第10話 アウシュヴィッツの後に詩を書くこと

愁羽淋
·
公開:2026/3/9

第10話 アウシュヴィッツの後に詩を書くこと

A 永遠の平和のために

 硝子牙グラッシーファングは学園祭の出し物のシナリオで悩んでいた。

「セリフが多すぎて、ト書きが書けないwww」

 うにもやはバカなので、こうアドバイスした。

「ト書きなんか誰も読まないっすよwww 大丈夫っすよwww」

 雨の森に派遣されたマルローの兵は2万にのぼったが、地形的な制約から森へと侵攻する人員は半分に満たず、多くの部隊が迂回を余儀なくされた。森へ入った部隊も経路は限られ、前線も伸び、百に満たない魔法使いに苦戦を強いられる。魔法使いの多くが遠隔盗視クレアヴォイアンスを使え、遠隔で血液を凍らせることができた。あるいは耳から蛭を侵入せしめるのも造作ない。同じ魔法使いになら対抗手段はあるが、そうでもなければ新しい魔法の実験材料だ。一気に押し込めない状況では、魔法使いに勝つ手段はない。だが、間もなく魔法院の動きにストップがかかる。このとき、夜哭城やこくじょうへと向かった魔法使いはわずか92名だと言われているが、その半数が開戦の翌日には引き上げた。理由は、それぞれの所属する領からの帰還命令。マルロー伯は魔法院に対して多額の支援を行ってきた。そも雨の森の作戦に参加する魔法使いは本国の意志に縛られない者に限られており、騎士団のなかでもマルローに与する者が増えるとともに、騎士団に対抗しうる魔法使いの数も絞られていった。

 結果マルロー軍は、数百の犠牲は払うものの夜哭城やこくじょうに到達、その地下に封じられるリヴァイアサンの解放に成功する。解放、使役したのはウィッチリア学園出身の魔女っ子、グレイス・ミストだった。マルロー側の作戦は「ミッション:永遠の平和のために」と題され、リヴァイアサンを手にしたあと、従来のヴァラー騎士団に代わる「新騎士同盟」を提起した。

 ラハガキセの戦いから10年が経つが、天下統一がなされたとは言いがたかった。国境では相変わらず諍いがあり、元の国から独立して新たに建国するならず者もあとを断たない。原則的にはラゴールの王室がこれをコントロールするのだろうが、王室は実質的にヴァラー騎士団の傀儡と成り下がっていた。そのヴァラー騎士団も、正統の後継者は行方不明、その総代となる妹のアルミナも病に臥せっている。マルローによる魔法院管理地への侵攻は、本来ならばクーデターであるが、おそらく多くの者がこれを望んでいた。そして、この勝利によって、ラゴールには平和が訪れるものだと、多くの者が確信した。

 この話を、茶室でチノから聞いた。

「で?」

 こっちがわたし。

「で? といいますと?」

 こっちがチノ。

「マルロー伯の政権掌握でなんの問題もない気がする。わたしたち魔女っ子ってなんだったのって感じ」

「でも、リヴァイアサンを使ってマルローが何をしでかすかまではわかりませんわ」

「でもそれ、しでかさないと裁けなくない?」

 そもそもが騎士団内部の問題だった。

「カッコつけて」

「そもそもが騎士団内部の問題だった。これでかまいませんの?」

「OK」

「騎士団の権力がアルミナ姫から、マルローなり誰なりに委譲されてたら、そもそも国が混乱することもありませんでしたの。わたしたちは、アルミナ姫が正しいという前提で動いてましたけど、根拠はありますの?」

「いまさら? フォルハート家はそもそもラゴールの王室に40代仕えてきた、神話の時代からの英雄なのよ?」

「ええ、知ってますわ。だけど、それが正義である根拠になりまして?」

「……いや、……って、あれ? まあそうだけど、でもそうなると、悪役、いない?」

 がらがらっと、にじり口からフレアの顔が覗く。

「ねえ! 『ぐるぐる☆デリヴァー!』がおかしなことになってんだけど!」

「おかしなこと?」

「すぐ来て! 練習見たらわかるから!」

 

