても、いくら「ちゃんと作ろう」と努力しても、そもそものスタート地点に立てません。

私に足りなかったのは、調理する意志ではありませんでした。調理できる環境でした。

服薬のときと同じです。私ができなかったのではありません。私の行動を支える環境が、できる形になっていなかったのです。

これは、機能不全です。

私はまず、キッチンを蘇生させようと思いました。

キッチンは死んでいるのです。

水は出ます。コンロにも火はつきます。冷蔵庫も動いています。けれど、そこで料理を始めることができません。

設備は生きています。でも、キッチンとしては死んでいます。

だから、まず掃除をすることにしました。きれいにするためではありません。料理のできる場所に戻すためです。


掃除をするために、掃除道具を掃除する

まずは、悪夢のような話ですが、掃除道具の棚卸しと仕分け、そして掃除道具そのものの掃除から始まりました。

洗剤がいくつあるのか。スポンジがいくつあるのか。それすら分かりません。

必要なものは、部屋のあちこちにばらばらに散らばっていました。

私はまず、ウサギ小屋のような部屋の一角になんとかスペースを作り、そこへ掃除道具をすべて集めました。

洗剤。スポンジ。ブラシ。クロス。使い捨ての掃除用品。

一つずつ仕分けて、表面が油や埃でべたべたになっているものは拭いていきました。

掃除をするために、まず掃除道具を掃除しています。

足りないものは買い足しました。

箱からティッシュのように一枚ずつ取り出せるマイクロファイバークロスや、油汚れに強いキッチンマジックリンなど、考えなくてもすぐ使える即戦力を揃えました。

ここでも、「頑張って掃除する」ことより、「掃除を始めるまでの手間を減らす」ことを優先しました。


一日、ひとつ

何とか掃除道具を蘇生させたあと、まずは収納スペースを確保しました。

シンクにたまった食器をしまう場所が必要だったので、棚の一角を空けました。中身を仕分け、いらないものはゴミに出しました。

そして、キッチンシンクにたまった見るに堪えない不衛生なものたちを、一つずつ洗っていきました。

マジックリンをぶっかけてはスポンジで磨き、水分もきちんと拭き取って、空けた棚の一角に納めていきます。

これで、キッチンシンクが空きました。

空になったシンクは、今度は私の作業台になりました。

とはいえ、体力はありません。

一気に全部やろうとすると、おそらく続きません。

だから、一日一つと決めました。

次の日は、コンロの周りに置かれていた、べたべたの調味料の小瓶や缶をすべてシンクに集めました。

またマジックリンをぶっかけては磨き、水で流し、きちんと水気を拭き取りました。

中には空になった瓶もありました。洗って、ゴミ袋に入れました。また一日が過ぎました。

棚の扉の表面も、壁も、油煙で汚れていました。

一日、扉を一枚。

一日、壁を三分の一。

そんなペースで進めました。

一日でキッチンをきれいにする体力はありませんでした。でも、扉一枚ならできます。壁の三分の一ならできます。

そして次の日になれば、昨日きれいにした扉は、きれいなまま残っています。

一日で全部を終わらせなくても、少しずつ、汚れている面積は減っていきました。

家というものは、一日で壊れたわけではありませんでした。

だから、一日で直す必要もない、そう自分に言って聞かせました。


キッチンを直すために風呂場を使う

骨が折れたのは、ワイヤーラックでした。

百均の突っ張り棒とワイヤーネットを結束バンドでつないだだけの、お手製のものです。

ラックが壁を覆い隠しているので、壁を掃除するにはまずこれをどかさなければなりません。

しかも、ラックにぶら下がっていた調理器具はどれもべとべとです。ワイヤーラックそのものにも、網の一本一本に油と埃がこびりついていました。

私はワイヤーラックをバスタブに運びました。

ここではキッチンマジックリンの強力さにかなり助けられました。

網目をかいくぐって洗剤の多くが無駄になっていくのは少し痛手でしたが、とにかくぶっかけて拭えば、汚れは落ちていきました。

他の調理器具も、一つずつシンクで洗うのが面倒になりました。

もうまとめてやってしまえ、と、バスタブに運んで一気にマジックリンをかけ、最後はシャワーで洗い流しました。

キッチンを蘇生させるために、風呂場まで作業場になりました。

コンロ周りは、意外と楽でした。

これもマジックリンの(以下略)です。

長いこと見て見ぬふりをしていた油汚れが、思ったよりあっさり落ちていきました。

あれほど手をつけるのが億劫だったのに、始めてしまえば案外こんなものなのか、と思いました。


キッチンが息を吹き返しました

一週間くらいかけて、キッチンはようやく息を吹き返したと思います。

掃除後のキッチンとキッチンマジックリン

油煙防止のアルミカバーも買いました。

ただ、もうしばらく炒め物はしたくありません。せっかく蘇生させたキッチンを、すぐ油まみれに戻したくないのです。

