ナリオとマナブの「お話を書いてみよう!」 後編

さよならおやすみ
·
公開:2025/10/31

👉️前編はこちら

草石ナリオ「だよなあ、マナブくん」

与久マナブ「いきなりなんですか、先生」

草石ナリオ「地の文ってのは理屈っぽくていかん」

与久マナブ「なんてことを言うんですか、先生。地の文、大事ですよ」

草石ナリオ「だったら地の文もマナブくんが喋ったらいいじゃないかね」

与久マナブ「嫌ですよ。地の文喋ってるひとなんか見たことないですもん」

草石ナリオ「いかんなぁ、マナブくん。学びの姿勢が見えぬ」

与久マナブ「先生が喋ってくださいよ、地の文」

草石ナリオ「えー……先生が? あー……」

与久マナブ「……」

草石ナリオ「そういうのを無茶振りと言うんじゃぞ、マナブくん」

与久マナブ「先生が振ったんです」

怪奇現象の目撃

草石ナリオ「本題に戻って、ここはやはり、定番中の定番を紹介しよう」

与久マナブ「定番中の定番!」

草石ナリオ「ズバリ、怪奇現象の目撃からの導入じゃ」

与久マナブ「ああ、なるほど、ありがちな気がします!」

草石ナリオ「バカもんっ! ありがちと言うな、ありがちと!」

与久マナブ「あ、ええっと、じゃあ、なんと言えば?」

草石ナリオ「万人に愛されている、とか、皆様に選ばれて何十年、とか」

与久マナブ「ええっと……使い古された……?」

草石ナリオ「バカもんっ!」

与久マナブ「怪奇現象って、漫画だと主人公が目撃するけど、ゲームだと村人が目撃してる気がします……」

草石ナリオ「よく気がついたマナブくん! ゲームだと主人公が喋らないから、怪奇現象を目撃してもそれがなにか説明のしようがないんだねぇ」

与久マナブ「漫画だと地の文がありますもんね」

草石ナリオ「……」

与久マナブ「とつぜん黙らないでください」

ああ、わかった! マナブくんが言いたいことは、こういうことじゃろ? カッコなんかつけずに喋ればいいと、そういうことじゃろ?

与久マナブ「変なキレ方しないでください」

草石ナリオ「わかったぞ、マナブくん――

   与久マナブ「わかったって?

 ――こういうことじゃな?」

与久マナブ「囲まないでください。先生が怪奇現象ですよ」

草石ナリオ「しかし、この怪奇現象の目撃、ひとつだけ欠点がある」

与久マナブ「欠点? 欠点というと?」

草石ナリオ「なにをやっても、すでに荒木飛呂彦がジョジョでやってる」

与久マナブ「あー」

卒業式から

草石ナリオ「じゃあ次は、先生が好きなパターンの紹介を」

与久マナブ「おっ! 待ってました!」

草石ナリオ「それは……うれし恥ずかし……卒業式からのスタートじゃ!」

与久マナブ「おおっ!? なんだか甘酸っぱいです先生!」

草石ナリオ「そうじゃろ? 学びを終えて、これから旅立つ若者の話じゃ」

与久マナブ「でも学校の話ですよね? ファンタジーだと魔法学校ですか?」

草石ナリオ「いやいや、普通の学校とは限らぬぞ。兵学校でも、傭兵訓練所でも、なんなら仕えていた師匠から免許皆伝をもらうところからでもいい」

与久マナブ「なるほど! 悪の秘密組織で改造されたところからでも?」

草石ナリオ「マナブくんは改造ネタから離れられんのかね」

与久マナブ「じゃあ独立セミナーに100万円払って、起業ノウハウを学んで、足つぼマッサージ店をオープンする40代の元ゲームデザイナー」

草石ナリオ「待て待て、だれを殴りに行ってるかしらんが、その話は待て」

与久マナブ「いやあ、この卒業式パターンって、いろいろと応用範囲が広そうですね!」

草石ナリオ「そう。このお話の利点は、卒業試験としてミッションを出せる! そのミッションで先生役にナビゲートさせられるし、卒業の記念としてアイテムを渡せるし、なんなら仲間を二~三人紹介できる! ほぼ最強だと言ってもよい」

