第12話 アブジェクシオン

愁羽淋
·
公開:2026/3/20

第12話 アブジェクシオン

A お金で買えないもの

「お金で買えないものってさあ――」

 って、茶室でのチノとの話。レイチェルのこと考えながら、とくに深く考えもなしに口にしてた。

「いろいろあるよねー。友情とか、愛とか、あと、幸せ?」

 なのに。チノから返ってきたのは――

「そんなことありませんの。それらはお金で買うことができますの」

 身も蓋もない予想外の答え。

「友情買える? 愛も?」

「買えますの。大人の社会では常識ですの」

「ひゃー、大人汚い~♪ でもさあ、じゃあ、お金で買えないものはないってこと?」

「そうは言いませんわ。お金で買えないものがただひとつだけありますの」

「ただひとつだけ……って、そこでもったいつけないで、ぜんぶ言いなさいよ」

 この喋り方って、オタクあるあるなんじゃないかな。オタクは焦ったときわざとどもるし、驚いた時に「ドキッ」って口で言うし、アニメ仕草が身についてる。話の途中で「なぜだかわかる?」っていちいちもったいつけて言うヤツはリアルにはいない。

「お金で買えないもの。それは、てんてんてん、母」

 てんてんてんって。

「母? 父は買えるの?」

「買えます」

「えーっ。わかんないわかんない。説明求む」

「んー、それにはまず、貨幣経済の話からしなければなりませんの」

「あー、うん、お金の話だからね。簡略にお願い」

「まず前提として、貨幣経済のまえに、物々交換の流通があったという説は、聞いたことありますの?」

「あ、なんかそれ、まえもちらっと聞いた気がする。そうじゃないって話だっけ?」

「そう、貨幣経済のまえにあったのは、交換経済ではなく、共有経済。共有している財を必要なひとが必要なだけ使う。いまも家族ではそうしていますけど、それと同じですわ」

「あーわかるわかる。丸ボーロとか黒棒とか戸棚にあったの勝手に食べてた」

「チロリアンとか、ひよことか」

「あとよく博多のひとあったの、うち。叔母が福岡の警固にいたんで」

「閑話休題。そこになぜ貨幣経済=交換経済が生まれたか。それは『所有』という概念が生まれたからですの」

「あ、これもわかる。所有してなきゃ交換なんかしなくていいもんね」

「所有という感覚は、コミュニティから離れることで生まれましたの」

「コミュニティってのはええっと、家族の外に出る、的な?」

「そう。家の中では共有経済、外に出たら交換経済……」

「なるほど。友だちが佐賀錦とか二〇加煎餅とか持ってたら、それはこっちの丸ボーロとかチロリアンと交換になるよね」

「なんども言ってますけど、貨幣経済も、最初は貨幣はなくて、信用経済でしたの」

「信用って言うと、『おまえには八ちゃん堂のタコヤキ奢ったよな?』とか覚えておいたわけだね? お金ではなくて」

「ほんわかふんわかほんわかほい♪」

「九州生まれのタコヤキほい♪」

「そう。その『信用』が貨幣に置き換わっていく」

「んー。そこまではわかった。で、なんで『母』だけ買えないか、よ」

「その理由は、ここ、茶室と同じですの」

「そうそう、茶室が母だよねーって、わかるかーっ。間飛ばすなー」

「茶室は宇宙の外側。母胎も同じ、自分が存在するまえの世界。生まれてからの世界は『価値』で計れるけど、『母』という不可解なものは価値で計れなかった」

「あー。そっかそっか、母胎は知覚できる世界の外側だったわけだ。なんとなくわかった気がするけど、もうちょっと論理的に来るかと思った」

「わたしからすれば、十分に論理ですわ。母から切り離されることで、貨幣経済が発達しましたの。すべてのものには価値があり、計ること、交換することができる。でも、『母』だけはその外にいる……。だから、ベルカミーナの受精卵を使った実験に悍ましさを感じますの。それは貨幣経済の外に触れていますから」