 講堂の特設ステージ。

「出たな! 我が祖国、ゾネスより働き手の男たちを徴兵し、死に至らしめたヴァラー騎士団!」

「ぐうぇっへっへ。すべてはアルミナ女王様の野望のためだっ! その少年もいただいていくっ!」

「そうはさせないっ! ゾネスコーラを飲んで変身よっ! セット・アップ! ゾネス☆ウィッチィーズ!」

 会場にはゾネスコーラの広告がたくさん貼ってある。

「なにこれ?」

「うにもや連れてきた!」

 シナリオを書いたうにもやが耳を引っ張られて連れてこられる。

「痛いwwww たまらんwwww」

「説明して。なんでこんなくだらない改変入れたの?」

「それはwwww レイチェル殿がwwww」

「あんのアマ~」

 レイチェルも耳を引っ張って連れてこられる。

「痛いっ! 痛いって言ってるでしょう!? 離しなさいよ!」

「レイチェル! 説明して。なんなのこれは」

「なんなのって? ああ、ゾネスとのコラボの件?」

「コラボぉ!?」

「そうよ。ゾネス通商連合がスポンサーになってくれたのよ。パビリオンの建築にはお金がかかるでしょう? チケットも大口で買い入れてくれるっていうし、来訪者も増えるわ」

「ちょっと待って。パビリオンってなに?」

「ラゴール全国の州や独立領が、それぞれのパビリオンで出し物を催すのよ。すでに、ハイバラッド、シーダ、イルガヤのパビリオンが内定、カイとトーサも前向きに検討中よ!」

「なに言ってんの!? 学園祭でしょう? なんで各州のパビリオンとか建つわけ?」

「はあ~? あんたこそ、いつからそんな常識に凝り固まったつまらないオンナになったの!? あんただって、トビチノ村のオンナでしょ!?」

「トビチノ村関係ないし!」

「パビリオンはいいとしてもよ!」

 フレアが口を挟む。

「ヴァラー騎士団を悪しざまに言うのは許せない! うにもや! シナリオを戻して!」

「それは無理よ! ゾネスとの契約違反になる! そうなったらあんた、違約金払える!? ざっと10億はくだらないわよ!?」

「あんたが勝手に契約したんだから、あんたが払いなさいよ!」

「残念ながら、わたしの駄菓子屋は帳簿マイナスで支払い能力はないし、わたしだって有限責任の株主だから、投資した資本金の10万円までしか債務を負う義務はないわ!」

「ぐぬぬぬぬぬ! ねえ、チノ! これってどうなるの!?」

「まずは契約書の確認、それから先方の意志を確認することではありませんの?」

「わかった。生徒会調査部に依頼するわ」

「へぇ~、勝手にすればいいわ! でも、お金を集めてるのも、宣伝してるのも、チケットの販路を拓いたのもわたしだって忘れないでね!」

「勝手にするわよ! もしシナリオを変えられないんだったら、生徒会長権限で学園祭は中止よ!」

 ぽんぽん。

 わたしはフレアの肩を叩いた。

「とりあえず、調査を待ちましょう」

 

 マルロー伯の狙いは明らかだった。ヴァラー騎士団体制の転覆。ヴァラー騎士団には、40代に渡り王家に仕えてきた伝承があるが、同時に、王家の犯した罪のすべてをヴァラー騎士団が負っているのも事実だった。反政府組織の髑髏党が支持を集めているのも、ヴァラー騎士団の暴虐を背景にしている。

 他方、ベルカミーナは弱体化する騎士団からスーサの塔を取り返す。その翌日にはニコラス・ケイジ天文台も。こうなると魔法院でもベルカミーナの存在感が増し、ヴァラー騎士団に肩入れしていたカルガモット卿の立場は危うくなる。日を追うとともに魔法院VS騎士団の対立構造は、ベルカミーナVSマルロー伯の対立へと変化していった。そして、それはとりも直さず、師ベルカミーナと、弟子グレイス・ミストの対立を意味していた。

 わたしとフレアとで茶室に入ると、チノとヴェルデがいた。魔法院に行っているはずのヴェルデが。

「ヴェルデ? 戻ったの?」

「ううん。魔法院にもにじり口があって、入ってみるとここだったの」

 さすがは次元創造官ディメンション・クリエイターギー・ドゥボールが作った茶室だ。常識を超越している。これは果たして、神の計画ごつごうしゅぎなのか、次元を超越した漂流デリーヴなのか。

