
第9話 魔女っ子たちの神話
A リヴァイアサン
「出たな!
おまえたちの企む
セット・アップ!
と、講堂に設置された特設ステージでは、学園祭のメインイベント『ぐるぐる☆デリヴァー!〜あしたはどこへ
「このシナリオって
「骨子は
「山田隆司と大和屋暁的な?」
「そう。小山高生とあかほりさとるとか、飯岡順一と浦沢義雄とか、辻真先と雪室俊一とか」
「それ、ほんとにバカ担当で一括していいの?」
学園祭にはそれぞれの部活の模擬店が並ぶことが決まっているけど、みんなが何よりも楽しみにしてるのがこの『ぐるぐる☆デリヴァー!』だった。魔女っ子を演じる魔女っ子見習いたちばかりでなく、衣装を用意する服飾部、背景アートを描く美術部、小物は工作部、時代考証は歴史部、数々のイリュージョンはマジック部と化学部、仕出しは調理部と、いろんな部のメンバーが技術を集結させた。
そんななか、騎士団のマルロー伯の銀狼騎士団が、魔法院の管理地である「雨の森」へと侵攻を開始した。
かつて雨の森は騎士団の土地だったが、10年まえの戦禍で荒れ、いまは魔法院が管理している。シシリールーが拠点とする
銀狼騎士団の噂を聞くと同時に学園長から呼び出しがかかる。そこで、マルロー伯がグレイスを招聘していることを知らされる。
直後の生徒会室。
「学園祭はもう軌道に乗ってるから、なんとかなると思うわ」と、グレイス。
学園祭ではブースを作ったり、資材を買ったりと、多くの資金が必要になる。その最たるものは『ぐるぐる☆デリヴァー!』で、ほかにも大型の出し物は少なくない。その管理をしているのが生徒会副会長のグレイス。限りある資材を分配し、設備の割当などを行っている。
「わたし、盛り上げるのはいいけど、管理とか向かないと思う」
という弱気なわたしの発言に、フレアは「わたしがやる! 根性で乗り切って見せる!」って言うけど、いやいやいや。
「チノに声をかけておくよ。たぶん、一番向いてる」
「グレイスは、銀狼騎士団で戦うことになるの?」
「戦うかどうかは聞いてないわ。魔法院で第14階位のイニシエーションを受けてから向かうことになるから、向こうでは少佐扱いみたい」
「中隊長じゃない! それに、いきなり第14階位ってなに!?」
森での戦いは氷系が有利だって言われている。グレイスの得意属性。トビチノ村の性欲モンスター隊をひとりで抑え込んだ実力もある。当然と言えば、当然なのかも。
「フフフ。階位をお金で買ったっていいたいの?」
「そうじゃないけど、なんか凄いなって」
「わたしも驚いてるわ」
騎士団の長アルミナ姫は病に伏せり、危篤だとも言われている。その隙を狙って、マルロー伯が動いた。雨の森は、わたしとカルガモ卿が死闘を繰り広げた因縁の地。
「もしわたしたちが、魔法院の要請で
「そうね。この社会は、万人の万人に対する闘争――仕方がないのよ」
「そのフレーズ、聞いたことある。なんだっけ、それ」
「人間は自然状態ではお互いに戦い合うだけだから、強力な法による統一が必要だって話」
「マルロー伯がラゴールを再統一するって言いたいの?」
ラゴールは10年前のラハガキセの戦いで統一はされていたが、いまも各地に埋み火が燻っている。
「マルロー伯が統一するって決まったわけじゃない。この戦いに勝ったものが統一するのよ」
まあ、埋み火の最たるものがマルロー伯なんだろうけど。
「そうやって簡単に言うけどさあ、わたしやフレアやチノやヴェルデが死ぬかもしれないけど、それでもいいの?」
「それも仕方がないでしょう? 百年後の平和を築くために悪役にならなきゃいけないなら、喜んで引き受けるわ」
「酔い過ぎだよ、それ」
「そうかもしれない。でも、冷静に考えて。戦争になればたしかに多くの人が死ぬかもしれないけど、たとえばその死者数を10万人とするでしょう? 他方、『万人の万人に対する闘争』で毎年1万人が死ぬとすれば、百年続けば、百万人が死ぬことになる」
