
永住をめぐる2つのパブコメ
いま、「永住」をめぐって二つのパブリックコメントが同時に行われています。
一つは「入口」、これから永住許可を受けようとする人について、どのような基準で永住許可を審査するのかを示す「永住許可に関するガイドライン改定案」。
もう一つは「出口」、すでに永住者である人について、どのような場合にその在留資格を取り消すのかを示す「永住者の在留資格の取消しに関するガイドライン案」です。
出入国在留管理庁は、この二つをまとめて「『永住者』の適正化に係るパブリック・コメント」として公表しています。
今回の記事では、このうち「入口」、つまりこれから永住許可を受けようとする人に関わる、案件番号315000140「永住許可に関するガイドライン改定案」を扱います。
すでに永住者である人の資格取消しについては、次の記事で扱います。
意見を提出する場合も、それぞれ別の案件として送る必要があります。
意見募集の締切は、2026年9月4日0時です。実際に提出するのであれば、9月3日中と考えておくのが安全です。
そもそも「永住者」とは?
「永住」という言葉から、日本国籍を取得することを想像する人もいるかもしれません。しかし、永住許可と帰化は別の制度です。
「永住者」は、入管法上の在留資格の一つです。永住者は外国籍のまま、日本での在留期間に制限なく暮らすことができ、在留資格による活動の制限もありません。
今回の改定案でも、出入国在留管理庁は「永住者」を「在留活動及び在留期間の制限のない最も安定した法的地位」と位置付けています。
現在のガイドラインでは、永住許可を受けるための法律上の要件として、大きく次の3つが示されています。
「素行が善良であること」
「独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること」
「その者の永住が日本国の利益に合すると認められること」
今回の改定案でもこの3つの枠組みは維持されていますが、とくに2の「独立の生計」と3の「日本国の利益」について、収入、年金、日本語能力、制度・ルールの理解、子どもの就学など、具体的な判断要素が大幅に追加・明文化されています。
何が変わろうとしているのか
細かな変更は多岐にわたりますが、出入国在留管理庁が公表している概要と改定案本文をもとに、大きく四つに分けて見ていきます。
一つ目は、「独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること」という独立生計要件について、経済的な判断基準を具体化・引き上げることです。
改定案では、「日本人と同等水準以上の経済条件」が求められることを明記し、収入については「世帯人数に応じた日本人世帯の平均収入を上回る水準」に継続して達しているかを見るとしています。
将来の年金についても、新たな考慮要素が加えられます。
二つ目は、「その者の永住が日本国の利益に合すると認められること」という国益要件についてです。
日本語能力、我が国の制度・ルール等への理解、学齢期の子の就学などを、具体的な考慮要素として加えることです。
三つ目は、「原則10年在留に関する特例」についてです。
日本人、永住者及び特別永住者の配偶者や実子等について、必要な婚姻期間や日本での在留期間を延長することです。
四つ目は、国益要件そのものの考え方についてです。
「単に国益に反しないという消極的なものにとどまらず、積極的かつ具体的に当該外国人の永住が日本国に利益をもたらす必要があります」と明記することです。
以下、一つずつ見ていきます。
一つ目 独立生計要件―経済的な判断基準を具体化・引き上げる
現在のガイドラインでは、「独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること」について、下記のように記されています。
日常生活において公共の負担にならず、その有する資産又は技能等から見て将来において安定した生活が見込まれること。
今回の改定案では、この独立生計要件について、下記のように記されています。
申請者のこれまでの在留状況、申請時点での収入、将来において見込まれる収入、申請者の有する資産及び技能等に照らし、本邦において、公共の負担となるおそれがなく、かつ、将来においても生計を維持して安定した生活を営むことができると見込まれることをいいます。
具体的には、現在及び将来において自活可能と認められる必要があり、日本人と同等水準以上の経済条件が求められます。
「現在及び将来において自活可能」であることに加え、「日本人と同等水準以上の経済条件」が求められることが、より具体的に示されています。
