
核兵器をめぐって繰り返された「タブー」
2026年7月22日、小泉進次郎防衛相は、訪問先のベルギーで記者団の取材に応じ、核兵器をめぐる議論について「あらゆるタブーなく議論をしなければならない」と発言しました。
その2週間後の2026年8月5日、参政党の神谷宗幣代表は、原爆の日を翌日に控えた広島市で記者団に対し、核兵器をめぐる議論を「タブー視せずに」行うことが重要だという認識を示しました。
二人の政策的な立場は同じではありません。それでも、核兵器をめぐって同じ「タブー」という言葉が使われたことには注目する必要があります。
ここで考えたいのは、この言葉が政治的な議論のなかで、どのような働きをしているのかということです。
この言葉は一見すると、自由で冷静な討論を求める呼びかけに見えます。先入観を捨て、変化した国際情勢に向き合い、あらゆる可能性を検討しよう。そのような雰囲気をまとっていれば、なるほど、それは大事なことかもしれないと思う人もいるかもしれません。
しかし、「タブー視せずに」とは、本当にそのような自由で冷静な討論を求める言葉なのでしょうか。
核兵器はすでに議論されてきた
まず確認しておきたいのは、日本では核兵器について、すでに長年にわたって議論が重ねられてきたということです。
広島・長崎における被害の実相は、被爆者の証言や資料館による資料の収集・公開、放射線の健康影響に関する長期的な調査を通じて記録され、研究されてきました。
非核三原則についても、1971年の衆議院決議や、日本が核兵器不拡散条約(以下NPT)を批准した1976年の国会審議、衆参両院の外務委員会決議などを通じて確認されてきました。
そこでは、非核三原則だけでなく、核実験への反対、核軍縮、核兵器の廃絶、非核兵器国に対する核兵器による威嚇や武力行使の防止についても論じられています。
その後も、核抑止の是非、米国による拡大抑止、いわゆる「核の傘」、核共有、NPT、核兵器禁止条約、核軍縮、核使用の危険など、核兵器をめぐるさまざまな論点が繰り返し議論されてきました。
核兵器について語ること自体が、封じられてきたわけではありません。
では、何が「タブー」なのか
では「タブー視せずに」と言うとき、実際に「タブー」と名指されているのは何なのでしょうか。
私は、この「タブー」が指しているのは、日本の核保有や核共有、核兵器の持ち込み、非核三原則の見直しを、通常の政策選択肢として扱うことだと思います。
それが避けられてきた背景には、広島・長崎の経験や、その後の政治的な議論を通じて、核兵器を通常の政策手段として扱わないという規範が形成されてきたことがあります。
しかし、「タブー視せずに」という言葉は、そうした歴史的経験と政治的議論を通じて形成された規範を、あたかも不合理な禁忌であるかのように見せる効果があるのです。
小泉氏の発言を詳しく見る
ここからは、冒頭で取り上げた二人の発言について、前後の文脈と政策的な立場を詳しく確認していきます。まず、小泉進次郎氏の一連の発言から見ていきます。
① 2026年7月17日―「櫻LIVE」での発言
2026年7月17日、小泉進次郎防衛相は、インターネット放送局「櫻井よしこの言論テレビ」の番組「櫻LIVE」に出演しました。
同番組の全編視聴には会員登録が必要なため、以下では、一般に公開されているプレビュー版で確認できた範囲を取り上げます。
なお、歴史学者のスヴェン・サーラー氏は、番組を主宰する櫻井よしこ氏をネオナショナリストの言論人の一人として論じ、1990年代以降の歴史修正主義運動を主導してきた人物と位置づけています。そのため、ここでのやり取りは、その政治的立場を前提にした対談・論評番組における発言として読む必要があります。
プレビュー版で確認した範囲では、小泉氏は、ロシア・ウクライナ情勢を受け、欧州各国が従来の安全保障政策を根本から変えようと、大胆かつ迅速に動いているという認識を示しました。
その上で、日本にとって核は議論することが難しい課題ではあるものの、「触れざるを得ない」と述べました。そして、フランスが核抑止力の強化へ動いていることや、フィンランドが核兵器の持ち込みを可能にする方向へ従来の政策を変更したことを例に挙げました。