「なによその雑な計算」
「ラゴールも、大昔にモックスたちを虐殺して生まれた国よ? モックスの住む集落は『第何モックスサイト』と呼ばれて名前すらない。彼らが人間だって話、聞いたでしょう? じゃあ、彼らが不幸そうに見えた? 普通に受け入れてたでしょう? わたしたち、そうやって平和を作って来たんじゃないの?」
グレイスは、自分に何かを納得させようとしてるかにも見えた。どこまでが本音で、どこからが仮面なのか。
「そういう大きな話じゃなくって。なんてゆーかな。魔女っ子が押し寄せてきたらさあ、グレイス戦える?」
「やるしかないでしょ。戦争なんだもの」
あーあ。もう。すっかりカイ領のひとなんだから。
「――でもたぶん、わたしの役割は別だと思う」
「別というと?」
「あの地には、リヴァイアサンが眠っている。それを目覚めさせるの」
「リヴァイアサン?」
「伝説の巨大な龍。ヴォルカニック・ドラゴンなんかより、遥かに巨大な。わたしがそれを目覚めさせたとき、騎士団の支配は完了して、永遠の平和が訪れる」
グレイスはすぐに荷物をまとめ、魔法院へと旅立った。その後、マルローの騎士隊と合流するけど、カイから雨の森までは距離がある。
まだ間に合う。
こんこんこん。
「すいませーん。アリスロッテですー。コンシストリーはいますかー」
ヴィゴを駆って雨の森、
「あいよう!」
古くて大きな扉の向こうから声が聞こえる。
ブラッド・アップルの声。パタパタと扉に駆け寄ってきて、貼り付いて、扉越しにくぐもった声で尋ねる。激しいデジャビュー。
「アリスロッテ様はえー、どちらのアリスロッテ様で?」
「めんどくせーこと聞くと殺すぞ」
「へい! いつものアリスロッテ様でいっ! 入っておくんなし!」
ありえないほどに賑やかな軋みを上げて扉が開くと、外の風雨がホールに響いて死霊の笑い声になる。カタカタと歯を鳴らすように、鉄と陶器の調度品が揺れる。
「コンシストリーに会いに来た」
首と両手両足に継ぎ目があるゾンビメイドが、ぎょろっとした目でわたしを見て笑う。
「そう来ると思っていただわさあっ!」
と、ブラッド・アップルはホールを走り回って、立ち並んだ棺桶の鍵を外して、甲冑飾りをノックして、灯りという灯りに火を灯し、紙巻きのバレル・オルガンのレバーを回すと壁面から覗く数多のホーンから荘厳かつポップな音楽が流れ始める。棺桶からはゾンビのメイドと執事たちが現れ、甲冑たちもぎくしゃくと動いてぇ、レッツ! ダンシン!
ゾンビ執事のシャウトボイス!
Hey, Ladies and Gentlemen!
音楽に合わせてゾンビたちのダンス!
The reflection in the mirror is nothing but a fraud!
階段にスポットライト、シシリールーが背中を向けて登場!
Dress in the latest trends and swallow every god!
振り返って、マントをばさーっ!
Freedom is just a word printed in a catalog!
セクシーな足取りで階段を降りてきて――
Trade your passion now for a seat in this monologue!
ポーズをつけて紙吹雪ぃ~っ!
って、乗ってられるか。
「いろいろ聞きに来た」
ぶしつけは承知で用件だけ伝える。
「残念ッ! いまのワタシにはッ! テンションの低い言葉は聞こえないッ!」
はあ?
「わたしはッ! いろいろッ! 聞きに来たのッ!」
くっそ、合わせるしかないのかっ。
「テテテ、テンションッ! 高いッ! ウユララのッ! お告げ所ッ! み、み、み、南ッ! 南のッ! お告げ所ッ!」
わけわかんないっ!