さらに、収入については判断基準が引き上げられ、将来の年金については新たな考慮要素が加えられます。
「日本人世帯の平均収入を上回る水準」
収入について改定案は、「世帯人数に応じた日本人世帯の平均収入を上回る水準」に、申請者の属する世帯の年収が「継続して達しているか」を考慮要素にするとしています。
出入国在留管理庁自身も、改定案の概要資料で、この変更を「基準の引き上げ」と整理しています。
ただし、改定案には具体的な基準額は書かれていません。
共同通信によれば、出入国在留管理庁は、総務省の「家計調査」、厚生労働省の「国民生活基礎調査」、国税庁の「民間給与実態統計調査」を参考にすると説明しています。
一方、これらの統計をどのように用いて世帯人数ごとの具体的な基準額を算出するのか。「継続して」とは何年間を意味するのか。毎年基準を上回る必要があるのか、それとも一定期間を通して判断するのか。
こうした具体的な算定方法は、少なくとも今回公表された改定案からは分かりません。
平口法務大臣は、2026年8月4日の記者会見で、今回の見直しについて、永住者が「最も安定した在留資格」であることを考慮し、「公共の負担とならないことをより確実に担保する」との観点から必要な見直しを行ったと説明しています。
しかし、「自活可能」であることと、「世帯人数に応じた日本人世帯の平均収入を上回る水準」に達していることは、同じではありません。
平均値という指標の性質を見る参考として、厚生労働省の「2025(令和7)年 国民生活基礎調査」を見ると、全世帯の平均所得金額以下の世帯が61.5%を占め、中央値も平均値を下回っています。
平均値は、必ずしも典型的な世帯の水準を表すものではありません。
※ここで示した「所得」と、改定案がいう「収入」は同じ概念ではなく、この数値がそのまま新たな基準額になるわけではありません。
また、弁護士JPニュースによれば、「入管を変える弁護士ネットワーク」共同代表の指宿昭一弁護士は、平均以下の収入でも独立して生計を営む日本人は多いとした上で、次のように批判しています。
平均以下で懸命に働く人に、生計を営めていないと言うに等しい
改定案は「自活可能」であることを求めながら、その具体的な収入の考慮要素として「日本人世帯の平均収入を上回る水準」を置いています。
平均以下でも自立して生活している世帯が現実に多数ある以上、この二つをどのような根拠で結び付けるのかは、説明が必要でしょう。
移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)は、製造業、建設、農林水産業、介護等の人手不足分野で働く外国籍者について、次のように指摘しています。
こうした人が働く業界の賃金水準では「平均収入」には届かず、永住資格の取得は極めて困難になります。
政府が「公共の負担とならないこと」をより確実に担保したいという政策目的と、具体的にどこへ線を引くかは、別の問題です。
なぜ「平均を上回ること」が必要なのか。どの統計を使い、どのように基準額を計算するのか。
永住を目指す人が自分の将来を見通すためにも、説明される必要があるのではないでしょうか。
将来の年金受給見込額も新たな考慮要素に
もう一つ、独立生計要件に新しく加わるのが、将来の年金受給見込額です。
改定案では、年金について次のように定めています。
申請時点の年齢、申請時点までを含む加入対象期間全ての年金の加入状況(従前の働き方(自営業、会社員等)、年金加入期間、その期間の平均年収等)及び申請時点の年収から推計される将来において受給可能な年金の見込額(以下「受給見込額」といいます。)が、上記第2の4(2)の日本人世帯の平均収入を上回る年収水準で30年間働き、その期間、厚生年金に加入していた場合において将来受給可能な年金の見込額(以下「受給年金水準」といいます。)に達しているかを考慮要素とします。
これは、申請者本人に「厚生年金へ30年間加入した実績」を求めるものではなく、年齢やこれまでの働き方、年金加入期間、その期間の平均年収、現在の年収などから将来の年金受給見込額を推計し、「日本人世帯の平均収入を上回る年収水準で30年間働き、その期間、厚生年金に加入していた場合」の年金受給見込額と比較する仕組みです。
受給見込額がこの水準に達しない場合でも、改定案では、不足する生活資金を補うことのできる金融資産を持っていると認められれば、それを考慮するとしています。
ただし、なぜ比較対象として「30年間」を採用したのかについて、少なくとも今回公表されたガイドライン改定案と概要資料には、具体的な説明がありません。