「そっか。だから父は買えるけど、母は買えない、と」

「そう。貨幣経済と反対の概念は『母』。だから、貨幣経済を絶対とする社会は『母』という悍ましい存在をアブジェクシオンしましたの」

「アブジェ……なに? 新概念増やさないで。わかる言葉で言って」

「排除しましたの」

「そうそう。たった2文字で言える言葉をなんでアブジェクシオンなんて8文字で言ったの? 知識自慢したかった? オタクの悪いとこよ?」

「続けますか?」

「お願いします」

「――『母』は価値の外側にある。だけど、『女』は価値を持ちましたの。だから、生殖という行為だけを除いて、『女』から『母』にまつわる機能がアブジェクシオンされ、美少女劇スペクタクルを形作りましたの」

「おっ! ギー学園長の美少女劇スペクタクル回収きたっ! つまり、貨幣経済をブチ壊せば、この美少女劇スペクタクルからも解放されるのね?」

「いいえ、それは違いますわ。わたしたちは、常に前へと歩いていますの」

「振り向くな~♪ ドミノ~♪」

「そして悲しいかな、いまいる世界が、わたしたちにとっての『零度』なんですの」

「おおっ! ベルカミーナの零度のエクリチュールも回収!?」

「――『零度』はいまいる足場を破壊し尽くして作るのではなく、いまの自分たちを静かに見つめて、その『零度』がなんたるかを知ることによってのみ現れますの」

「それって、カルガモが言ってたの?」

「そうですの。でも、カルガモット卿以前、数千年前にも、それを説いた思想家はいますわ」

「それって、だれ?」

「名前は伝わっておりませんの。ただ、『老師』とだけ伝わってますの」

「ふーん」

「平和は戦争の一部ですの。なぜなら『平和』という言葉が語られるのは、戦争を前提とするときだけ。そして戦争は『貨幣経済』の一部ですの。なぜなら、『所有する』ことが『貨幣』を生み出し、それを力で奪えるようにしたから」

「するってーと、あれだね? 『母』がお金で買えないっていうんだったら、『過去』も買えないよね? 過ぎたことだし」

「それはただの屁理屈」

「はあ? なんで?」

「わたしは、老師派の『母性のアブジェクシオン』の議論に沿って、『母は世界の外にいる』と結論しましたの。あなたのは論理に裏打ちされないただの言葉遊び」

「チノ、聞いていい? もしかして左翼?」

 それからすぐ、リズが出産、お母さんになった。

 チノに言わせれば、それも悍ましい母性との繋がりを排する『アブジェクシオン』なのだという。出産は生理学的な免疫反応の結果であり、母胎にとってはただの苦痛でしかない。それを殊更神聖視するのは、『苦痛』という体験を排斥し、美化された役割だけを押し付けているのだ、と。

 だけど母になった女性と生まれた子を見て、「苦痛だったね」とは言えない。賛辞し、祝福することで、呪われた人生の苦痛もいくぶん和らぐ。

「薄い本、裏を返して、パンツ見る」

 そう言い出したのは准神絵師のうにもやだった。

「准は余計でござるwwww」

「神のちょっと下くらい」

「ちょっと下wwww」

「地縛霊絵師」

「それちょっとじゃないwwww めっちゃ下wwww でも言いえて妙wwww オタクみんな生きた地縛霊説wwww」

「ちなみに、薄い本裏返してパンツ見えるの?」

「絵は裏から見ても、同じ絵がただ裏返っているだけだけど、本当の二次元世界だったら、正面から見た絵を裏から見たら背中が見えるでござるwwww」

「それが?」

「薄いほど、期待高まる、薄い本wwww」

 うにもやから手渡された絵には、ミニスカの女子が風に広がったスカートの裾を押さえて頬を赤らめている絵が描かれていた。

「紙に描いてあるから裏からは見えないwwww だけどこれがwwww 純粋に絵だけの世界ならwwww 裏返せばパンツ見えるwwww」

 まあ、楽しそうだし、いいか。

 リズんちに行ったら、赤ん坊に母乳あげてた。

「男の子? 女の子?」

「男の子。イディの染め物屋の跡取りになると思う」

 違和は感じた。

「そっか」

 男女が等しく狩りに出て、同じ運動性能を持ったこの美少女劇スペクタクルの世界で、殊更男の子を跡取りにと考えることへの嫌悪感。限りなく零に近づいたこの架空の世界で、男が子を生むこともないし、わたしたちは社会に縛られた肉体を持ち続ける。

「半年くらい前、イディとマツェの町に行ったの」

 だけどそれはきっと、リズの「零度」なのだろう。

「あ、そうなんだ」

 半年前って……わたしがモックス村に行った頃だっけ?