「ああっ! わたしはっ! マルロー伯のッ! 軍をッ! 止めたいのッ!」
「そうよ! 止めたいわ! ワタシも止めたいのよッ! だけど相手は2万3千騎ッ! 抹殺してもいいけどッ! 今度こそ魔法院をクビになるッ!」
「騎士団はッ! アルミナ姫が倒れてッ! 指揮が乱れてるッ! アルミナ姫をッ! 回復させたいのッ!」
血管切れそう!
「それなら簡単ッ! ベルカミーナのッ! イエスの細胞をッ! 手に入れてッ! カルガモット卿に託せばッ! 彼がなんとかしてくれるッ!」
「ごめんそれわたしッ! 阻止しちゃったッ! だって事情をッ! 知らなかったんだものッ!」
「だったらこういうのはッ! どうかしらッ! ワタシがマルローの騎士団のッ! 新鮮な屍体を集めてッ! ゾンビを作るのよッ! それにあなたが持ってるッ! 姫とエンタングルした金魚ッ! そこに宿ったアルミナ姫の分魂をッ! 移すのよッ!」
「なるほどッ! それでゾンビのアルミナ姫がッ! 複製できるって言うのねッ!」
「そうよ冴えてるわアリスロッテッ!」
「発想がッ! 悪役だけどッ! 仕方ないッ!」
「わかったわッ! あなたのそのテンションッ! 本物ねッ! わたしこれから戦場に出てッ! アルミナ姫と似た年格好の少女を屍体にしてッ! ゾンビに作り変えるわッ!」
「あ、待って。いやな予感がする。アルミナ姫って何歳だっけ?」
「聞こえないッ!」
「ああ、アリアナ姫ッ! 姫のお年はいくつなのッ!」
「
「ちょっとやめとこう、これ。すごい悪い予感がする」
「聞こえないわッ!」
「やめましょう! こんなことっ!」
「それがいいわっ! わたしたち、踏み外すとこだったわ!」
「ところでっ! ヴェルデの居場所っ! わかんないっ!?」
「わかるわっ! もうすぐっ! 森のっ! 北の駐留地にっ! 着く頃よっ!」
「ありがとう! あとで行ってみるわっ!」
「そのままじゃ無理っ! 極秘部隊よっ! でも大丈夫! あなたの今日のテンションに免じてっ! 第16階位の免状をっ! 与えてあげるっ!」
「そんなことまでできるの?」
「聞こえないッ! 聞こえないわッ! 免状は欲しくないのッ!?」
「欲っしいわッ! 欲しいに決まってるッ! もらえるとめっちゃくちゃうれしいなッ!」
アルミナ姫の兄、ファデリー・フォルハートは、
人里に近いこんもりとした森のなか、雑に隠したお宝のようにコボルトの村があった。村の名は、ポチ。ヴィゴの姿が見えたのか、村の入口までエレーナが迎えに出てる。
「マルロー伯の件?」
挨拶も交わさぬうちに本題。
「そう。このままじゃ雨の森で魔法院とぶつかる。アルミナ姫が危篤らしくて――」
「わかってる。あなたがここに来た目的も」
「だったら話が早い。ファデリー閣下の症状は重いの? シフィリスだったら、魔法院に運び込めば治せるかもしれない」
「魔法院……」
「そう。わたしが連れてってもいい。動かせる?」
「残念だけど……無理だと思う」
「どうして?」
「カルガモット卿って知ってるでしょう?」
知ってるもなにも……。
「そのひとが来て、定期的に手当してる。魔法院で治せるんだったら、とっくに治してると思う」
「ぼんやりは聞いてた。でも、カルガモでしょう? カルガモはアルミナ姫の治療が第一で、おそらくファデリーもそのために利用してるんだわ」
足音と、ひとの気配。
「その先は、わしが少し話そう」
戌神。ベルカミーナが自分の卵子とコボルトの精子で作り出した人工生命。苦手なのはチョコレートと超音波。
「知ってるの?」
「すべてではないが、ベルカミーナ様から聞いたことくらいは」
わたしが息を飲んで小さく頷くと、戌神は近くにある広場のベンチを指さした。歩きながら会話続行。
「アルミナ姫は、デミ・フェアリーだという話だ」
デミ・フェアリー?