与久マナブ「なるほど!」

草石ナリオ「ただし卒業後、学校は爆破したほうがいい」

与久マナブ「いきなりなんですか、その展開」

草石ナリオ「卒業生がうじゃうじゃ出てきても混乱するし、先生たぶん主人公より強いし、どこかで会っても面倒くさい」

与久マナブ「ドラマツルギーとか関係なく、そんな理由で破壊するんですか?」

草石ナリオ「まあ、破壊してしまえば、主人公の復讐の動機にもなる。生き残った生徒との再会もドラマチックじゃろう?」

与久マナブ「その発想はひどい!」

草石ナリオ「いやいや、物語とは残酷なものだよ、マナブくん。それに学校爆破程度では、親や兄弟が殺されたほどの強烈な動機にもならん」

与久マナブ「でも、下級生も先生もいっぱい死んでるんですよね?」

草石ナリオ「そこじゃよ、マナブくん」

与久マナブ「そこというと?」

草石ナリオ「よーく覚えておきなさい。物語において、ひとりの死は大きい。これは辛く、重く、苦しい。しかし! 人数が増えれば増えるほど他人事になる」

与久マナブ「うわー。聞かなきゃよかったです」

草石ナリオ「いやいや、マナブくんもドラゴンボールで、地球人大量に死んでも覚醒しなかった悟空がクリリンひとりでブチ切れるのを見たじゃろう?」

与久マナブ「うーん。見ましたけど……」

草石ナリオ「もしマナブくんが、先生の言葉に違和を覚えるなら、それはもっと大きなものを変える覚悟を持たんといかんということじゃよ」

与久マナブ「そうなのかなぁ」

草石ナリオ「ところで足つぼマッサージ店をひらいた元ゲームデザイナーというのは?」

与久マナブ「焼肉おごってくれたら話します」

宇宙の始まりから

草石ナリオ「で、次は究極じゃ」

与久マナブ「先生の語り出しは、究極だったり、極めつけだったり、定番中の定番だったり、ボジョレーヌーボーの売り文句のようですね」

草石ナリオ「そう! この10年で最高だった去年の出来を上回る最高の品質! それは!」

与久マナブ「それは!?」

草石ナリオ「宇宙の開闢スタート!」

与久マナブ「うっひゃー! スケールが大きい!」

草石ナリオ「たとえば神話の時代に、どんな神様がどんなことをして世界が生まれたか、とか……」

与久マナブ「すごい! わくわくします!」

草石ナリオ「人間や魔物がどうやってこの地に生まれたか、とか……」

与久マナブ「その話、興味があります、先生!」

草石ナリオ「そして現代! 神と悪魔の戦いは、人間と魔物との戦いとなっていまも世界中で繰り返されているのじゃ!」

与久マナブ「すごいすごい! でも物語を1ミリも語っていない!」

草石ナリオ「そうそう、欠点はそこなのよ。こんなお話、電源投下後のループのムービーで流せばええのであって、見せられたところでなんなのよって話で」

与久マナブ「でも先生、究極って言いましたよ? あっさりディスらないで、このお話のメリットを教えてください」