「それで、舞台を見たんだけど、なんかさあ、役者がみんな落ち着きがないの」

「そうなの?」

「演技の途中で、急に歌ったり踊ったりするの」

「うわぁ、ひどいね、それ」

「で、ひとりが歌うと、ほかのひとも釣られて歌い出すし、なんかもう、みんな歌うし踊るし、めっちゃくちゃで……」

「それ、チケット代返してもらったほうがいいよ」

「でも、楽しかったよ。舞台とか苦手だったけど、あれだったら見ていられるって思った」

 まあ、楽しそうだし、いいか。

 茶室に額縁は似合わない。

 床の間の掛け軸ならさまにもなるのに、ギー・ドゥボールがフラフープのように抱えていた枠が壁にかけられて、中は異次元の暗闇に繋がっている。そしてこの暗闇に意識を集中させると、遠く離れた景色が見えてくる。

 茶室とは。

 そもそもこの茶室、どこにあるのか。

 ディメンションの魔法はせいぜい30メートルしか飛べなくて、それ以上になるとノイズが出る。かつて絶世のイケメンであるキャバレーロをディメンションさせたとき、顔にノイズが出て焦ったことがある。顔は凡庸な人間の最後の砦だ。ワープ用のポータルを使えば、それがレンズのような役割を果たすらしく、ノイズなしでディメンションできるようになる。そしてどうやら、学園長の額縁もレンズのような効果が乗るらしく、術者のディメンション能力を遥かに引き上げる効果があることがわかった。

 シルバーパーチの街はオモナ街道に面して高い城壁があった。灌漑用に引かれた川を超えると、道は左右へと開き、右に折れた先のスロープがシルバーパーチの門のひとつへと吸い込まれていく。整備された石垣に、この10年閉じたことのない大きな扉と、少し離れて番所があり、そこに幾人かの役人はいるが、門番はいない。門を通るものはみな無口になり、目を伏せる。この町で最も多く、ひとの命が奪われた場所だ。

 街へ入ると中は開け、数キロ先の山肌まで玩具の町並みが続く。城塞都市にふさわしく視線が通る場所は限られるが、時折狭く切り込んだ空の青に城や教会の鋭角の影が見える。内にはまた幾重にも城壁があり、それぞれ大地主の屋敷を囲み、その壁の長さが力を誇示する。用水地を超えると、小さな森が見え、その向こうにこれもまた長い壁を誇る寺院があり、雛菊牧場デイジーランチにいた仲間たちはそこで暮らしていた。

「ファデリー閣下のことを聞きたい」

 挨拶も早々、エレーナに訊いた。

「ああ、ええっと、ヴァラー騎士団の?」

「そう。イエスの細胞がなければ助からないはず。誰が支援してるの? どうしてアルミナ姫ではなく、マルロー伯についたの?」

 エレーナは問に答えず――

「奥でカボチャを育ててるんだよ。収穫の手が足りないの」

 そう言って、ひと差し指を一本唇に当てた。

 ――ここでは言えない。

「わかった」

 農園でカボチャの収穫を手伝いながら、エレーナ含む昔の仲間たちにマインドリード。状況把握。復活したファデリーは偽物で、その正体はキャバレーロだった。

 好都合なことに、双子原ふたごばるではキャバレーロは死んだことになってる。しかもファデリーは赤ん坊の頃に人目から隠され、その容姿を知る者はいない。そこに「イエスの細胞」の噂が重なり、「ファデリー復活」のナラティブに説得力が生まれた。

 キャバレーロをファデリーに仕立てるのはマルロー側からの依頼で、騎士団統一後には雛菊牧場デイジーランチには国が与えられると確約されている。

 雛菊牧場デイジーランチは、牧場とは名ばかりの花売婦カローリスタのコミューンだった。ずっと社会から搾取されてきた。その彼女らが、社会から土地を奪い、国を建てるのだ。彼女たちからしたら、胸がすくような思いだろう。だけどその国は「誰かから奪った土地」だ。はたして、零はどこにあったか。