なお、日本の公的年金制度では、老齢基礎年金は20歳から60歳までの40年間すべて保険料を納めると満額になります。
一方、老齢厚生年金は、加入していた期間やその間の報酬額などに応じて年金額が計算されます。
したがって、厚生年金制度そのものに「30年間加入すれば満額」といった一律の基準があるわけではありません。
移住連は、この年金基準について、次のように指摘しています。
これでは、収入が低い時期があった人、国民年金の期間があった人、来日の時期が遅い人等は永住許可を得ることが基本的に不可能となります。
さらに、収入と年金を含む独立生計要件全体についても、「現在及び将来において自活可能」であることに対して「これほど厳しい要件を課すことは不要かつ明らかに行き過ぎ」だと批判しています。
今回の永住審査で、なぜ「30年間」を比較の物差しとして採用するのかは、別途説明を求めることのできる論点です。
二つ目 国益要件に、日本語・制度理解・子どもの就学を加える
今回の改定案では、「その者の永住が日本国の利益に合すると認められること」という国益要件について、新たに「日本語能力」「我が国の制度・ルール等への理解」「学齢期の子の就学」などが考慮要素として示されています。
改定案は、日本語能力について「地域社会に円滑に適応し、社会生活を支障なく過ごすため」、子どもの就学についても「我が国の地域社会に円滑に適応し、社会生活を支障なく過ごすため」という考え方を示しています。
一方、「我が国の制度・ルール等への理解」については、理解が乏しい場合や、理解する意欲に欠ける場合を消極的に評価するとしています。
日本語能力―B1相当以上を考慮
改定案には、次のように記されています。
「日本語教育の参照枠」(令和3年10月12日文化審議会国語分科会報告)における日本語能力の熟達度のうち、B1相当レベル以上の日本語能力を有しているかを考慮要素とします。
ただし、申請者が下記第3の6から8における高度人材外国人である場合や当該高度人材外国人の家族、学校教育法が規定する初等教育又は中等教育を累計6年以上受けた場合、永住者の子(その子を養育する親がB1相当レベル以上の日本語能力を有しており、かつ、子が本邦で出生した場合に限ります。)など、その者の永住許可申請においては、必ずしも申請者本人にB1相当レベル以上の日本語能力を求める必要性・相当性があるとはいえない場合には、これを考慮要素としません。
B1は、文化庁の「日本語教育の参照枠」で示されている日本語能力の熟達度の一つです。
これは、「B1相当以上の日本語能力がなければ必ず永住を許可しない」という独立した第四の法律上の要件が新設されるという意味ではありません。あくまで、国益要件を判断する際の「考慮要素」です。
一方、また移住連の同じ声明ですが、この件を下記のように批判しています。
B1相当レベルは、日本語能力試験(JLPT)ではN2~N3程度とされますが、長年にわたって日本語の習得に対する公的な支援がない中、日本語習得の機会を逃した外国籍者は、永住者となる機会が閉ざされることとなります。
どの試験の何級・何点をもってB1相当とするのかなど、永住審査での具体的な確認方法は、今回の改定案には示されていません。
「日本語教育の参照枠」では、日本語能力を「聞くこと」「読むこと」「話すこと(やり取り・発表)」「書くこと」といった複数の言語活動に分けて示しています。
障害などによって通常の方法では能力を示しにくい人をどのように評価し、どのような合理的配慮を行うのかについても、改定案には具体的な記載がありません。
国の行政機関には、障害者差別解消法に基づき、必要かつ合理的な配慮を提供する義務があります。
永住審査に日本語能力を用いるのであれば、何をどのように測るのかとあわせて、通常の方法では能力を示しにくい人への配慮も明確にする必要があるでしょう。
「我が国の制度・ルール等への理解」
改定案には、次のように記されています。
地域社会に円滑に適応せず、問題を引き起こすおそれがある外国人に対して永住許可をすることは相当ではないため、申請者が、我が国の制度・ルール等についての理解が乏しい者や、これらを理解する意欲に欠ける者である場合には、消極評価をします。
具体的には、出入国在留管理庁長官が指定する方法により、「生活・就労ガイドブック」に記載されている事項を中心に、我が国の制度・ルール等を理解しているかの確認を行い、その理解が一定水準以上に達しているかを考慮要素とします。