「学園祭はどう? ちゃんと準備進んでる?」

「その話よ」

 フレアが不機嫌に吐き捨てる。

「あのレイチェルってクソアマが、勝手にアマ祖根洲ゾネスの国のスポンサーつけて、ゾネスコーラの広告入れやがった」

「レイチェル、相変わらずみたいね」

「あいかわらずじゃないわよ、もう」

 チノのお点前が始まる。茶器を清める布の擦れる音さえ、上質な音楽に聞こえる。無駄のない動き。指先の一つ一つにまで神経が通り、その軌跡が空中に見えない線を描く。その茶筅で回すは、なつめのお薄か、この宇宙か。

「あいつは男子生徒を次々に食い物にしてるし、うにもやに未成年BLを書かせてるクソだ」

 あ、レイチェル、やっぱそういうことやってたんだ。

「でもそれは風紀委員の管轄で、わたしが感知する話でもない。だけど、ヴァラー騎士団の愚弄は許せない。ラゴールの発展を支えてきたのは、騎士団だ」

 フレアが怒りを顕にする。

「お茶をどうぞ」

 チノが薦め、フレアが受け取る。

「でも、ヴァラー騎士団は、マルロー伯に蹂躙されるわたしの村を助けてはくれなかったわ。使者も出したのよ?」

 諌め、言い聞かせるように、ヴェルデ。

「それは……騎士団にだって考えはあるだろうよ」

 口を尖らせるフレア。お互いに目を合わせることなく、ヴェルデが続ける。

「わたしの叔母はその後、マルローの騎士団に従軍させられたわ。どんな格好でだと思う? 全裸でよ? 逃げ出さないように。しかも、最後には殺されるってわかってて従軍するのよ? 1分でも、1秒でも生きたいから。最後に銃殺されるときも、処刑場へのわずか10メートルを、逃げ出しもせずに、自分の足で歩くの。同郷の女たちが何人も折り重なっている壁の前に。自分で歩けば、その10メートルを生きていることができるから。たった5秒か、10秒長く生きるために、自分の姉妹、従姉妹たちが折り重なる、壁の前に、歩くの」

 重い。

「でもそれは、マルローの部隊がやったことだから」

 フレアの声も沈む。

「じゃあなぜヴァラー騎士団はマルローを裁かないの? 従軍記者の手記にあるし、アルミナ姫も知ってるはずよ」

「お茶をどうぞ」

 チノが薦め、フレアが受け取る。

 にじり口をノックする音。

 戸が開き、グレイスの顔が見える。

「あら。夜哭城やこくじょうにもにじり口があったんで、入ってみたら、ここに通じていたのね?」

 ギー・ドゥボール、恐るべし。

 ヴェルデは立ち上がり、席を外そうとするが、チノが留める。

「ここにいて。ヴェルデ」

「どうして?」

 苛立ち紛れに吐き捨てるヴェルデに、チノは応えない。グレイスのためにまた茶を点て始める。

「グレイス。説明して。マルロー伯のせいで、ヴァラー騎士団が責められてんだけど」

 フレアが問う。緊張が走る。

「過去にいろいろあったことは知ってる。でも、過去のことでしょう? 百年後のことを考えて。マルロー伯が騎士団を掌握して、ラゴールの中枢に入れば、戦乱は抑えられるし、やがて来る世界的な破局にも対抗できる。これは、わたしたち人類が生き延びて、永遠の平和を築くためなのよ?」

 ヴェルデは拳を震わせている。

「許せっていうの? マルローの犯した罪を。ラズベリィ見たでしょう? 花売りか詐欺しか生きていく術もない、命がけで馬車に当たって、タニシ食べて死にかけてるの見たでしょう? それが過去の話?」