「新しい国ができたら、アリスロッテにも住んでほしい」

 無邪気にいうエレーナを、わたしは責めることが出来なかった。

 その後すぐ、マルロー軍がギフ領へと進軍を開始する。ギフ領には魔法院の奥院がある。魔法院が持つ技術が狙いか。マルロー軍はそもそも魔法使いが少なく、その不利を埋める必要がある。魔法院に深くコミットするようになったのも戦後になってからだ。グレイスの生死は不明。

 また、キア領にはヴェルデを慕って魔女っ子が集結し始める。アンノウン将軍は垓亜駆軸ガイ・ア・ギアを掌握したという噂もあるが、だとしたら垓亜駆軸ガイ・ア・ギアに弾として込められるのは魔女っ子たちだ。

 そして、ヴァラー騎士団には魔法院の重鎮、シシリールーとカルガモのふたりがつく。おそらくカルガモは復活したファデリーが偽物だと見抜いているはず。事実、マルロー軍との散発的な衝突が増える。目的は、真のファデリーを奪還し、マルローの嘘を暴露することだろう。それにしても、シシリールーとカルガモが手を組むとは。このふたりなら、マルロー全軍を蹴散らすことも造作ないだろうに。

「わたしたちはもう、半ば世界の外側にいる」

 とは、シシリールーの弁。

「所詮、猿山の猿だ。秩序は自分たちで築くしかない」

 同、カルガモ。

「本当のファデリーを復活させたい」

 わたし。

「させてどうする?」

「アルミナ姫のもとに戻す。それで騎士団が正常化するかどうかまでは知らない。だけど、そこまではやりたい」

B 学園祭強行!

 学園に戻ると、チノの姿はなかった。幾人か残った魔女っ子見習いに聞くところでは、魔法院へ帰ったのだという。たしかに、ウィッチリア学園はもう機能していないし、交換留学も意味を失った。

 そしてこんな状況でありながら、トイレの浄化槽そばに芸夢王カード部は残っていた。

 わたしは、魔法銃クルシン・デシネを持って、芸夢王カード部を訪ねる。部長硝子牙グラッシーファング以下、部員8人が狭い部屋でカードに興じている。よく飽きないな。

「処女聖来たwwww」

 すっかり処女聖が定着してる。

「だれが処女聖だ」

「それがしの失言であり申したwwww アリスロッテ閣下に敬礼wwww」

「敬礼wwww 得意技wwww 敬礼出たよ~~wwww」

「オタトークはいい。アニメを見せてくれ」

「おっwwww ついにこちらの世界へwwww」

「地獄へようこそwwww」

 とりあえずなんでもいいのでアニメを選んでもらって、アフタートーク。

「……終わったwwww」

「あの支配からの卒業wwww」

「さようなら、全ての『絵蛮外吏苑』wwww 正直、アンノウン将軍が『着地』にこだわるとは思わなかったwwww 旧劇の『気持ち悪い』で突き放した時代が懐かしいwwww」

「でも、あの村のシークエンスって、完全にドミノ将軍へのアンサーwwww あるいは『ドミノ的なるもの』からの脱却wwww」

「まさにwwww ドミノ将軍が『社会と個人の相克』を、記号化された戦争の中で描くのに対し、アンノウンは『自分と世界の境界線』を、アニメという殻を破ることで描いたwwww」

 と、オタトークに花を咲かせていると、魔法銃に憑いていたドミノ将軍が姿を見せた。

「……ったく、おまえたちは。表層の理屈だけで作品を語るんじゃないよ、気持ち悪いなあ」

「これはwwww」

「ドミノ将軍wwww」

「アンノウンがどうとか、俺へのアンサーだとか、そんな小賢しい分析でアニメを観て満足してるから、今の若いのはダメなんだ。アンノウンがやったのは、単なる『後始末』だよ。彼が30年近く抱え込んできた私的なウジウジした情念に、ようやくケリをつけた。それだけの話だ」

