こんにちは、さやかです。
これまで、
【Vol.1】「会食恐怖症を知る前」
【Vol.2】「会食恐怖症を知ったとき」
というおはなしをさせていただきました。
今回は、「嘔吐恐怖症」という言葉との出会いをお話ししたいと思います。
これまでは、
「わたし、会食恐怖症の中でも、残すのが怖いタイプと、吐くことが怖いタイプなんだ」という認識でした。
もちろん、会食恐怖症という言葉に出会えたから今のわたしがあります。
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それに加えて、すごく腑に落ちた「嘔吐恐怖症」という言葉に出会ったときのおはなしです。
1.小学生のころから、吐かないか不安だった
給食が苦手だった
思い返せば小学生のときから、日常生活の中で「吐かないか」という不安がありました。
例えば、
嫌いなメニューのときは前日から吐き気がして学校に行きたくなかったり、
給食のにおいで気持ち悪くなり、準備中に吐かないかなとトイレにこもったり、
居残り給食では吐き気と闘いながら、泣きながら食べていました。
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他にも、給食後のお昼休みに走り回って吐かないかなと不安だったり。
給食の後の授業で吐かないか不安だったり、
給食に関する吐き気で悩んでいたことを、会食恐怖症になってから思い出しました。
(この時はまだ、嘔吐恐怖症という言葉を知りません)
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しかし、そこまで生活に支障が出ることはなく過ごしていました。
【Vol.1】では、外食時の吐き気についておはなししましたが、
実は、外食以外にも吐くことが怖くてできなくなったことがあります。
それは、イベントMCのお仕事と、LIVE活動です。
2.吐くことが怖くてできなくなったこと
20代のころ、イベントのお仕事をしていました。
マイクを持って、たくさんのお客さんの前でイベントMCをしたり、
プライベートでは、ギターを弾いて歌ってというLIVE活動をしていました。
それが、2015年頃から、
「お客さんの前で吐いたらどうしよう」という不安がよぎるようになり、
ステージで血の気が引くことが増えました。
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大好きな歌やギターが恐怖に変わり、ついにステージを降りることを決断。
本当に悲しかったです。
外食も、旅行も、音楽も。
大好きなことが全て奪われ、楽しみがなくなり、孤独にもなり、(離婚もしたり)
2015~2017年は、最悪な人生になりました。
3.わたし、嘔吐恐怖症なんだ
わたし、嘔吐恐怖症なのかも!?と気づいたのは、
会食恐怖症という言葉を知って、しばらくしてからのことでした。
「吐き気で食べられなかったらどうしよう」という会食恐怖症の不安と向き合っていくうちに、
「外食以外にも吐くことが怖くてできないことがある」と気づきました。
例えば、
・車に乗る
・LIVE活動
・仕事など
そのときに、初めて「嘔吐恐怖症」という言葉を初めて知りました。
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これまでは、「会食恐怖症の中でも、吐くことが怖いタイプなんだ」と思っていましたが、
わたしは、「吐くことが怖くて、外出も会食も苦手なんだ」という状況に初めて気づきました。
4.仕事が解雇になったおはなし
吐くことが怖くて家から出られない
そこから、特にトイレがない場所が苦手になりました。
バスに乗れなかったり外食を避けることはもちろん、特に不安がない場面でも急にパニック発作が出るようになりました。
家から一歩外に出るだけで「気持ち悪くなったらどうしよう」という不安が強くあり、道を歩くことすら怖い、外出もできない、ひきこもり状態のときもありました。
ついに仕事にも支障が
通勤の電車に乗れない・仕事の業務で車に乗れなかったことが大変でした。
電車や車の中でパニック発作が起こったり吐いたらどうしようという不安が強く、仕事に支障をきたしていました。
何度も電車を乗り降りして通勤したり、歩いて通勤していた時期もありました。
パニック症による広場恐怖で仕事ができなくなり、2017年には解雇になったこともあります。
会食が苦手どころか、生活や仕事にも支障が出るくらい吐くことが怖く、
会食恐怖症に加えて嘔吐恐怖症も克服したいという気持ちが強くなりました。
読んでいただきありがとうございます
今回の【Vol.3】は、会食恐怖症に加えて「嘔吐恐怖症だと知ってからのわたし」ということで、
・小学生の給食時代
・吐くことが怖くて、会食以外にできなくなったこと
・嘔吐恐怖症という言葉を初めて知ったとき
・解雇になったこと
についておはなししました。
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このあとも、全6回の予定で、会食恐怖症と嘔吐恐怖症を乗り越えたおはなしができたらなと思っています。
ここまでお読みいただきありがとうございます☆