しばらくは、茹でるか、蒸すかでいこうと思います。

何カ月ぶりでしょう。包丁を持ちました。

トマトを切ることができました。

そうめんを茹でることができました。

すると、そうめんのアレンジレシピについての知識が、脳の片隅から次々と出てきました。

あれを乗せてもいい。これと和えてもいい。こういうつゆも作れます。私は、こんなに知っていたのです。

知識がなくなったわけではありませんでした。料理の仕方を忘れたわけでもありませんでした。

ただ、それを使うための環境が、まったく機能しなくなっていたのです。

ゼリーやカロリーメイトを少しずつ口にしながら、なんとか一日をつないでいたころと比べると、一食でちゃんと満腹になれる食事というのは、実に身体的な安心感のあるものでした。

お腹がいっぱいになります。

ただそれだけのことが、こんなにも「大丈夫です」と身体に伝えてくれるものだったのかと思いました。

翌日は、電子レンジの上でべとべとになっていたジップロックコンテナーを、全部きれいにしました。

洗って、水気を拭いて、空けておいた収納棚にしまいました。これで、訪看さんに勧められたゆで卵を常備できます。

そして今日、コーヒーメーカーとポットをきれいにしました。

久しぶりに、ハーブティーを淹れました。

棚を整理してみると、いろいろなフレーバーのハーブティーが出てきました。私はこんなものを常備していたのか、と少し驚きました。

買ったことを完全に忘れていた、というより、「家に帰れば好きなハーブティーを選んで飲める」という生活そのものを、すっかり忘れていました。

コーヒーメーカーも、ポットも、ハーブティーも、ずっとそこにありました。

なくなっていたのは、物ではありませんでした。

それらを使って暮らすという習慣のほうでした。


ゴミ屋敷になる、ずっと手前で

単にQOLが下がっていた、というだけではないのだと思います。

私は、セルフネグレクト気味だったのだと思います。

そして、こんなに追い込まれなければ自分のセルフネグレクトに気づかなかったのかと思うと、少し怖くなりました。

私の中にも、セルフネグレクトに対する偏ったイメージがあったのだと思います。

世間一般で「セルフネグレクト」と聞いて思い浮かべるのは、たぶん、ゴミが積み上がり、足の踏み場もなくなった、いわゆる「ゴミ屋敷」のような様相です。

でも、私の家はそこまでではありませんでした。

シャワーは浴びていました。食事も、どうにか取っていました。薬も、完全に飲めなくなっていたわけではありません。ゴミで家が埋め尽くされていたわけでもありません。

それでも、料理ができなくなり、食事を用意することができなくなり、服薬は乱れ、生活を支える家の機能は一つずつ失われていました。

ゴミ屋敷になるより、ずっと手前でした。

そして人は、そのずっと手前でも死にうるのだと思いました。

食べることができなくなります。必要な薬が飲めなくなります。衛生を保てなくなります。

生活が完全に崩壊してから初めてセルフネグレクトになるわけではありません。

むしろ、まだ何とか代替できているうちから、生活は静かに壊れ始めているのかもしれません。

私の場合、代替手段はたくさんありました。

コンビニがあります。外食があります。宅配があります。缶コーヒーがあります。シャワーがあります。

それらは実際に私を助けてくれましたし、なければもっと早く生活は立ち行かなくなっていたでしょう。

でも同時に、代替できていたからこそ、自分の生活から何が失われているのかに気づくのが遅れたのだとも思います。

できているか、できていないか。そんな二択ではなかったのです。

生活はもっと細かい無数の機能でできていて、その一つ一つが静かに失われていました。


家を蘇生させる

掃除は楽です。

いま、SNSが負荷になっているので少し離れていますが、掃除はその逆で、無心になれます。

ただ手を動かすことが、いまの私にとっては療養になるのかもしれません。

そして少しだけ、これから家をどう機能的にしてやろうかと、楽しみな気持ちにもなっています。

私は、はっきり言ってものぐさです。

だからこそ、私がいちいち考えたり、気合いを入れたりしなくても、身体が家の仕組みにそのまま便乗して、いつの間にか生活が回っているような家にしたいです。

頑張らなくても、薬が飲めます。頑張らなくても、食事ができます。頑張らなくても、使ったものがだいたい元の場所に戻ります。

そんな家なら、私にも維持できるかもしれません。

「ちゃんとした人間」になって家を維持するのではなく、ものぐさな私のままでも維持できるように、家のほうを作り変えていきたいと思います。

いつの間にか、一つずつ失われていたものを、今度は一つずつ戻していきます。

一角ずつ。棚の一段ずつ。扉の一枚ずつ。

私は、家を蘇生させていこうと思います。

@sallypenguin
サリーといいます。普段はBlueskyに生息しています。 bsky.app/profile/sillysallypenguin.bsky.social