何を理解すれば「一定水準以上」なのか。「理解する意欲に欠ける」とは何をもって判断するのか。どのような方法で確認するのか。
こうした具体的な評価方法は、今回の改定案には示されていません。
これと並行して、政府は、日本語や日本の制度・ルール等を学ぶ「日本語・生活学習プログラム(仮称)」の創設も検討しています。
2026年1月の「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」では、受講・理解を在留審査の考慮要素とすることを「永住者の審査を含む」として検討しており、8月18日にはワーキンググループの初会合が開かれました。
ただし、今回のガイドライン改定案そのものが、このプログラムの受講を永住許可の条件としているわけではありません。
現在示されているのは、「出入国在留管理庁長官が指定する方法」で制度・ルール等への理解を確認し、それが一定水準以上に達しているかを考慮する、というところまでです。
何を学び、どう測り、その結果を永住審査にどう結び付けるのか。ここには、なお説明が必要です。
学齢期の子が「小学校又は中学校に通学していること」
もう一つ、新たに明記されたのが、学齢期の子どもの就学です。
改定案には、次のように記されています。
外国人の子供が、我が国の地域社会に円滑に適応し、社会生活を支障なく過ごすためには、その子に対して我が国の教育を受けさせることが必要であると考えられることから、申請者が学齢期(義務教育の期間をいいます。)にある子を養育する親である場合には、子が小学校又は中学校に通学していること、申請者が学齢期にある者である場合には、申請者が小学校又は中学校に通学していることが求められ、これらを満たすかを考慮要素とします。
日本国籍の子どもの保護者には学校教育法上の就学義務がありますが、外国籍の子どもの保護者には同じ就学義務は課されていません。
文部科学省は、外国籍の子どもについて、公立の義務教育諸学校への就学を希望すれば日本人の児童生徒と同様に無償で受け入れるとする一方、日本の学校だけでなく、民族学校やいわゆるインターナショナルスクールに就学させることも可能だと説明しています。
子どもの通学状況を、在留上の評価に結び付ける発想は今回が初めてではありません。
2012年、法務省入国管理局が在留期間「5年」を決定する際の基準として、学齢期の子どもが「小学校又は中学校に通学していること」を盛り込もうとした際、東京弁護士会はこれに問題を指摘しています。
同会は、外国人の子どもの不就学には、日本語を母語としない子どもの受入れ体制など、本人や親だけに帰することのできない要因があるとした上で、下記のように批判しました。
子どもの不就学の事実をもって親や子の在留資格の決定に不利益を課すことは相当でない
その後、ヒューライツ大阪は、入管局が「小学校又は中学校」について、学校教育法上の第1条校に限らずインターナショナルスクール等も含め、一時的に通学していない場合には事情を考慮すると説明したと報じています。
一方、今回の永住許可ガイドライン改定案には、こうした扱いは明記されていません。
外国人学校やインターナショナルスクールへの就学は含まれるのか。
不登校、病気、障害などによって通常の通学が難しい場合はどう扱うのか。
子どもの教育状況を親や本人の永住許可に関する国益要件の判断材料にするのであれば、何を「就学」とし、どのような個別事情を考慮するのかは、明確にする必要があるでしょう。
また、国際子ども権利センター(C-Rights)は、移住連の声明に賛同し、今回の改定案について、親や家族の在留資格が不安定になることで、子どもたちが「住み慣れた地域で暮らし続けられるのか、学校に通い続けられるのか」といった不安を抱えることになると懸念を表明しています。
同団体は、子どもの権利条約が、国籍やルーツなどによる差別なく権利を保障することと、子どもに関わるあらゆる決定で「子どもの最善の利益」を第一に考慮することを求めている点も挙げています。
子ども自身には、親の在留資格も永住審査の基準も選べません。
その教育状況を永住許可の判断材料にするのであれば、教育を保障する制度と在留審査との関係は、慎重に整理する必要があります。
三つ目 「原則10年在留に関する特例」の期間要件を厳しくする
現在のガイドラインでは、永住許可の国益要件として、原則として引き続き10年以上日本に在留し、そのうち就労資格または居住資格をもって引き続き5年以上在留していることが求められています。
ただし、「原則10年在留に関する特例」が設けられており、日本人、永住者及び特別永住者の配偶者や実子等については、より短い在留期間でもこの要件を満たし得ます。