「戦争なんだから仕方がないよ。ドミノの軍だって、被害は承知の上で戦ったんだ」

 マルローに恨みがあるはずのフレアが。グレイスを庇う。

「ラズベリィとスグリがどんな覚悟をしてたって言うの? 戦争の被害者でしょう!?」

「たしかにそうだ」

 受け答えるグレイスは穏やかだった。

「わたしの言い方が間違っていた。『わたしたちには、過去を変えることはできない。だけど、未来なら変えることができる』ではどうかな?」

 その冷静さがまた、ヴェルデを苛立たせる。

「法治国家ってなんだと思う? 暴力を国家が独占することで成り立ってるの。ひとを殺すと罰される――それは、国家が暴力を独占し、国民は国家にそれを委譲してるからなの。それが成立してるのは、国家が理性を持って運用されていると信じるからでしょう? マルローたちが国家の中枢にいて、『法治国家なのだから、暴力の行使は委ねてください』だなんて言って、従えると思う? それが平和な国家と呼べる? わたしには無理。罪は等しく罰されなければおかしいわ。マルローとその側近、将校たち全員の処刑は最低条件」

「そうか。それじゃあしょうがない」

「しょうがないって?」

「わたしが死ねば、リヴァイアサンを制御できる者はいない。マルロー軍は滅びる。それがもっとも簡単にマルロー伯を止める手段よ」

 場が凍りついた。わたしにはそれが、グレイスの覚悟を示す言葉か、あるいはヴェルデの口を封じようとした言葉かはわからなかった。

「答えを急いではいけませんわ」

 炉の炭が爆ぜて、その炭を静かに組み替えて、話に噛むことのなかったチノが、流れに入る。

「答えを疑え、特に心地よい答えを――ひとつの答えに満足する仕草を『同一性思考』として批判したテオドール・アドルノの言葉ですわ。答えを導けば、それは教義ドグマとなって、わたしたちを愚行へと駆り立てる」

「お茶をどうぞ」

 チノが薦め、グレイスが受け取る。

「わたしたちは互いを知ってしまった。ともだちでいるためには、走り続けなければいけない」

 にじり口をノックする音。

「また?」

「こんどはだれ?」

 戸が開く。

「失礼仕るwwww」

「こんなところにみなさんお揃いでwwww」

 硝子牙グラッシーファングとうにもやだった。

 

B 垓亜駆軸ガイ・ア・ギア

「――という、美少女劇スペクタクルwwww」

「はあ?」

「本日は新しいゲームを持って参りましたwwww」

「名付けて、貧弱栄養ひんじゃくえいようwwww 戦略型ボードゲームでござるwwww」

「おまえらちょっと空気読めよ」

「貧弱な子をスカウトして、栄養を摂らせると、モンスターを召喚するwwww」

半熟英雄はんじゅくヒーローのパクリwwww」

「あーあ、言っちゃったよ」

半熟英雄はんじゅくヒーローもそもそもエポック社の戦国大名のパクリだから問題ないwwww」

「その発言が大問題だわ」

 とりあえず、貧弱栄養で遊んだ。戦略的な思考も必要になるが、サイコロ運も必要になる。確実に勝つには他のプレイヤーとの取引も重要になるという奥深いゲーム。第一戦、自軍に3百、敵軍に7百の死者を出してヴェルデが勝利。

「わたしの軍の兵士を殺して、どんな気持ちだった?」

 グレイスが尋ねて、ヴェルデはなにも答えなかった。

「立ち止まってはいけませんの!」

 チノが立ち上がると、ミュージックスタート!

 全員立ち上がってレッツ・ダンシン!

「しかのこのこのここしたんたん♪」

「なんで踊らなきゃいけないの?」

「しかのこのこのここしたんたん♪」

「立ち止まらないためですの!」

「しかのこのこのここしたんたん♪」

「いやあ、タイトルには著作権がありませんからなwwww タイトルを連呼するだけの歌詞の使い勝手の良いことwwww」

「しかのこのこのここしたんたん♪」

「これが、Bling-Bang-Bang-Bornだと、微妙に歌詞とタイトルが違うwwww」

「しかのこのこのここしたんたん♪」

「JASRAC案件wwww」

「しかのこのこのここしたんたん♪」

 第二戦。第一戦の反省を踏まえ、まずは同盟を組める相手を探す。わたしとファングとグレイスで組んで、他の4人を分断させる。

「戦略を俯瞰すれば問題ないのに、ミクロだと人道的な問題になるの、なんでだろう」

「逆じゃない? 戦争や虐殺でひとの命を奪ってるのを、あえてマクロな見方をすることで、勝ち負けに還元してる。ゲームみたいに」

「そうか。ゲームみたいに数字化してしまうから麻痺するんだ」

「立ち止まってはいけませんの!」

 チノが立ち上がると、ミュージックスタートぉっ!