さらに小泉氏は、日本では安全保障政策をめぐって、「この問題は議論しちゃいけない」とされたり、「議論をすることすら認められない」ことがあると述べ、そうした状況を変える必要があると主張しました。
② 2026年7月22日―ベルギーでの発言
7月22日には、冒頭で触れたとおり、訪問先のベルギーで記者団の取材に応じ、欧州や世界で起きていることについて「あらゆるタブーなく議論をしなければ」、もはやどの国も一国だけで安全保障を確立することはできないという趣旨を述べました。
③ 2026年7月24日―記者会見での説明
この発言を受け、7月24日の記者会見では、記者から次のような質問が出ました。
記者:
大臣がインターネット番組やベルギーのぶら下がりで言及された核兵器をめぐる政策について伺います。
大臣、先日インターネット番組で核兵器の持ち込みを認める政策転換をしたフィンランドなどの例に触れた上で、日本にとって議論するのが難しい課題ではあるが、触れざるを得ないのはやはり核と述べられました。
発言の趣旨としては、安保三文書(注1)の改定を見据え、非核三原則の見直しや原子力潜水艦の保有などもテーマに、政府として議論していくということでしょうか、真意を確認します。
また核について議論するというのは、例えば米国の拡大抑止を強化するということから米国などとの核共有、日本として核兵器を保有することまで様々なレベルがあると思いますけど、どの程度の範囲を念頭にされた御発言だったのか教えてください。
(注1)「安保三文書」とは、2022年12月に政府が策定した「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の総称です。日本の安全保障と防衛の基本方針、自衛隊に求める役割、必要な装備や予算などを定めています。
この質問に対し、小泉氏は次のように回答しました。
大臣:
一般論として、各国がそれぞれの安全保障環境を踏まえて、自国の防衛の在り方について様々な検討や議論を行うことは当然のことだと思っています。
御指摘の私の発言も、防衛政策に関する一般論として、我が国として国民の命と平和な暮らしを守り抜くための政策について、あらゆる選択肢を排除することなく、国民に丁寧に説明しながら、議論していくことが重要であるという趣旨を述べたものです。
いずれにしても、これまでも繰り返し申し上げているとおり、政府としては核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずという非核三原則を政策上の方針として堅持しています。
また持ち込ませずについては、2010年当時の岡田外務大臣による答弁を引き継いでいます。
その上で、我が国としては、自らの防衛力を強化するとともに、アメリカが提供する核を含む拡大抑止の信頼性を更に高めることにより、我が国の平和と安全を守り抜いてまいります。
なお、三文書の改定に当たり、個別具体的な内容については今後議論を進めていくものでありますので、現時点で予断をもってお答えすることは差し控えます。
ただ、この番組見ていただければ分かるとおりですね、私がヨーロッパの国々訪問をして、各国の大臣などとも意見交換をする中で、どういったことを具体的に感じていますかと、こういうふうな問いの中でですね、具体的にフランスの例、そしてフィンランドの例、こういったことについてなども触れながら、この世界各国、今急速に動いている安全保障の状況について対応するために、我々が思う以上に大きな政策変更も行われています。
そこに根ざしているのは、強い危機感です。
この強い危機感を持って、今後、三文書の改定に向けた議論を、あらゆる選択肢を排除せずに議論をすると、そういったことは不可欠だという、こういった趣旨であります。
もちろん、先ほど申し上げたとおり、アメリカとの、この拡大抑止の協議というのは今年の6月にも行われておりますし、その信頼性を更に高めていくために何ができるかという議論も、私は大事なことだと思っております。