「架空の物語のなかで言う言うwwww」

「俺が『異手怨』や『元陀無』でやろうとしたのは、人類という種が抱える業そのものをどう突破するかという、もっと絶望的なまでの生存本能の話なんだ。それを『父殺し』だの『メタフィクション』だのと記号化して、自分たちが分かった気になれる箱に押し込めるのは、表現者に対して失礼だと思わないのかね。彼はね、宇部市の駅前を実写で出した。あれは彼なりの、アニメという虚構に対する敗北宣言かもしれないし、最大の愛憎表現かもしれない。でもね、君たちがそこで『卒業だ』なんて綺麗にまとめて感動してる暇があったら、その足で外へ出て、もっと生々しい人間に触れなさいよ」

「ちょっと言っていい?」

「おお、アリスロッテか。構わんぞ。言ってみろ」

「初代『元陀無』はドミノ監督作品のなかでは異質だと思う。『皆殺しのドミノ』らしくない作品とも言える。特にラストシーン。あそこで『特攻』していたら、『ああ、ドミノだなぁ』って感想だったと思うんだけど、あの、それまでのアニメのセオリーを捻じ曲げてでも、『特攻』をさせなかったのって、脚本のスターマウンテンさんじゃないんですか? あのひとは他の作品でも一貫して子どもたち中心のジュブナイルを描いてる。∀元陀無なんか、ファースト元陀無のオマージュとして始まりながら、侵攻する側の心理を描いてる。それらの世界観を作ったのは、スターマウンテンさんじゃないんですか?」

「それに関しては、ノーコメント」

「ノーコメントwwww」

「ドミノ将軍がノーコメントwwww」

「あなたはそれを簒奪した。『逆襲の者在』は初代からZZまでの『元陀無』を精神分析的に解釈して再配置した二次創作に見えるし、わたしはそこに作家としての視点を感じない」

「処女聖っょぃwwww」

「そういう業界的な話はどうだっていいんだよ。こっちは、純粋にテレビ画面の向こうにいる視聴者に対して作ってんだから」

「だったら雑誌への露出は控えるべきでしょう。フリーになって、代表作が必要になって、金のため、仕事のためにピエロになったって言うかもしれないけど、そうやって視聴者を踊らせた責任はあるし、アニメのコンテクストを一段階メタ側に引き上げたのは、あなた自身ですよ? あなたが虫プロで縁の下の仕事を続けてたら、こうはならなかったんじゃないですか? それでオタクの側をいちいち批判する筋が通るとでも?」

「そこに持っていくかぁ?」

「でも今日は、アニメの話をしたくて呼び出したんじゃないの」

「じゃあ、帰るわ」

「ドミノ将軍wwww」

「おつかれっしたぁwwww」

「帰らないで。アンノウン将軍に会いたいんだけど、手引してもらえる?」

「手引? なんで俺が?」

「殺戮の連鎖ドミノを終わらせる」

「終わらせるって、軽く言うけどね、あんた。いったいどうやって?」

「リヴァイアサンが落ちたいま、最大の力を持っているのは垓亜駆軸ガイ・ア・ギアを擁するキア領だ。キアの暴走を抑え、次にファデリーを騎士団の長に復帰させ、騎士団とマルロー軍の間に和平を結ばせる」

「キア領に集まったのは、マルローの暴虐で家族や友人を惨殺された連中だ。どうやって抑える?」

「マルロー以下、戦犯全員を集め、被害者の代表であるヴェルデ・クローバーに処刑させる。ヴェルデが満足したところで処刑は終わり」

 茶室の四次元額縁から、キア領の垓亜駆軸ガイ・ア・ギア施設内へ移動。アンノウン将軍の所在は秘匿されていたが、ドミノ将軍から聞いた「合言葉」を使うと、スムーズにアンノウン将軍までたどり着いた。

 その執務室。

 扉が開き、一歩踏み込むと、見覚えのある黒いパラソルを差した人影が見えた。

「は~い♪ アリスロッテ、こんなところにまでアタシに会いに来たのぉ?」

 男の体格、野太い男の声だったが、ベルカミーナだった。

「ベルカミーナ……?」

「あーらアリスロッテ、せんせーのこと呼び捨てにするなんて、ヒドイんじゃない? マスター♡ とか、プロフェッサー♡ とか、ユア・マジェスティ♡ とか、いろいろあるじゃな~い♡」