今回の改定案では、このうち配偶者と実子等について、特例の適用に必要な婚姻期間や日本での在留期間を延長します。
つまり、特例の適用を受けるための期間要件が、これまでより厳しくなります。
配偶者は「婚姻3年・国内1年」から「婚姻5年・国内3年」へ
現在のガイドラインでは、日本人、永住者または特別永住者の配偶者について、
実体を伴った婚姻生活が3年以上継続し、かつ、引き続き1年以上本邦に在留していること
を満たす場合、「原則10年在留に関する特例」の対象となります。
今回の改定案では、下記のように変更されます。
実体を伴った婚姻生活が5年以上継続し、かつ、引き続き3年以上本邦に在留していること
婚姻生活は3年から5年、日本での継続在留は1年から3年へ延長されます。
実子等は「国内1年」から「国内3年」へ
現在のガイドラインでは、日本人、永住者または特別永住者の実子等について、
その実子等の場合は1年以上本邦に継続して在留していること
を満たす場合、「原則10年在留に関する特例」の対象となります。
今回の改定案では、下記のように変更されます。
その実子等の場合は3年以上本邦に継続して在留していること
日本での継続在留期間は、1年から3年へ延長されます。
一方、なぜ婚姻期間を5年、日本での在留期間を3年とするのかという具体的な理由は、今回公表された改定案には書かれていません。
ここでも、移住連は同じ声明の中で、この期間延長を具体的に取り上げています。
現行の「婚姻3年」と「在留1年」を、それぞれ「5年」と「3年」に延長することについて、下記のように批判しています。
国益要件の一つである居住年数に関しても、特例であった現行の「婚姻3年」(配偶者の場合のみ)と「在留1年」を、それぞれ「5年」と「3年」に延長するなど、明らかに人道的配慮の視点が後退しています。
この特例を厳しくするのであれば、なぜ現在の期間では足りず、なぜ新しい期間が必要なのか。
また、期間を延長することで家族の在留の安定にどのような影響が生じると考えているのか。ここも説明を求めることのできる論点です。
四つ目 「国益要件」そのものの考え方を明確にする
ここまで、収入、日本語、家族など個別の項目を見てきました。
しかし今回の改定案で、個別の基準とあわせて注目したいのが、「その者の永住が日本国の利益に合すると認められること」という国益要件そのものについて、これまで現行ガイドラインにはなかった基本的な考え方が明文化されることです。
「国益に反しない」だけでは足りない
改定案は、国益要件の「考え方」について、下記のように記しています。
単に国益に反しないという消極的なものにとどまらず、積極的かつ具体的に当該外国人の永住が日本国に利益をもたらす必要があります。
入管実務を扱うEY行政書士法人も、今回の改定案について「最大の変化は『国益要件』」と題して、この点を取り上げています。
ただし、「積極的かつ具体的に日本国に利益をもたらす」という考え方そのものが、今回初めて示されたわけではありません。
出入国在留管理庁の従来のQ&Aでも、国益要件については下記のように記しています。
その者に永住を許可することが、日本の社会、経済にとって有益であると認められるものでなくてはなりません。
この判断は、国土の条件、人口の動向等日本社会の外国人受入れ能力、出入国管理を取りまく内外の諸情勢その他あらゆる事情を勘案して行われるもので、永住の許可を与える否かについては、法務大臣の広範な裁量が認められることになります。
EY行政書士法人も、これまでも永住申請の実務では、日本社会への貢献などを含めて、日本に利益をもたらしていることを具体的に主張・立証してきたとして、「実務的には、まったく新しい考え方というわけではありません」と説明しています。
一方で、今回の改定案については、「日本国の利益に合する程度として明示的に高いハードルが課された」と評価しています。
現行の永住許可ガイドラインには、「積極的かつ具体的に日本国に利益をもたらす必要がある」という国益要件についての判断枠組みは明記されていません。
今回の改定案では、この考え方がガイドライン上に明文で示されるとともに、国益を判断する際に考慮し得る事情も幅広く示されています。
改定案は、永住許可の許否について、申請者の日本語能力、在日経歴、在留中の一切の行状だけでなく、
出入国在留管理を取り巻く国際環境
日本人口の動向
産業界の人材需給の状況
外国人の受け入れが日本社会に与える影響
家族単位での在留の安定