 全員スタンダ~ッ! お次のナンバーは愛のコリーダぁっ!

「あーい の こりーだ♪ ふんふんふーん ふんふんふーん♪」

「愛のコリーダ♪のとこ以外はみんな『ふんふんふーん』で歌う『愛のコリーダ』wwww」

「昭和あるあるwwww」

「おまえらいつの時代の人間だ」

「たとえば、『魔法使いの多くが遠隔盗視クレアヴォイアンスを使え、遠隔で血液を凍らせることができた。あるいは耳から蛭を侵入せしめるのも造作ない』のナレーションを読んだとき、どう思った? ヴェルデが叔母をマルロー軍から辱めを受けて殺された話を読んだときのようなショックを感じなかったでしょう? この違いは?」

「立ち止まってはいけませんの!」

「リンダリンダ~♪ リンダリンダリンダ~♪ リンダリンダ~♪ リンダリンダリンダ~♪」

「立ち止まる以前に考えさせて!」

「いいの? これいいの?」

「リンダリンダ~♪ リンダリンダリンダ~♪ リンダリンダ~♪ リンダリンダリンダ~♪」

「これがアウトなら、リンダさん生きていけない!」

「踊りながら考えますの!」

「ホネホネロック~♪ ホネホネロック~♪ ホネホネ~♪ ホネロック~♪」

「身近なことと、人類の未来を、分けて考えるよね」

「微妙! これは微妙! これがありならBling-Bang-Bang-Bornもいける!」

「オタクコワイwwww」

「考え方の違いって、どこで止まってるかだけの違い」

「おまえが言うなwwww」

「Let It Be~♪ Let It Be~♪ Let It Be~♪ Let It Be~♪」

「ヤバいwwww」

「人類の未来のためだって言えば、すべて免罪される。そういうのはぜんぶ欺瞞よ」

「ずんずんずんずんずんずんどっこ♪ ずんずんずんずんずんずんどっこ♪ ずんずんずんずんずんずんどっこ♪ ずんずんずんずんずんずんどっこ♪」

「女々しくて♪ 女々しくて♪ 女々しくて♪ 女々しくて♪ 東京さ行ぐだ~♪」

「わたしたちもこうやって」

「東京行くなwww」

「USA! USA! USA! 東京さ行ぐだ〜♪」

「東京wwww」

「全速力で止まってる」

「ミッキーマウス! ミッキーマウス! 東京さ行ぐだ〜♪」

「アウトwww」

「みなさんさようならwwww」

 わたしたちの分断作戦、見事成功かに思えたけど、最後はファングが温存していた兵ですべてを持ってった。

 

 ――もっと強い物語を被せるしかない。アルミナ姫とファデリー閣下の兄妹愛の物語を。

 そう語ったのは、キャバレーロだった。

「だから、それよりも強い物語を書いて訴えたいの」

 硝子牙グラッシーファングに相談。

「それってのはwwww」

「キャバレーロ、魔法院に洗脳されたフィアンセを刺して、自分も毒を飲んで絶命したことになってて、その美しい物語のおかげでアルーネ公のとこに志願者押し寄せてて、マルロー軍の主力をなしてるって。だからヴァラー騎士団にもそれより強い物語を書くの」

「キャバレーロを落としたほうが早いのではwwww」

「キャバレーロを落とすって? 例えば?」

「じつは死んでなくて、花売婦カローリスタの集落で愛欲に塗れて自堕落な日々を送ってるwwww」

 それ、なにげに図星なんだけど。

花売婦カローリスタを悪く言いたくない。彼女たちは、社会と結婚してるの。社会ってゆー、クソDVの男と」

「じゃあ、アルミナ姫、悪い魔法使いに騙されて、薬を盛られてる説wwww」

「お……? つまり、カルガモ卿が?」

「しらんけどwwww 悪い魔法使いがアルミナ姫を弱らせて、コントロールしようとしているwwww」

 ぶっちゃけ、それが真実って可能性もあるなあ。

 