この回答では、次の三つが同時に語られています。
非核三原則は、政策上の方針として堅持する。
しかし、安全保障政策については、あらゆる選択肢を排除せずに議論する。
その「あらゆる選択肢」に、非核三原則の見直し、核共有、日本独自の核保有などが含まれるのかについては、具体的に答えない。
7月24日の会見で、小泉氏は、記者が例示した個々の政策を自らの政策として明言したわけではありません。
一方で、それらを議論の対象から除外するとも述べていません。「防衛政策に関する一般論」として具体的な政策への賛否を留保しながら、検討の対象となり得る範囲だけを広く保っていることが分かります。
ここで「タブーなく議論する」という言葉は、具体的な政策変更を明言しないまま、議論の対象となり得る範囲を広げる働きをしています。
神谷氏の発言を詳しく見る
次に、神谷宗幣氏の発言を確認します。
神谷氏が核兵器について「タブー」という言葉を使ったのは、冒頭で紹介した2026年8月5日の広島での発言が初めてではありません。
① 2026年1月24日―ネット党首討論での発言
小泉進次郎氏の一連の発言より前の2026年1月24日、神谷氏は、ドワンゴが運営する「ニコニコ」主催の「ネット党首討論」に出演しました。
この討論会は、衆議院選挙を前に与野党10党の代表が参加し、「日本の成長戦略」と「外交・安全保障政策」をテーマに行われたものです。
共同通信によると、神谷氏は核保有の可能性をめぐって、次のように述べました。
神谷氏:
わが国も独自防衛をしっかりやる。核もタブーにせず、抑止力について議論すべきだ
神谷氏はこの時点ですでに、日本の独自防衛と抑止力の強化に結びつけて、核保有の可能性を「タブーにせず」議論すべきだと明言していました。
② 2026年6月23日―那覇市での発言
2026年6月23日、神谷氏は訪問先の那覇市で記者団の取材に応じ、抑止力を強化するために核武装を議論すべきだと主張しました。
共同通信によると、神谷氏は次のように述べています。
神谷氏:
日本も追い詰められれば(核武装を)考えるぞという議論をするのは大事だ
これに先立つ街頭演説では、憲法9条の堅持や核廃絶に関する平和教育について、次のように発言しました。
神谷氏:
ほぼ意味がない。理想論だが現場で使えない
さらに、「自分たちの国で自分たちを守るにはどうしたらいいのかを考えるのが平和教育ではないか」と主張しました。
ここで神谷氏は、単に核兵器について幅広く話す必要があると述べたのではなく、日本自身の核武装を、抑止力のために議論すべき対象として明確に挙げています。
③ 2026年8月5日―広島市での発言
そして冒頭で紹介した発言に戻ります。8月5日、原爆の日を翌日に控えた広島市で、神谷氏は参政党の会合に出席したあと、記者団の取材に応じました。
NHKによると、神谷氏は次のように述べました。
神谷氏:
参政党は核兵器に関しては核武装の議論もしていくべきだとおおやけに言っている。それは核を持てばいいということではなく抑止力を高めて戦争を回避するためのリアリティーを追求した政治的な議論が必要だということだ
そのうえで、次のように発言しました。
国際状況が変わりアメリカを傘にすれば大丈夫だという状況ではなくなってきたので、日本も主体的に国防の議論をしていかなければならない。その時にはいろいろなものをタブー視せずに議論にあげていくことが大事だ
ここで神谷氏は、「タブー視せずに」議論する対象として、日本の核武装を明確に挙げています。
ただし、神谷氏は「核を持てばいい」と直ちに結論づけているわけではありません。核武装の議論を、抑止力を高め、戦争を回避するための現実的な安全保障論として議題に載せるべきだと主張しています。
したがって、神谷氏のいう「タブー視せずに議論する」とは、核兵器について一般的に話し合うことではありません。日本の核武装を、抑止力のために検討し得る政策上の選択肢として扱うことを含んでいます。
小泉氏と神谷氏の違いと共通点
二人の違い
小泉氏と神谷氏は、同じ政策を主張しているわけではありません。