 混乱して意識飛びそう。

「デネア姉さまの身体はどうなったの?」

「クジラのなかに保管しておいた魂を戻しておいたから、心配ないわ♪ 魔女っ子たちに介抱させてるし、もう目覚めてるんじゃなぁ~い?」

 デネア姉さま、身体を乗っ取られてる間に妊娠しちゃってるんだけど……。

「ところで、なにしに来たのぉ~? まさかデネアの身を案じるだけぇ~?」

 いや、それにしても、アンノウン将軍の身体を奪ったのはいいとして、アンノウンの魂は? というか、なにを企んでいるの? ――いや、混乱してる場合じゃない。

「戦争を止めたい。キア領の民がマルローへの恨みを持っているのはわかっている。その恨みは晴らさせる。だから……」

「あら♪ すごいことを考えるのね♪ それじゃあアタシも協力しちゃうわ♪」

 え? すんなりと?

「でも、戦争が終わってもアタシを止めたりしないって約束してねぇ~♪」

「何をするつもり?」

「知ってるでしょう? 『零』に戻すのよ♡」

「……? 『零』とは?」

「んー、どう説明しよっかなぁ~♪」

 メガネでモジャモジャ頭の小太りの中年がシナを作る。

「人口千人で、内戦ばっかりして、みんな不幸な国、A国があります。

 かたやB国は、元から住んでた原住民百人を殺しちゃって、おかげで侵略者たちはみんな幸せに暮らしています。

 A国はもう何百年も不幸なまま。B国では、侵略や虐殺があったことなんて国民は忘れて、みんな幸せで文明も発展しています。あなたは、A国とB国、どっちに住みたい?」

「そんなの、ただの誘導尋問じゃん。答えるだけバカバカしい」

「そうね♪ 誘導尋問かもしれないわね♪ 種明かしするとね、A国の5百年後がB国なの♪ A国でも、原住民を抹殺したら、5百年後はB国になれるわ♪」

「だから、A国では、少数者を虐殺すべきだって話?」

「そう言ってるのはアタシじゃないわ♪ むしろアタシ以外のすべてのひとがそう言ってるの♡」

「じゃあ、あなたはどう思うの?」

「言ってるじゃない♪ 零に戻すのよ♡」

「零ってなに?」

「あたしいま、イエスの細胞を改造して、イプスの細胞を作ってるとこなの♡」

「イプスの細胞って、なに?」

「受精卵を使わず、血液から作る万能細胞。どういうことかわかる? つーまーりー♪ 男の細胞からでも作れるの♡」

 ベルカミーナとの会話はいつも正気を揺さぶられる。そんな万能細胞なんか存在してはいけない。その直感はずっとぐずぐずと下腹を疼かせている。

「そんなことできるの?」

垓亜駆軸ガイ・ア・ギアは、人間からいくらでもエネルギーを取り出せるし、それを使えば、すぐよ♪」

「それで……零に戻すってなに?」

「たとえばマルローってひとが悪ぅいことしてるんだったら、殺すんじゃなくって、イプス細胞1っ個に戻して、そこからまた本人を培養するの♪ そうして正しい人間に教育しなおしたら、ちゃーんと本人の遺伝子も残るし、みーんな幸せになれると思わなぁ~い?」

「狂ってる……」

「狂ってる? それは、あなたたちが? もしかして、アタシのことを言ったの?」

 このあと、ヴェルデにも会った。

 わたしからの提案は、魔女っ子の力を合わせて、マルロー一味全員を捕縛し、ひとりずつ自分たちの手で処刑すること。魔法を使えば造作もない。事実わたしは、双子原ふたごばるでそうやってきた。だけど、ヴェルデは賛成しなかった。

「ひとりずつ処刑するのは、わたしたちがやらなきゃいけないことなの?」

「だってそれは、恨みを持ってるひとがやるべきでしょう?」

「ヴァラー騎士団は、マルローの犯罪を許し、何もしてくれなかったうえに、殺人の苦しみまでわたしたちに背負えっていうの? それで恨みが晴れると思う? わたしは晴れない。世の中のみんなが『そうだマルローは間違ってた、騎士団になし得なかった新しい世界を作ろう』って言い出さない限り、わたしの恨みは消えない」