 いくつかのことが同時に起きた。

 まずはスーサの塔でのギガントモックスの開発。

 ニコラス・ケイジ天文台に保管されていた人造アダムカドモン、すなわちデネア・スイーベルが生んだウロンコロンが利用され、短期間で80体ほどの巨人型のモックスが用意された。デネア姉さまがウロンコロンを生んだのは、まだベルカミーナに乗っ取られる前。ベルカミーナが自分の肉体を捨ててデネア姉さまに乗り換えたのは、子を生むために若返ったのだと言われている。すなわち、改良された第二のウロンコロンを作り出すために。

 他方、雛菊牧場デイジーランチのキャバレーロは周辺国との連携を深め、一大勢力を形作りつつあった。キャバレーロが生きていることで、アルーネ公の欺瞞は暴かれ、それを擁するマルローの行動にも疑問が投げられようとしている。

 そしてもうひとつ、フレアに召喚命令が下った。

 地元の支援者の元へ帰るのだという。魔法院の動きを察知してのことだろう。このまま魔法院に残れば、フレアはベルカミーナの下で戦う。相手はマルロー伯の率いる騎士団になるが、いままでの口ぶりから察するに、フレアの地元と騎士団は近い関係にある。

 そして、フレアの離脱によって、学園祭の準備は暗礁に乗り上げた。

 魔女っ子劇脚本の改変以来、文化部はレイチェルを推し、体育部はフレアを推して対立していたが、このバランスを失い文化部が学園祭を掌握、体育部は正式に離脱を表明、学園祭当日に体育祭をぶつけると宣言した。ここで揺れたのが、マーチング部とダンス部だった。吹奏楽部は早々にレイチェル側の支持を表明したがマーチング部はチアリーディング部、並びに応援団との関係が深い。ダンス部もまた、表現において軽音部、クラッシック部、吹奏楽部とのつながりが深く板挟みになる。山岳部もそうだ。サイクリング部も巻き込んで、どちらへつくかの舌戦が繰り広げられた。

 そして、事件が起きた。

 体育部連盟は建築中のパビリオンを囲んでトラックを整備、侵入する馬車を妨害した。

 

「ちょっとキア領まで行ってくる」

「急にどうしましたの?」

「また魔法院から呼び出し。交換留学生を出せって言うんだけど、もう無理じゃん。だからわたしがヴィゴでスポット参戦。それでお茶を濁すことにした」

「どうしてキア領?」

「マルローの軍が侵攻中。グレイスもいるみたい」

 キア領にはドミノ将軍が作りかけていた垓亜駆軸ガイ・ア・ギアが残されている。人間の霊体を弾にして吐き出す狂気の兵器。その携帯機である魔法銃クルシン・デシネはわたしが持ってるけど、キアにはその本体が眠っている。

「貴族の紐付きの魔道士しかいない魔法院にはもう、戦える人材がいない」

「わかりました。死なないでくださいの」

 ヴィゴを駆って上昇、マルローの主力部隊は南陽街道を行軍中と聞き、そちらへ、全速力。いくつかの騎士隊が合流しているらしく、飛翔してくる魔法使いの姿が見える。距離をとって、警告のためか、いくつか魔法弾を打ち込んでくるが、こちらから応戦の姿勢を示すとすぐに退散する。マリウスやカルガモクラスは混じってない。ヴィゴのぶんこちらが有利か。刹那、水系の異界点エミッターが展開される。

 空中戦で水系?

 メイルシュトロームもツナミも意味がないし、アシッドレインは範囲が広すぎる。ウォーターガン? それにしたって、距離を取れる空中では不利だ。異界点エミッターはゆっくりと、巨大な渦を作り出す。渦を構成する流体は水蒸気か? 直径2キロはあろうかという巨大な渦……しまった! そう気がついたときには、わたしを囲んで巨大な龍が姿を現していた。リヴァイアサンだ。

