たぶん、ほぼ初めて築地へ出かけた。ウニの乗った海鮮丼を都内で食べられる店を探したところ、ここにたどり着いたというわけだ。
ことの発端は、2週間ほど前にさかのぼる。わたしは、いったい彼に対して何度腹を立てれば気が済むのだろうかと思うのだが、意味のわからないとある男との会話により、この築地行きは決定した。
詳細はこの日記をサラッと読んでもらえたらわかるので割愛。簡単にいうと、ごちそうする義理のない人間に、バカ高い海鮮丼をねだられて憤慨しているという話だ。
わたしがここで言及しているのは「ごちそうするか否か」の話ではない。そこに至るまでのコミュニケーションの話であり、相手の気持ちを汲み取る、理解する、配慮する力、そういうものだった。
今回の場合、このちいさな喧嘩の相手は9歳上の男性で、男兄弟の家庭で生まれて、子どもの頃から体育系の文化で育ってきている人だった。一日16時間働いてもケロッとしており、人の持つ柔らかい感性の理解が難しいという、そんな人。
背景にある価値観が随分異なることは理解していたのだが、それにしても、コミュニケーション難度がすごく高い。ということで、こちとら疲弊に次ぐ疲弊で、そろそろどうしてやろうかと画策しているところだった。
相手がソフトな価値観を理解しにくい場合、こちらの出方としては、それを逆手にとって「なにがいやなのか」を明示する。ちゃんと伝える。それしかない。
強い言葉を発するのは正直苦手だし、気持ちのいいものではないけれど、そういう人間と対話するには、彼らの世界の言語に落とし込むしかないから。
ということで、今回、久々にえらいキレた。
そもそも、わたしはあなたにごちそうするような義理はない(感謝はしているし好きだけれど)
ただ、一度「いいよ」と言ったものをひっくり返すほど腐ってはいない
だからせめて、ちゃんと店選びに配慮をしてほしい
その配慮とは、今回でいうと、金額帯が主だと理解してほしい(わたしにとって場所は不問。場所を強く主張されたのもいやだった)
日程も、店も、あれこれと文句言われるのはすごく不愉快
言うことを聞いてほしいわけじゃない。まずは意見を聞いてほしい
相談のうえで、行くなら行くでちゃんと決めよう
そして、わたしも海鮮は好きだから、どうせ行くなら気持ちよく楽しみたい
こういう話をした。まとめて伝えると処理しきれないだろうから、何度かに分けてなるべく率直な言葉を選んで伝えた。すると、どうなったか。
差し戻しがなくなり、お互いのコミュニケーションがスムーズになった
「なにがいやなのか」を聞いてくれるようになった(「こういう主張はいやだ?」とか、事前に確認するコミュニケーションを取ってくれるようになった)
この二つが改善されたことで、わたしの心持ちはだいぶ穏やかになったのだった。そして来たる当日、だいぶ気持ちが吹っ切れていたわたしは、都内では名店だといわれる店での海鮮丼を楽しみに今日をむかえた。
実際、その海鮮丼はめちゃくちゃおいしくて、トロットロのウニに舌鼓を打って……。夢中でウニやら中トロやらと向き合う素晴らしい時間だった。
そんなわけで、味にとことん満足したわたし。「よし、お会計をしよう」と立ち上がったら、お店の方が「ありがとうございました! お気をつけて!」と店から送り出そうとしてくれるではないか。
会計前にも関わらず……と思っていたら、戸惑うわたしをよそに、彼もひとりで店先へ出ていく。頭に大量のハテナを浮かべながら彼に声をかけると「うん? うん、俺が払っちゃった」と満面の笑み。
詳しく聞いてみると、わたしがお手洗いに行くため少し席を離れているあいだに、しれっとお会計を済ませてしまったという。なんてことだ。
「しのちゃんと話していなかったら、そもそも築地だなんて来れる機会がなかったし、すごいおいしかったし。だから、ごちそうさせて?」と続ける。
冒頭にも書いたように、ごちそうするってこと自体に対して嫌気が生まれていたわけではない。その過程に対する違和感が大きかった。けれど、その渦中で生まれた違和感を伝えて、それをなにかしら反芻してくれた結果、逆にごちそうするという選択を取ってくれたのなら、単純にうれしい話だと思った。
「わざわざ一緒に来てくれてありがとうね」と、彼は帰り際、わたしに声をかけてくれた。「こちらこそ、ありがとうございます」と返したわたしの言葉に、きっともう淀みはなかったはずだ。すっきりしていた。
はてさて、この一件をいろいろと揉み込むなかで、わたしは「なぜここまで疲弊しながら向き合うのか」について、ずっと考えていた。合わない人と、無理してまでコミュニケーションを取り続ける必要はあるのだろうか、と。
結論、わたしにとって、やはり彼は「価値観が違うだけの、厄介な善人」なのだ。いいやつなんだが、な〜んかうまくいかない。そんな感じ。
特に、テキストコミュニケーションがめちゃくちゃ下手な人間みたいなので、得意なこちら側からすると、ザラザラして仕方がないのだ。本当にこのうえなくイライラすることもある。
けれど、「わざわざ一緒に来てくれてありがとうね」と面と向かって言ってくれたように、対面しているときの彼は、ちゃんと言葉を選べる。恥ずかしがったりしないし、まっすぐ「良い」とか「悪い」とか言える。そういう人は、きらいじゃない。
まあ、そういう相性だから、ダブルスパートナーだなんてものを組んではいるのだろう。わかりあえていないこともあるけれど、その齟齬を埋められる人間関係なのであれば、一旦それはセーフだと思っているし、思いたい。
なぜ海鮮丼を食べるだけでここまで連載が続くほど疲れるのかとは思いつつも、個人的には学びのある時間だったので、これにてジエンド。もう引っ張らないよ〜。
人間関係を続けるうえで大切なことは、ちゃんと伝えること。伝わるまで。これからも、忘れないでおきたいことだなあと、改めて噛み締めている。