草石ナリオ「まあ、スケールが大きく見えるのと、ああこりゃ我々人類の歴史とは関係ないところのお話なんだな、と諦めがつく」

与久マナブ「でもむかし、なんかの映画で見た気がします」

草石ナリオ「グリーンランタンのことかーっ!」

与久マナブ「先生、それもう少しぼかせませんでしたか?」

草石ナリオ「いやぁ、でも、ナウシカのオープニングは良かったねぇ」

与久マナブ「ああ、あの絵巻物」

草石ナリオ「あの雰囲気が出せれば最高なんじゃが、まんま真似したらナウシカになるし、少しひねると『ナニをしたかったの?』になる」

与久マナブ「やっぱり宮崎駿は偉大なんですね」

草石ナリオ「うむ。だてにパワハラはしておらん」

与久マナブ「してませんよ。なんてこと言うんですか」

手紙が届く

草石ナリオ「そして次。次は普通じゃ」

与久マナブ「おりょ? 今年のボジョレーヌーボーは普通です?」

草石ナリオ「そう、際立った特徴もなにもない、ボジョレーの歴史始まって以来の普通」

与久マナブ「それ、逆に触手が動きます!」

草石ナリオ「マナブくんの触手がニョロニョロとっ!」

与久マナブ「ヌハハハハハハッ!」

草石ナリオ「その普通中の普通の開幕とは! 手紙が届く場面からはじまる」

与久マナブ「うわー。地味ですねぇ」

草石ナリオ「先生が好きな映画で『ブロークン・フラワーズ』ってのがあるんだけど、それが手紙ではじまるのよ」

与久マナブ「知らない映画の話をされると途端に醒めますねぇ、先生」

草石ナリオ「まあ、そう言わず。手紙といっても、代読からはじまる映画もあれば、ボトルレターを拾うところからはじまる映画もあるし、工夫次第だと思うのよ」

与久マナブ「矢文が飛んできたりとか?」

草石ナリオ「そうそう、全長1200メートルの封筒が大気圏外から降ってきたりとか」

与久マナブ「うっひょう! ぼく、そういうのが見たいです! 普通の手紙より、ぜんぜんそっちがいいです!」

草石ナリオ「ところでマナブくん、ちょっと袖まくりして腕を見てみるといい」

与久マナブ「腕をですか? ええっと……うわっ! 腕に字がびっしりと!」

草石ナリオ「そう、こういう形で手紙が届いてもいい」

与久マナブ「ええっと……やきにくは……おごりません……じぶんで……たべてください……

草石ナリオ「ふっふっふっふ」

与久マナブ「い、いつの間に! これ、先生が書いたんですか!?」

草石ナリオ「いやいや、先生が書いたんじゃないよ。宇宙にいる謎の存在が書いたんじゃよ」

与久マナブ「先生、先生の腕も見てくださいよ」

草石ナリオ「小生もかね? どれどれ……おりょっ?」

与久マナブ「先生の腕にお返事を書いておきました」

草石ナリオ「なになに……? やきにく、けいひで、くいました……? なんてことをしてくれるんだねマナブくん!」