「ヴィゴ! スライスバック! 下方から離脱!」

 が、リヴァイアサンは全身を壁にしてわたしの離脱を防ぐ。

 魔女っ子リンクでグレイスが話しかけてくる。

「邪魔しないで、アリスロッテ。抵抗しても無駄よ」

「マルローは何をするつもり?」

 ヴィゴで旋回。全方位リヴァイアサンに囲まれ、こちらの高度に合わせ躯体をくねらせる。

「極秘だけど、教えてあげる。垓亜駆軸ガイ・ア・ギアの復活」

「なんのために?」

「抵抗勢力の手に落ちるのを防ぐためよ。これを使ってどこかを侵略するつもりじゃないみたい」

 周囲はリヴァイアサンと、その作り出す気流とに囲まれている。巨龍の頭部はわたしの周囲を円を描いて巡り、突如向きを変えてわたしに向かってきた。

「避けて!」

 間一髪。

「ごめん、アリスロッテ。攻撃命令が出た。わたしも自分の命を守らなきゃいけないから、攻撃させてもらうわね」

「なに勝手なこと言ってんのよっ!」

 リバイアサンが駆けた空に濃密な霧が軌跡を曳く。それは霧と呼ぶにはあまりにも重く、質量を伴い、轟々と音を鳴らしては幾重にわたしを取り囲み、空に浮く水流を形作る。

「離脱をっ!」

 ヴィゴに命じるが、高度を下げることを躊躇う。確かに、この水流を操る敵と地上では戦えない。しかしこのままでは――

「ピンチのようだな、魔女っ子」

 って、この空の上で声をかけてくるのはだれよ!?

「俺だ。皆殺しのドミノだ」

 わたしの背後に、半透明のドミノ将軍!? 魔法銃クルシン・デシネが輝いている。

「ジジィ、この銃に取り憑いてたのっ!?」

「名監督をジジィ呼ばわりはないだろう? いいことを教えに来てやったんだ」

「助けに来たのではなく?」

「あれを見ろ。光り輝く点が見えるだろう?」

 ドミノが指す方を見ると、たしかに閃光がある。

「あれがなに?」

「あれが垓亜駆軸ガイ・ア・ギアだ。このリヴァイアサンをエイムしている」

「だれが操作しているの!?」

「おまえの師、ベルカミーナ。ギガントモックス軍を率いて乗り込んできやがった」

 師じゃないし!

「まって! 垓亜駆軸ガイ・ア・ギアって人間を弾にするんじゃないっけ? だれを弾にしてるの!?」

 魔力の高い人間ほど威力が上がるはず……思い浮かぶのはひとり……。まさか……ラズベリィ?

「さあな。そこまでは知らん」

 空全体が光るような閃光、わたしの視覚、聴覚、体感、瞬時にしてすべての感覚が失われた。

 

 戦争は平和である。

 たしか、ジョージ・オーウェルってひとが言った言葉だ。

 わたしたちが、物語のなかで平和を求めるとき、同時に戦争を描かないことはなかった。平和が単独で描かれるとき、それは平和と呼ばれることはなく、その世界でわたしたちはただ歌って、踊って、キスして遊んだ。ことさらそれを「平和」と呼ぶとき、それは戦争の一部になる。永遠に続く暴力を駆動するための、装置の一部。だとしたら、その装置とは?

 貨幣は鋳造された自由である。

 こちらはドストエフスキー。

 貨幣なんてなかった頃は、ひとは家に縛られ、食べ物も着る物も分かち合うしかなかった。だけど、貨幣でひとは自由になった。お金こそが自由だ。だけど逆に言えば、お金がなければ、ぐるぐるに縛られてるのと同じ。そうやってひとはお金に縛られる。

 人間は自由の刑に処されている。

 そう言ったのは、ジャン・ポール・サルトル。

 性の解放が、人間を解き放つ。

 ヘルベルト・マルクーゼ。

 性の解放を叫ぶこと自体が、権力に組み込まれている。

 ミシェル・フーコー。

「わたしは何者であるか」というアイデンティティの呪縛から逃れ、「わたしは何を感じるか」へと移るとき、わたしたちは零になる。

 森の中に倒れて、こんな日に素敵な彼が現れないかと、空を見上げていると赤系のドレスを着た魔女っ子が視界に入り込んだ。

「やっとみつけた」

 ラズベリィ?

「よく無事だったね。森が1個消し飛んだのに」


困惑するアリスロッテシリーズ①

魔法のアバンチュール

困惑するアリスロッテシリーズ②

処女聖アリスロッテの帰還

@sonovels
さよならおやすみノベルズという個人小説レーベルで地味に書いています。サイトで読めばタダ。Kindleで400円。 sayonaraoyasumi.github.io/storage