小泉氏は、政府として非核三原則を堅持すると述べています。また、記者から非核三原則の見直し、核共有、日本独自の核保有などについて具体的に問われても、それらを自らの政策として明言しませんでした。
一方で、それらを「あらゆる選択肢」から除外するとも述べていません。
これに対して神谷氏は、「核武装の議論もしていくべきだ」と明言しています。その目的についても、抑止力を高め、戦争を回避するために、現実性を追求する政治的な議論が必要だと説明しています。
小泉氏が、具体的な政策への賛否を示さないまま議論の範囲を広く保っているのに対し、神谷氏は、その議論の対象に日本の核武装が含まれることを明確に示しています。
二人の共通点
しかし、二人の発言には共通する問題設定があります。
共通しているのは、核政策の是非を論じる前に、必要な議論が「タブー」によって妨げられているという構図を置いていることです。
ここまで確認した発言のなかで、小泉氏は安全保障環境への強い危機感を示し、神谷氏は抑止力の強化と戦争の回避を理由として挙げています。
一方で、非核三原則の見直し、核共有、日本独自の核保有といった個別の政策について、その実現可能性や費用、外交上の影響、軍拡や誤算によって生じる危険まで具体的に示しているわけではありません。
その前段で、「タブーなく議論すること」の必要性が提示されています。
小泉氏の発言では、「タブーなく議論する」という言葉によって、政策の中身を確定させないまま、検討可能な範囲が広げられます。
神谷氏の発言では、日本の核武装を含む主張が、これまで避けられてきた議論として提示されます。
「タブー」という言葉は、非核三原則を堅持すると説明する現職防衛相にも、日本の核武装を議論すべきだと明確に主張する政治家にも使えます。
この言葉は、二人の政策的な違いをまたいで使用できます。そして、いずれの場合にも、非核三原則の見直しや日本の核武装に慎重な立場を、政策上の理由から反対する側ではなく、「議論そのものを避ける側」として位置づけることを可能にします。
つまり、「タブー」という言葉は、政策の内容より先に、誰が議論を妨げているのかという構図を作ります。
この幅広さこそが、「タブー」という言葉の政治的な働きです。
「タブー視せずに」は、結論を直接変える言葉ではありません。結論に至る前の、選択肢の並び方を変える言葉です。
日本の核保有や核共有を、戦後の原則を覆す重大な転換ではなく、変化した安全保障環境のなかで検討される、ほかの政策と並ぶ選択肢へ移していく。
その結果、核保有の必要性や危険を説明する側よりも、反対する側が「なぜ議論を認めないのか」と幾度も幾度も説明を求められることになります。
広島で「タブー」と言うこと
神谷氏が「タブー視せずに」と発言したのは、原爆の日を翌日に控えた広島市でした。
もちろん、場所だけを理由に、ある発言を禁じるべきだとは思いません。広島や長崎でこそ、核抑止や日本の安全保障を含め、核兵器について深く議論する必要があります。
しかし、広島で積み重ねられてきたものを、自由な議論を妨げる「タブー」として扱うなら、話は別です。広島の人々は、核兵器について語ることを拒んできたわけではないからです。
①原水爆禁止2026年世界大会・広島開会総会の特別企画「市民と議員の対話」
2026年8月4日に広島市で開かれた原水爆禁止世界大会の企画では、日本被団協事務局次長の金本弘さんが、日本政府に核兵器禁止条約へ参加するよう強く求めました。
同じ場で、広島市の「ハチドリ舎」を運営する安彦恵里香さんは、与党議員が核抑止を前提として議論していることに対し、次のように訴えました。
核兵器に依存しない安全保障をどう実現させるかを国会で議論してほしい
この言葉は、核兵器についての議論を拒むものではありません。
むしろ、核保有や核抑止の強化だけを「現実的な選択肢」として扱うのではなく、核兵器に依存せずに安全をつくる方法も、同じように国会で議論するよう求めています。
ここでも問われているのは、議論するか、しないかではありません。
何を議論の対象として並べ、どの選択肢を初めから「現実的ではないもの」として外しているのか、ということです。