与久マナブ「ぼくが書いたんじゃないですよ。宇宙にいる謎の存在が書いたんですよ」

記憶を失って目を覚ましたところから

草石ナリオ「次はもう、定番中の定番」

与久マナブ「ていうか、定番そろそろ飽きました」

草石ナリオ「なにを言うかね。このパターンは全ゲーム中の9割くらいはこうだったという筋金入りの鉄板じゃぞ?」

与久マナブ「筋金入りの鉄板!」

草石ナリオ「それは……」

与久マナブ「先生、もったいつけてるけど、じつは章タイトルにすでに書いてあります」

草石ナリオ「記憶を失って目を覚ましたところから始まるパターン!」

与久マナブ「先生、ひとの話を聞いてます?」

草石ナリオ「もう、昭和はこのパターンばっかり」

与久マナブ「昭和ってゲームありましたっけ?」

草石ナリオ「このパターンが便利なのは、主人公はなんも覚えていないわけだから、どんな展開になろうが矛盾が起きないことじゃね」

与久マナブ「つまり、じぶんの家のトイレがわからなくても、矛盾ではなくなる、と?」

草石ナリオ「そのとおり! ユーザーの知識と主人公の知識が同じになる!」

与久マナブ「で、このパターンが昭和の時代は鉄板だった、と」

草石ナリオ「さいでございます」

与久マナブ「さいでございますって」

草石ナリオ「しかし、人間そう簡単に記憶喪失にはならんと思うのよ」

与久マナブ「ですよねぇ」

草石ナリオ「若人あきらが記憶喪失になったとき、本当にあるんだーって思ったもの」

与久マナブ「誰ですかそれ」

草石ナリオ「むかし、郷ひろみのモノマネで一世を風靡した芸人」

与久マナブ「郷ひろみは知ってます!」

草石ナリオ「で、その若人あきら、ある日釣りをしてたときに行方不明になって、数日後に記憶を失った状態で発見されたという……」

与久マナブ「漫画みたいですね」

草石ナリオ「その後ちゃんと回復して、とある記憶喪失系の映画の公開記念イベントに出てた」

与久マナブ「ちゃっかりしてるなぁ」

草石ナリオ「ゲームではまあ、記憶喪失ってのがシステム的に便利だから採用されていたんだろうけど、けっこう苦しいものらしいから、安直にネタにすべきではないと思うんだよね」

与久マナブ「真面目ですね、先生。いつになく」

草石ナリオ「よく聞きなさい、マナブくん。記憶喪失というのは、『もしこうなったらどんなことが起きるか』という視点で描かれがちだけど、もっと実存主義的な観点から描くべきだと思うのだよ」

与久マナブ「実存主義? ……というと?」

草石ナリオ「本人にどのような苦しみがあり、なにを体験したか」

与久マナブ「ほう。たとえば?」

草石ナリオ「たとえば若人あきらだったら、自作自演だー! とか、北朝鮮に拉致されたー! とか、いろいろ言われてたわけよ。それを本人が記憶を失った苦しみのなかで、どう受け止めたか、みたいな」