などの事情を総合的に考慮した上で、その外国人の永住が「積極的に日本国の利益になるか否か」を判断するとしています。
そして、その性質上、法務大臣の裁量権の範囲は「極めて広範」であると説明しています。
さらに国益要件の「考え方」では、経済・財政、産業、外交、地域社会、教育、医療、社会福祉、文化・芸術・スポーツなどの各分野への貢献・寄与の程度や、公衆衛生、治安、安全保障上の支障なども、国益判断の考慮要素となり得るとしています。
一方、今回の改定案は、このガイドラインによって審査で考慮すべき事項についての基本的な考え方を示すことが、「永住許可の可否の予見可能性を高める」とも説明しています。
何をもって「積極的かつ具体的に日本国に利益をもたらす」と評価するのか。
国際環境や人口動向、人材需給なども含む広い判断枠組みの中で、永住を希望する人が、自分の許可可能性をどこまで予測できるのか。
考慮要素を明文化することで予見可能性を高めようとする一方、国益判断の観点そのものは非常に幅広く示されています。
この二つがどのように両立するのかも、今回の改定案を考える上で重要な論点でしょう。
独立生計要件への適合を求められない人にも「公共の負担」を見る
国益要件の考慮要素として、もう一つ注目したいのが、新たに独立した項目として明記される「公共の負担とならないこと」です。
日本人、永住者または特別永住者の配偶者や子については、入管法上、「素行が善良であること」と「独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること」への適合が求められていません。
また、難民の認定や補完的保護対象者の認定を受けている人などについても、独立生計要件への適合が不要となる場合があります。
今回の改定案でも、この法律上の扱い自体がなくなるわけではありません。
一方で改定案は、独立生計要件への適合を求められない人についても、国益要件の「公共の負担とならないこと」という項目から経済的状況等を考慮するとしています。
具体的には、下記のように記されています。
現に公共の負担となっている場合や、そのおそれが現実的である場合にも、一律に永住許可をすることは、国益に合致するとは言い難いことから、申請者の属する世帯が、現に公共の負担となっている場合や、そのおそれが現実的である状況にあり、そのような場合・状況に至ったことに特段の事情が認められない場合には、消極評価をすることがあります。
ただし、その直後には、このようにも記されています。
家族単位での在留の安定や、人道的な配慮の観点を重視して総合的に判断
つまり、独立生計要件への適合を求められない人であっても、その人が属する世帯の経済的状況等が、国益要件の判断材料になり得ることが、ガイドライン上明確に示されます。
移住連も、この点を批判しています。
加えて、入管法の条文上、日本人などの配偶者や子ども、難民や補完的保護対象者に対しては、独立生計要件が免除されているにもかかわらず、新ガイドライン案では「公共の負担」を消極評価する可能性があることが示されています。
ここには法解釈を伴うため、私は、この改定案が法律に反するのかどうかを断定しません。
ただし、少なくとも日本人、永住者または特別永住者の配偶者や子について、出入国在留管理庁自身は、素行善良要件と独立生計要件への適合を求めない理由を、本人が「本邦に生活基盤を有することが明らか」であり、「家族単位での在留の安定化を図ることが相当」であるためと説明しています。
その法律上の扱いを維持しながら、一方では「公共の負担とならないこと」を国益要件の考慮要素として経済的状況等を評価する。
この二つが審査上どのように区別され、調整されるのかは、分かりにくいところがあります。さらに改定案自身も、「家族単位での在留の安定」や「人道的な配慮」を重視するとしています。
これらを実際の審査でどのように両立させるのか。政府に、より具体的な説明を求めることのできる論点だと思います。
この改定は、いつから適用されるのか
ここまで、今回のガイドライン改定案について、主に次のような変更と論点を見てきました。
独立生計要件について、「日本人と同等水準以上の経済条件」を求め、「世帯人数に応じた日本人世帯の平均収入を上回る水準」を収入の考慮要素とすること
将来の年金受給見込額について、「日本人世帯の平均収入を上回る年収水準で30年間働き、その期間、厚生年金に加入していた場合」の見込額と比較すること
国益要件に、B1相当以上の日本語能力、我が国の制度・ルール等への理解、学齢期の子どもの就学などを新たな考慮要素として示すこと