② 2026年8月5日―朝鮮半島出身の原爆犠牲者を追悼する集い
広島で記憶され、語られてきた被爆の経験は、日本人のものだけではありません。
2026年8月5日、広島市内では、朝鮮半島出身の原爆犠牲者を追悼する二つの集いが開かれました。
平和記念公園の韓国人原爆犠牲者慰霊碑前で行われた慰霊祭には、在日コリアンや被爆者ら約280人が参列しました。この1年間に新たに亡くなった2人を加え、計2826人の死没者名簿が奉納されました。
韓国から参加した胎内被爆者の鄭炳出さんは、次のように語っています。
両親や親戚が被爆し、言葉では表せないほどの惨劇だったのではないかと思いをはせながら世界平和を祈った
また、広島流川教会で行われた「朝鮮人原爆犠牲者追悼式」では、ソウルから参加した曹源虎さんが、次のように述べました。
朝鮮人は自らの意思に反して日本で暮らし、原爆の被害に遭った。米国と日本政府は責任を認め、謝罪と補償をしてほしい
核兵器が奪ったものを考えるとき、被害を「広島」や「日本」という一つの枠だけに閉じ込めることはできません。
朝鮮半島出身の被爆者が受けた被害には、原爆そのものだけでなく、なぜ日本にいたのか、被爆後にどのように扱われたのかという植民地支配の歴史も重なっています。
核兵器をめぐる議論で人間の身体と経験を消さないということは、これらの声もまた、被爆の歴史から取りこぼさないということです。
③ 2026年8月6日―広島市の平和宣言
2026年8月6日、広島市の平和記念式典で松井一實市長が読み上げた平和宣言も、核兵器をめぐる議論の中心に、被爆者の身体と経験を置いています。
宣言は、惨禍を生き抜いた被爆者の体験を、次のように紹介しています。
当時16歳だった女性は優しかった姉のことを振り返ります。まるで骸骨のように皮膚が崩れてなくなり、唇のない口から歯がむき出しになっていた姉の顔は、悪夢のようで信じられなかった。
また、3歳で被爆した後に病気を重ね、55歳で白血病を発症し、原爆症と診断された女性についても触れています。
いつも次にどんな病気がくるのかという恐怖と隣り合わせの日々だった
これらは、核兵器についての議論を妨げるために紹介されているのではありません。
「核抑止」や「安全保障」という言葉のもとで扱われる兵器が、実際には人間の身体と、その後の人生に何をもたらすのかを示す被爆体験の言葉です。
また、平和宣言は、市民社会が被爆者の声を伝え、核兵器廃絶を求める行動を広げてきた一方で、政治の側では核抑止への依存が続いていると指摘しています。
しかし、多くの為政者は現実的な対応として核抑止力に依存し続け、暴力を肯定する国際社会が出現し、核兵器のない世界は遠のくばかりです。
ここでは、核抑止への依存が「現実的な対応」として扱われていること自体が問い直されています。
さらに平和宣言は、日本政府に対して、厳しい安全保障環境にあるからこそ、国民に犠牲を強いることのない外交に徹するよう求めています。
とりわけ、各国との分断や対立が生じかねない厳しい安全保障環境にあるからこそ、国民に犠牲を強いることのないよう、したたかで粘り強い外交に徹する中で、国際社会の平和と安定に向けて貢献し続けることを表明し、実行していただきたい。
この平和宣言は、核兵器をめぐる議論を拒んでいるのではありません。
何を「現実」として議論の中心に置くのかを問い直しています。
核兵器の数や運搬手段だけではなく、爆風、熱線、放射線が人間の身体と生活に何をするのか。抑止が失敗したとき、都市と市民に何が起きるのか。核兵器に依存せず、国民に犠牲を強いない安全保障をどのようにつくるのか。
それらを議論から取り除かないよう求めているのです。
長崎からの抗議
小泉氏の「タブーなく議論する」という発言に対しては、長崎の被爆者らが直接抗議しています。
2026年8月4日、長崎県内の32団体が共同で記者会見を開き、小泉氏の発言について、次のように批判しました。
「自分たちと同じ苦しみを地球上の誰にも味わわせてはならない」と人生を懸けて核廃絶を訴えてきた被爆者の思いを無視した発言だ