与久マナブ「自作自演って、必ず言われますよね」

草石ナリオ「小生もそう思ったもの」

与久マナブ「おいおい」

草石ナリオ「20代のアホじゃもの。思うわさ」

与久マナブ「でも先生の言い方だと、ゲームでは記憶喪失をネタに使うなってことですよね。いいんですか、そんな多方面に喧嘩売っちゃって」

草石ナリオ「そうではないよ、マナブくん」

与久マナブ「また否定からですか」

草石ナリオ「たとえばだよ、マナブくん。記憶喪失と世界の崩壊とをリンクさせて描くなりすれば、そこにはまた新しいナニカが見えてくるわけだよ」

与久マナブ「なるほど、それが実存主義、と」

草石ナリオ「いや、これは象徴主義」

与久マナブ「めんどくさいなぁ」

草石ナリオ「それを学ぶのがマナブくんではないかね」

与久マナブ「そうですね……ええっと、流れぶったぎってすみませんが、このパターンのメリットは?」

草石ナリオ「えー……、トークショーで若人あきらを呼べる」

与久マナブ「先生、真面目に考えてます?」

だれか訪ねてくる

与久マナブ「先生、次はぼくから提案させてもらってもいいですか?」

草石ナリオ「ああ、いいとも。来たまえ」

与久マナブ「だれかが訪ねてくるパターンってのはどうでしょう?」

草石ナリオ「おお! 指輪物語でもおなじみの!」

与久マナブ「どうですか? 良いシナリオになりそうですか?」

草石ナリオ「それは腕次第じゃろ。冒頭だけでゲーム決まるわけでもなし」

与久マナブ「うわー。いままでの流れ全否定。これだからもう。あーもーやってらんない」

草石ナリオ「面白くなるよマナブくん!」

与久マナブ「やったぁ!」

草石ナリオ「それじゃあマナブくん。桃太郎のお話を訪ねてくるパターンで再構成してみたまえ」

与久マナブ「はいっ!」

草石ナリオ「はいっ!」

与久マナブ「むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました」

草石ナリオ「いいぞ! マナブくん! その調子じゃ!」

与久マナブ「そこに、都会からフォード・マスタングに乗ったヤクザ男がやってきました」

草石ナリオ「おお! オリジナルの登場人物!」

与久マナブ『おい、ジジィ! この土地は俺が買ったんだ。さっさとどいてくれねぇか?』

草石ナリオ「世知辛い! のっけから世知辛い!」

与久マナブ「しかし、おじいさんとおばあさんは、そのときにはもう死んでいました」

草石ナリオ「なんと! 冒頭のフリはなんだったんじゃマナブくん!」

与久マナブ『居間でふたりして腐りかけていたが、お客様とあっては仕方がない。相手をしてやろう……』

草石ナリオ「おおっ!? 死んでいた爺さんが!」

与久マナブ『しゃらくせい! 死ねっ!』

草石ナリオ「それ、どっちのセリフなの!?」

与久マナブ『うごっ……』

草石ナリオ「桃太郎がっ! 桃太郎がまだ出ておらぬっ!」

与久マナブ「7万年後……」

草石ナリオ「いきなり7万年のときがっ!」

与久マナブ「おじいさんとおばあさんの怨念は桃の実に結実しました」

草石ナリオ「脈絡がない! あまりにも脈絡がない!」

与久マナブ「その桃から生まれたのが桃太郎!」

草石ナリオ「面白いぞ! マナブくん!」

与久マナブ「ありがとうございます!」

草石ナリオ「で、桃太郎はこの局面でどう動くのだ!?」

与久マナブ「ここで終わりです!」

草石ナリオ「なんだとぉぉぉぉぉっ!」

戦いの場面から

与久マナブ「戦いの場面から始まるゲームも多いですよね、先生」

草石ナリオ「そうだねぇ、特に多いのが戦いの終了からだねぇ」

与久マナブ「おお! たしかにそんな感じです!」

草石ナリオ「戦いの最後の場面。バスケットボールの試合なら最後の点数が入った瞬間、サッカーなら試合終了のホイッスル、将棋なら投了してうな垂れた場面からじゃ」

与久マナブ「確かにそうです! あの漫画もこのアニメもそうでした!