日本人、永住者または特別永住者の配偶者や実子等について、「原則10年在留に関する特例」の期間要件を延長すること
国益要件について、「単に国益に反しない」だけではなく、「積極的かつ具体的に」日本国に利益をもたらす必要があるという考え方をガイドライン上で明文化すること
独立生計要件への適合を求められない人についても、「公共の負担とならないこと」を国益要件の考慮要素として経済的状況等を見ること
では、これらの改定は、いつから適用されるのでしょうか。
改定案によれば、新しいガイドラインは原則として2027年4月1日以降の永住許可申請から適用されます。
ただし、一部には例外があります。
改定案は、
「収入」に関する第2の4(2)
「公共の負担とならないこと」に関する第2の5(7)
については、ガイドライン改定日の6か月前の日以降の申請で、かつ、改定日において申請中である案件にも適用するとしています。
平口法務大臣は、ガイドラインの改定日を2026年10月1日と説明しています。
したがって、この経過措置の対象となるのは、2026年4月1日以降に申請され、10月1日時点で審査中の案件です。
つまり、すべての変更がすでに審査中の申請へ適用されるわけではありませんが、この二つの項目については、ガイドラインの改定前に申請した人にも新しい考慮要素が適用される場合があります。
平口法務大臣は、少なくとも「収入」について、永住許可申請の標準処理期間が4か月から6か月であることなどを踏まえて、この取扱いを設けたと説明しています。
その上で、
審査中の申請者に、新しい判断基準をどのように周知するのか
申請時点ではガイドラインに明記されていなかった考慮要素を、審査中の案件にも適用することについて、この説明で十分なのか
「公共の負担とならないこと」についても、審査中の案件に適用する理由をどのように考えるのか
といった点について、意見を送ることができます。
この制度の向こうには、生活している人がいる
ここまで、制度の文言を中心に見てきました。
しかし、永住許可は紙の上だけにある制度ではありません。日本で働き、家族と暮らし、子どもを育て、ここでの将来を計画している人たちの生活に直接関わります。
東京新聞は、今回の改定案を受け、永住を目指してきた外国籍の人たちを取材しています。
神奈川県内に暮らす30代の中国出身女性は、2008年に来日し、中国出身の夫と5人の子どもと暮らしています。夫は永住許可を目標に働いてきたといいます。
今回の改定案について、女性は、「ハァー、とてもきびしい」と大きなため息をついたと報じられています。
日本で暮らし続けるのか。どこで働き、家族とどう生活し、将来をどう組み立てるのか。永住許可の基準は、そうした選択にも関わります。
制度を考えるときには、「どの基準なら何人が許可されるか」だけでなく、その基準によって、誰が自分の将来を組み立てにくくなるのかも見ておきたいと思います。
全部について書かなくていい
ここまで見てきたように、今回の改定案には多くの論点があります。
なぜ「日本人世帯の平均収入」を基準にするのか。なぜ年金は「30年間」なのか。
日本語能力や制度・ルールへの理解をどう測るのか。
外国人学校や障害のある人をどう扱うのか。
すでに申請している人に新しい基準を適用することをどう考えるのか。
全部について意見を書く必要はありません。
「平均収入の算定方法を明らかにしてほしい」 「外国人学校に通う子どもの扱いを明記してほしい」 「障害のある人への合理的配慮を具体的に示してほしい」 「申請時点で示されていなかった基準を、審査中の案件に適用しないでほしい」
一点でも構いません。もちろん、改定案そのものへの賛成・反対を送ることもできますし、自分なりの論点をあげることもできます。
案件番号は315000140、「永住許可に関するガイドライン改定案」です。
締切は2026年9月4日0時です。実際に提出するのであれば、9月3日中と考えておくのが安全です。
永住の入口を、どこに置くのか
政府は、永住者を「生涯を本邦に生活の本拠を置いて過ごすことが想定される最も安定した法的地位」と位置付けています。
その安定した地位への入口に、どのような条件を置くのか。
その条件にはどのような根拠があり、永住を目指す人が事前に理解できる形で示されるのか。
今回のパブリックコメントでは、その線をどこに引くべきかについて、私たちも意見を送ることができます。
次の記事では、もう一つ同時に行われている、すでに永住者である人について、その在留資格をどのような場合に取り消すのかという「出口」のパブリックコメントを見ていきます。