 そういってヴェルデは泣き出すから、わたしも抱きとめて泣くしかなかった。

 ――世界に変わってほしいの。わたしは。恨みではなく。

 それから――デネア姉さまにも会った。

 魔女っ子からはベルカミーナに次ぐ信頼がある。ベルカミーナが、自分の実験のために魔女っ子を「エネルギー源」として使うかもしれない、止めて欲しいと頼むと――

「生きていたほうが幸せなら、誰だって生きる道を選ぶ」

 目を伏せて、静かに漏らした。

 ――人生は楽しい。幸せにこそ価値がある。ならば、不幸なだけの人生の価値とは。

「あなたにもわかるでしょう? 復讐にしか楽しみを見いだせない子だっているって。上官に命じられた無駄な特攻死しか知らなければわからないでしょうけど、『垓亜駆軸ガイ・ア・ギアで町をひとつ消滅せしめる』と聞いて、喜んで命を差し出す子は無数にいるわ。もちろん、わたしもそのひとりよ」

 デネア姉さまが口にした言葉は、わたしの心臓で死の高揚を含んだ痛みになる。

『一人一殺』という言葉を聞いたことがある。とある右翼のテロリストが口にしたスローガン。その言葉はテロリストたちの間に広まり、右翼、左翼はおろか、フェミニストまでが使うようになった。そのテロリストは、元は僧侶だったという。――デネア姉さまの伯父はわたしが殺した。いま姉さまのお腹には、ベルカミーナに乗っ取られていたときに孕んだ子がいる。

「ところで、あなたの計画――ファデリーを復活させる件――わたしが手を貸せると思う」

「ほんとに?」

「ええ。ベルカミーナの助手ですもの。わたしにもイエスの細胞を作れるわ。でも、受精卵が必要になるわね」

「それって、わたしがだれかとセックスすればいいってこと?」

「それが手っ取り早いんだけど、精子さえ持ってきてくれれば、あなたの卵子に受精させて、そこからイエスの細胞を作れるわよ」

 精子をわけてもらう――

 これたぶん、ステディがいるか、遊びまくってるかしてないと、かなり難易度が高い。ひとによっては毎晩浴びてるかもしんないけど、いまのわたしには、コートかイディかブサイクたちしかアテがない。

 ブサイクたちは、わたしが命じればなんだかんだ言いながら用意してくれる。でもそれは、彼らの非モテのブサイクにわたしが付け込んだことになる。コートに事情を話せば、もしかしたら聞いてくれるかもしれないけど、たぶん「レイちゃんにも確認を取ります」ってことになるし、レイチェルが了承すると思えない。

「こんにちはー。イディいるー?」

「あ、こんにちは。リンじゃなくて、俺?」

 玄関先にはイディが出た。リズは奥で赤ん坊を抱いている。

「ああ、うん、両方。リズにも聞いてもらわないといけない」

 リズに事情を話す。

 ヴァラー騎士団のファデリーを復活させるために、受精卵が必要になる。そのためにイディの精子が欲しい。――そう話すと、リズは露骨に嫌な顔を見せた。想定内の反応だけど、辛い。嫐城うわなりじょうに行けば、毎晩無数の精子が吐き出され、捨てられている。それなのにどうして、うちに来たのか、と。

 少し、話した。

「――あんたがやってることって、世間から見たら『おぞましい』ことだよ? 見向きもされないどころか、非難されるよ?」

 同じおぞましさを、ずっとベルカミーナに感じてきた。チノに言わせれば、貨幣経済によってアブジェクシオンされたもの。わたしが見てるのは、自分の思考の悍ましさなのか、貨幣経済の悍ましさなのか。

 イディとリズは、しばらく台所でふたりで話して、リズだけ戻って来る。

「イディがOKだっていうから、ちょっと待ってて」

「ありがとう」

 わたしが用意した容器を持って、イディはバスルームへ。

 そして、また少し、話した。

「わたし、本当は嫌だった。トビチノ村で、みんなフリーで交わるのが」

 リズが言った。リズが無理してるのは、なんとなくわかってた。

「イディね。実家に帰ると、妾はもう二人確定してるんだって。一応、わたしが正妻になるみたいだけど、もしこの子が、イディに似てないなんて言われたらって思うと、不安でしょうがないの」