草石ナリオ「さよう! そしてもうひとつの共通点に気が付かんかな?」

与久マナブ「共通点……みんな負けの場面ばっかり……?」

草石ナリオ「そう。そこが大切なんだよ、マナブくん。最初に勝っちゃったら、そこから落ちぶれる話になっちゃうもの」

与久マナブ「そうなんですか?」

草石ナリオ「思い描いてみたまえ」

与久マナブ「はい、なんでしょう……」

草石ナリオ「新しい漫画がはじまった! 最初の見開きを開く! 試合に勝って仲間と抱き合う主人公!」

与久マナブ「思い浮かべました! すごくいい場面です!」

草石ナリオ「ケンタのチキン食べて、さあ、これからオフだ、ゆっくり羽を伸ばして、次のシーズンに再会しよう! で、見開きが終わる」

与久マナブ「終わる……」

草石ナリオ「ページを開いたら主人公はなにをしている?」

与久マナブ「落ちぶれて公園の隅のベンチでブラックサンダー食ってます!」

草石ナリオ「じゃろう?」

与久マナブ「ああっ……! 野良犬にしょんべんかけられてキレ散らかしてます!」

草石ナリオ「そう! ところがこれが、負け試合から始まった場合は!?」

与久マナブ「負け試合から……」

草石ナリオ「ページを開くと、主人公はなにをしている?」

与久マナブ「おおっ! 練習しています!」

草石ナリオ「じゃろう? 仲間たちはどうだ?」

与久マナブ「試合を振り返って、綿密なトレーニング計画を……」

草石ナリオ「主人公に悪態をついていた不良は?」

与久マナブ「職業訓練校に通っています!」

草石ナリオ「家族は?」

与久マナブ「受験受験とうるさかったお父さんが息子を労っています!」

草石ナリオ「そう! シナリオを書くまでもなく、読者が勝手にドラマを思い描く! それが冒頭負けパターンの素晴らしいところじゃ!」

与久マナブ「なるほどっ……! ……?」

草石ナリオ「ん? なにか気になることでもあるかね、マナブくん」

与久マナブ「これ、冒頭が引き分けだった場合どう展開するんです?」

草石ナリオ「ぼ、冒頭で引き分け……?」

与久マナブ「冒頭で不戦勝とか……」

草石ナリオ「そんなドラマは存在しないっ!」

与久マナブ「言い切って大丈夫ですか、先生!」

親が惨殺される

草石ナリオ「もうひとつオススメがあるんだよ、マナブくん」

与久マナブ「いくらでも出てきますね!」

草石ナリオ「親が惨殺されるパターン」

与久マナブ「うわー。最低ですね、先生」

草石ナリオ「なにを言っとるのかね、マナブくん。アニメ映画最大ヒット作の鬼滅の刃なんかもそうじゃないかね」

与久マナブ「あー、そう言われてみればそうですね」

草石ナリオ「しかし小生なんか、『冒頭で親が惨殺されます』と言って企画が通った試しがないよ」

与久マナブ「通ってないじゃないですか」

草石ナリオ「あいつらリアルでひとを殺しとるからな」

与久マナブ「殺してませんよ。なんてことを言うんですか」

草石ナリオ「だって、どの勇者もみんな剣持って、峠の盗賊アジトに乗り込んで斬り殺すんじゃぞ?」

与久マナブ「斬り殺してはいませんよ、やっつけてるんです」

草石ナリオ「そんなあーた、そのへんの商店街で2~3人刀で斬りつけて『殺す気はありませんでした、やっつけようと思いました』が通ると思うかね?」

与久マナブ「いや、それとこれとは……」

草石ナリオ「それが被害者が自分の家族になったとたん、『うわー、残酷だー』『なんでこれで通ると思ったかわからへんわー』『ぶぶ漬け食って出直しなはれー』って、おかしいと思わんかね?」

与久マナブ「過去になにがあったんですか、先生」

草石ナリオ「これ、ほんとうに、ちゃんと言いたいんだけど、『遠くの国で魔王が1万人殺しました』はOKだけど、『家に帰ってきたら母親が惨殺されていました』がNGなの、その感性がおかしいんじゃからね? 前者のほうが1万倍酷いんじゃからね?」

与久マナブ「そうは言っても、その酷い場面を子どもに見せられないわけですし」

草石ナリオ「そうやって『誰も死なない戦い』に駆り立てるわけだ。銃剣で刺せばココロは痛むが、核ミサイルならボタンを押すだけ、みたいな戦いに」

与久マナブ「先生、RPGのこと、嫌いなんですか?」

草石ナリオ「いやいや、こういうことを考えるのは、好きだからじゃないかね」

与久マナブ「口ではなんとでも言えますよ」

草石ナリオ「実際に剣で斬りあったら血が出る、死ぬ、死体は腐るし、蛆が湧いて伝染病が流行る。そういうのをぜんぶ抜きにして、『剣でひとを斬るの楽しい~』だけを提供しているんじゃよ、小生ら」