抗議文は、小泉氏、高市首相、各政党の代表者へ送られました。
記者会見では、「核を議論してはならない」という主張ではなく、核兵器を安全保障の手段として扱うことへの具体的な反論が示されています。
被爆者の山川剛さんは、核兵器を大量に保有する米国でも同時多発テロを防げなかったことを挙げ、次のように述べました。
いくら核で武装しても何の役にも立たないことが証明されている。核戦争に勝者はない
県被爆者手帳友の会の朝長万左男会長は、核兵器を持つことが安全につながるという考えそのものに疑問を示しています。
政治家は核を持つことで日本が安全になると信じているのだろうが、専門家に言わせれば危険な道を切り開くことにつながる。今の政権は戦争準備に入っている
また、「長崎被災協・被爆二世の会・長崎」の大越富子会長は、核兵器が残す被害を、将来世代との関係から問いかけました。
小泉氏は負の遺産である核兵器を残すことに、親として何も考えていないのか。原爆投下後の惨状を見て何も感じないのか。助かっても後遺症で苦しむ。広島、長崎に来てもっと被爆の実相を学んでほしい
ここで語られているのも、核兵器について考えることへの拒否ではありません。
核兵器を保有することで、本当に安全になるのか。核抑止は、テロや戦争を防ぐ手段として本当に有効なのか。核兵器を残すことで、将来の世代にどのような危険と被害を引き渡すことになるのか。
被爆者たちは、そのような問いを投げかけています。
ずっとです。幾度もです。
それは、「タブー」によって議論を止めようとする態度ではありません。
小泉氏が「タブーなく議論する」と述べたのに対し、長崎の被爆者たちは、すでに核兵器の有効性、危険性、使用された後に残る被害について、具体的に議論しています。
おわりに―「タブー」ではなく、積み重ねられてきた議論として
ここまで確認してきたことを、簡単に振り返ります。
日本では、核兵器について長年にわたって議論が重ねられてきました。
小泉氏は、非核三原則を堅持するとしながら、「あらゆる選択肢」を排除せずに議論すると述べました。
神谷氏は、日本の核武装を抑止力のために議論すべき選択肢として明確に挙げました。
二人の立場には違いがありますが、いずれも、核政策をめぐる議論が「タブー」によって妨げられているという構図を置いています。
しかし、広島や長崎の人々は、核兵器について語ることを拒んできたのではありません。核兵器の被害、有効性、危険性、抑止への依存、核兵器に頼らない安全保障について、繰り返し問いを投げかけてきました。
核兵器を通常の政策手段として扱わないという判断は、何も考えなかった結果ではありません。
広島と長崎の被害、被爆者の証言、国会での議論、国際条約、核使用や軍拡の危険を踏まえて形成されてきたものです。
それを「タブー」と呼ぶことは、理由のある拒否を、理由のない禁忌へと置き換えることです。
核保有や核共有を提案する側が負うべき説明責任を後ろへ退け、反対する側を「議論を避ける人々」として描くことです。
そして、日本の核保有を、戦後の原則を覆す重大な転換ではなく、ほかの政策と並ぶ普通の選択肢へ移していくことです。
だから、核兵器をめぐって「タブー」という言葉を使う前に、まず、すでに語られてきた言葉を聞いてほしいと思います。
議論は、ずっと行われてきました。
広島でも、長崎でも、被爆者は何度も語ってきました。
核兵器が何をしたのか。
核兵器を持つことで、本当に安全になるのか。
抑止が失敗したとき、誰が犠牲になるのか。
核兵器に依存しない安全保障を、どうつくるのか。
それらの問いを、「過去に縛られた感情」や「議論を妨げるタブー」として片づけないでください。
「タブーを破る」と名乗る前に、積み重ねられてきた議論を読んでください。
被爆者の声を聞いてください。
議論がなかったことにしないでください。
最後に、安保三文書の改定を前に、非核三原則を堅持するのかを田村智子議員が高市早苗首相にただした、2026年7月27日の衆議院予算委員会質疑のショート動画を貼って終わります。
https://www.youtube.com/shorts/nnkHWPGseu4