 話してるとイディの作業が終わって、居間に戻る。手に持った容器には、純粋な白い精がある。それを手渡すこの光景の悍ましさはなんだろう。イディの実家の古い習俗よりも、この瞬間のわたしの方が悍ましいのは、どうしてなんだろう。

 リズの家を出るとき、別れの挨拶のあと、こう言われた。

「もうわたしたちには関わらないで」

 それから、デネア姉さまに会った。受精卵を手渡し、そのあとでカルガモの元へ。カルガモの傍らには案の定チノがいて、アシスタントを務めていた。吐き気がする。チノに事情を説明して、イエスの細胞が完成したら、ファデリーを復活させるように手配。エレーナにも会って、事情を話しておいた。これでもう、わたしの戦争はお終い。すべて見届けたら、双子原ふたごばるに戻ろう。

 ウィッチリアに戻り、茶室へ向かうと硝子牙グラッシーファングと出くわす。

「なにしてるの?」

「フレア殿に呼ばれましたwwww」

「フレア来てるの?」

「みんな揃ってるらしいですwwww」

「みんな? みんなって?」

 茶室に入ると、フレア、チノの他に、ヴェルデ、グレイスがいた。わたしの後に硝子牙グラッシーファングがにじり口をくぐる。

「グレイス、生きてたんだ」

 開口一番がそれだった。

「ええ、2日ほど意識がなかったみたいだけど、なんとか。アリスロッテこそ、よく生き延びたわね」

「あ、うん。自分でもそう思う。ところで、なんでみんなで集まってるの?」

 わたしが聞くと、フレアが答える。

「学園祭をやるの。みんなで」

 不意を撃たれ戸惑う2秒半。

「ええっと、世界情勢とかいろいろ……」

「考えるのやめることにした」

 つまり、みんなも一緒か。

「アリスロッテもやるよね? 学園祭」

 ヴェルデが訊いてくる。そっちこそ、魔女っ子たちのことは? と思ったけど、訊くのはやめた。

「あー、うん、いいけど、レイチェル抜きでやると、あいつブチ切れるよ?」

「あんなヤツ、切っちゃいなよ」

「軽々しく言わないの。フレア。親友なんだよ? アリスロッテの」

「あ、いや、親友じゃないけど」

「そうなの?」

「腐れ縁というか、悪友というか、わたしも元彼盗られたのになんで仲良くしてるのか常々わかんなかったーみたいな?」

「じゃあ、守銭奴は抜きで、わたし、アリスロッテ、グレイス、ヴェルデ、チノの5人確定」

「ラズベリィは?」

「アンノウン将軍の付き人になったので、離れられないんじゃないかしら?」

「アンノウン将軍って?」

 フレアが聞き返す。

「キア領の将軍。ドミノ将軍の後釜」

 このへんの事情に通じてるの、わたしくらいじゃないかな。ドミノに会ったのわたしだけだろうし。

「それと――」

 どうしよう。言いかけて戸惑っていると、ヴェルデが付け足す。

「いま、ベルカミーナが身体を乗っ取ってる」

「ええ~~~~~~~~っ!?」

「乗っ取ったってなにごと!? デネア様はどうなったの?」

「デネア姉さまなら、クジラのなかに意識を移されてたから、それを以前通りに戻したみたい」

 そこからちょっと脱線。お茶菓子つまみながら、めいめいでお茶を点てて、足伸ばしたり、寝転がったり。

「で? 学園祭って、具体的にはなにをするの?」

「そこで、硝子牙グラッシーファングの出番」

 女子が苦手な硝子牙グラッシーファングは、茶室の隅で小さくなってた。

「どもwwww」

 小さく頭を下げる。

「魔女っ子美少女劇スペクタクル『ぐるぐる☆デリヴァー!~漂流デリーヴせよ! 少女たち!~』を演るの!」

 もういいか!

「乗ったぁっ!」

 みんな、いろいろあるだろうけど、何も言わない! 哀しみも苦しみも飲み込んで、わたしたちのステージが始まる!


困惑するアリスロッテシリーズ①

魔法のアバンチュール

困惑するアリスロッテシリーズ②

処女聖アリスロッテの帰還

@sonovels
さよならおやすみノベルズという個人小説レーベルで地味に書いています。サイトで読めばタダ。Kindleで400円。 sayonaraoyasumi.github.io/storage