与久マナブ「でも、それでユーザーはストレスを発散して、現実では暴力を振るわなくなるんですよ?」

草石ナリオ「小生、幼稚園のころ、何度ライダーキックで蹴られたと思う?」

与久マナブ「はあ?」

草石ナリオ「世の中にアンパンチで殴られた幼稚園児が何人いると思う?」

与久マナブ「それは、親が諭すべきです。先生の言い方だと描いたひとが悪いみたいじゃないですか」

草石ナリオ「逆に、マナブくんの言い方では、商品を買ってくれたお客様が悪いと言っているようじゃぞ」

与久マナブ「あ、そうきましたか」

草石ナリオ「善い悪いの話になってしまったら、そうなるわなぁ」

与久マナブ「で、先生はこの、家族が惨殺されて始まるパターン、ありなんですか? なしなんですか?」

草石ナリオ「まあ、ズバリ、ゲームではナシじゃろう」

与久マナブ「ずこーっ」

草石ナリオ「ゲームであえて見せていない残酷な部分を見せたいってのは、だれしもが一度は通る道なのよ」

与久マナブ「そうなんですか?」

草石ナリオ「そうそう、みんな通る。血がぷしゃーっ! 内臓どばぁっ!」

与久マナブ「友達が改造されてフジツボ仮面にっ!」

草石ナリオ「改造ネタはもうやめなさい」

与久マナブ「ええ~~~~~~~っ!?」

草石ナリオ「で、その残酷表現をちゃんとテーゼに昇華できるかというと、そうでもない」

与久マナブ「みんななんだかんだ言って残酷が好きなだけですもんね」

草石ナリオ「そうそう、どうせ描くんだったら『じつは残酷なことが起きているんだぞ』じゃなくて、『なんでわしら残酷が好きなの?』を描きたいねぇ」

与久マナブ「ぼくはぞんなに残酷は好きじゃないですけどね」

草石ナリオ「おやおやマナブくん、友達を改造するのは残酷ではないとでも言うのかね?」

与久マナブ「なにを言ってるんですか、先生。改造されて強くなるんですよ?」

草石ナリオ「さいですか」

与久マナブ「さいですかって」

ヒーローに助けられる

与久マナブ「先生! いよいよ最後です! なにかとっておきはないですか!?」

草石ナリオ「おっ! あるぞ、とっておき!」

与久マナブ「やったぁ! それでは最後に、どどーんと発表を!」

草石ナリオ「それは!」

与久マナブ「それは!」

草石ナリオ「英雄と出会うパターン!」

与久マナブ「おおっ!」

草石ナリオ「英雄と出会うと言っても中味はさまざまじゃ。たとえば、英雄に助けられるパターン。あるいは逆に万引きしてたら英雄にとがめられるパターン。あるいは浮浪者と思って施したらかつての英雄だったパターン」

与久マナブ「いろいろありますね!」

草石ナリオ「マナブくんもなにかないかね! 英雄と出会い、そこから物語が始まるパターン!」

与久マナブ「ええっと……野球をやってたらボロ負けしてて……」

草石ナリオ「おおっ、いいねいいね!」

与久マナブ「そこにメジャーリーガーの大谷選手がやってきて……」

草石ナリオ「ほう!」

与久マナブ「代打とピンチヒッターやってくれて相手チームをボコボコにしてくれるのです!」

草石ナリオ「あかんやろ」

与久マナブ「ええ~~~~~~~っ!?」

草石ナリオ「もっと愛される登場のさせ方はないのかね、愛される」

与久マナブ「じゃあ、先生はどういうのが好きなんですか?」

草石ナリオ「庭を掘ってたらマイケル・ジャクソンが出てくるとか」

与久マナブ「……」

草石ナリオ「うわー! ひとが埋まってたー! と思ったら、出てきて歌って踊りだす!」

与久マナブ「他のないですか?」

草石ナリオ「トイレの扉ガチャっと開けたらパパイヤ鈴木が座ってるとか」

与久マナブ「……」

草石ナリオ「うわー! うちのトイレにパパイヤ鈴木おるー! と思って写真撮ってツイートしたら、だれも知らなかった」

与久マナブ「そのさき、ちょっと興味があります」

草石ナリオ「真面目な話、フィクションに限らず、『あのひとに会ったからいまのわたしがあります』ってひと多いよね」

与久マナブ「たしかにそうです! クラスメイトにもいました!」

草石ナリオ「やっぱりこう、たとえば『主人公がサッカーを始めたきっかけは?』と聞かれて、『テレビで○○選手を見たから』よりも、『ロナウジーニョと 1 on 1 で勝負したから』のほうが、グッと来るからねぇ」

与久マナブ「いやぁ、でも、そこまでいうとウソくさくないですかぁ?」

草石ナリオ「いやいや、ウソくさいと思うのは、導入でつかみきってないってことだよ。ガッツリと読者の気持ちをつかんでたら、ウソじゃなくなる」

与久マナブ「ウソじゃなくなる?」

草石ナリオ「そう! 読者の目の前に現れるんだよ! ロナウジーニョが!」

与久マナブ「おおっ! ページ開いたら三段抜きで!」

草石ナリオ『なかなかいいセンスをしている。どうだ? 俺と勝負しないか?』

与久マナブ「ロナウジーニョが日本語で語りかけてきたぁ!」

草石ナリオ「と、冒頭での出会い、そこからの成長、成功と挫折を経て、最終回はロナウジーニョとワールドカップで戦う」

与久マナブ「ロナウジーニョ息長ぇ!」

草石ナリオ『あのときは負けたが、今日は勝つ』

与久マナブ「ロナウジーニョ、小学生に負けてたーっ!」

草石ナリオ「で、このパターン、けっこうつかみは良いのだけど、難点があってだね……」

与久マナブ「難点というと?」

草石ナリオ「ロナウジーニョとの試合のあと、目標が消える」

与久マナブ「ああ……。それはそうですね」

草石ナリオ「ゲームはバージョンアップでお話は追加されるし、シリーズ化されるものも多いじゃろう?」

与久マナブ「ええ、ぼくもついついシリーズものを買って遊びます」

草石ナリオ「やっぱこう、シリーズぜんぶ通して主人公の動機となるような冒頭が欲しいよねぇ」

与久マナブ「まぁ、それはそうなんですけどねぇ」

草石ナリオ「――と、そんなわけで、今日は冒頭だけ集めてみたわけだが、どうかね、良い冒頭は書けそうかね」

与久マナブ「いきなり〆に来ますね、先生」

草石ナリオ「湿っぽいのは苦手でねぇ」

与久マナブ「だれなんですか、それ」

草石ナリオ「そんなことより、どうよ、いまの気分は」

与久マナブ「なんかすっきりしました! 冒頭にもいろんなパターンがあって、しかも冒頭によってその後の展開の向き不向きがあることがわかりました!」

草石ナリオ「そう! なかなか良い総括!」

与久マナブ「そんなわけで先生! 次のお仕事はぜひぼくをメインライターに!」

草石ナリオ「ばかもーん!」

与久マナブ「ひゃあっ!」

草石ナリオ「小生の仕事を奪うでない! マナブくんは技名とモンスター名とアイテム名を1000個ずつ考えるがよい!」

与久マナブ「ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

〆の挨拶

草石ナリオ「というわけで、この本の内容、ほぼ終了しました」

与久マナブ「先生! まだ1章残ってます!」

草石ナリオ「まあ、残ってはおるが、ワークフローとかの面倒な話じゃろう?」

与久マナブ「先生……そんな……」

草石ナリオ「これは、いろんな本を読んできた小生がたどりついた答えじゃ。最終章なんか、だれも読まない」

与久マナブ「でも先生! 表紙にも書いてある『ギャラの決め方』がまだ書かれていません!」

草石ナリオ「マナブくんは、縁日で『ハブとマングースのショー』を見たことはあるかね?」

与久マナブ「ハブとマングースの……? ないですけど、それがなにか……?」

草石ナリオ「あれはまだ小学生のころじゃ。ナリオ少年は水天宮のお祭りで、ハブとマングースのショーを見せるという男がいたので、友達と三人で待っていたのだ」

与久マナブ「そんなのあったんですか! ぼくも見たいです!」

草石ナリオ「ところが! ハブ対マングースショーはいつになっても始まらず! 孫にせがまれて集まったジジババ相手にその男はハブエキスの口上を始めたのじゃ!」

与久マナブ「えっ? えっ?」

草石ナリオ「食い入って見守るジジババに、飛ぶように売れるハブエキス!」

与久マナブ「どういうこと?」

草石ナリオ「小生はどうしてもショーが見たくて最後まで待った……」

与久マナブ「ハブとマングースのショーは?」

草石ナリオ「始まらなかったんじゃ……」

与久マナブ「始まらなかったって……いったいどうして?」

草石ナリオ「サクラにされたんじゃよ……」

与久マナブ「えっ? というか、『ギャラの決め方』は……?」

草石ナリオ「はい! そんなわけで、草石ナリオと与久マナブのコーナーはこれにておしまい!」

与久マナブ「ねえ先生! ギャラの決め方!」

草石ナリオ「もう終わりだよ。ほらほら、片付けの邪魔だから」

与久マナブ「ギャラの決め方書くって言ったくせに~!」

草石ナリオ「それではあと少しだけ、ワークフローのお話にお付き合いください!」

与久マナブ「ひどいひどい~!」

@sonovels
さよならおやすみノベルズという個人小説レーベルで地味に書いています。サイトで読めばタダ。Kindleで100円。 sayonaraoyasumi.github.io/storage