「人間とフェアリーの中間。姿は人間と同じだが、片親でもデミ・フェアリーだと2分の1の確率で、子もデミ・フェアリーになる。概ね短命で、30まで生きるものは稀、多くは10代で命を落とす」
「それって……ファデリーも……?」
「それはわからん。確率は2分の1と聞く。モックスたちがシフィリスが感染るからと会わせてくれぬ」
「カルガモはどう絡んでるの?」
「卿はおそらく、騎士団の維持のために、症状の良いアルミナを延命させようとしておるのだろう」
「助ける手は?」
「ベルカミーナ様が作った、イエスの細胞があれば、アルミナ姫、ファデリー閣下、ともに救える可能性がある」
「そうか……それを手に入れてベルカミーナに……いや、ベルカミーナはなにしでかすかわかんないし……カルガモに渡せばいいの?」
「ああ。それで助けることはできるかもしれんが……助けたところで、わしらの望み通りに動くとは限らん。カルガモ卿がファデリーよりもアルミナ姫を生かすと判断した理由もあるはずだ。それよりも、ファデリー閣下に准騎士として叙勲されているキャバレーロを頼るほうが確実であろう。あの男なら、思いは通じる」
「わかった。エレーナ。キャバレーロに会わせて」
「もちろん。キャバレーロはいま隣の町で、反マルロー派の騎士たちと会合中。すぐ戻るはずよ」
B 未開のひとびと
日も傾く頃、キャバレーロが戻った。コボルトの村長の家の離れにしつらえられた騎士団の集会所で、キャバレーロと話す。ベルカミーナとの関係のことが脳裏にチラチラ浮かぶけど、いまそんな場合じゃない。
「マルロー伯の侵攻を抑えたいの。力を貸してもらえる?」
「もちろん。こちらもそのつもりで動いている」
味気のない問に、味気のない答え。でもとりあえず良かった。
「そのつもりって、どこまでの覚悟がある? アルミナ姫の代わりに騎士団の長に収まる気はある?」
「それは難しいな」
前のめりになった途端の失速。
「俺は、死んだことになってる。すでにアルーネ公の采配で従兄弟がクロワ家の跡取りになって、俺は……魔法院に洗脳されたデネアを刺して、その場で毒を飲んで死んだことに……」
「なにそのオペラみたいな話」
「俺も最初に吟遊詩人に聞かされたとき、面食らったよ。でも、その話で酒場じゅうの冒険者が涙を流すんだよ。口々に魔法院への呪詛を唱えながら」
なんてこった。
「アルーネ公はマルロー伯の配下に入ってるの?」
「入ってるどころか、主力部隊だ。俺とデネアの物語に感化された志願者が腐る程押し寄せてる」
「どうすんの、それ」
「もっと強い物語を被せるしかない。アルミナ姫とファデリー閣下の兄妹愛の物語を」
「……物語か……それを書けそうなひと、心当たりある……」
でも、そのやり方が正しいの?
「そうか。それは良かった」
まあ、やるしかないか。
「……それとあの……責めるわけじゃないんだけど……あなたが抱いたデネア姉さま、中身はベルカミーナって魔女なの。知ってたならごめんなさい。あなたが騙されてるといけないと思って」
「俺が……抱いた……?」
「とぼけなくていいよ。別にあなたがだれを抱いたって、わたしには関係ないし。あなただってそうでしょう? お互いを縛るような関係じゃない」
「いや……夢に見たことはあったけど……デネアがここに来たことはないよ?」
「夢……?」
もしかしてベルカミーナ、夢の世界でキャバレーロをブチ犯した? そんな能力ってあるの? いや……死んでも生き返った女だぞ? ありえなくない。
「でも良かった」
「良かったって?」
「お互いを縛る関係じゃないって、君が考えてくれてて」
「ああ、うん」
なんか、恋人を前提としたみたいな会話で、ちょっと痛いこと言った気がしてた。
「俺もう、5人の子の父親なんだ。まだ生まれてないけど」
おいおいおいおい。まてまてまてまて。今更そんなことで絶望もしませんけど。はしゃぎすぎでしょ。
ポチ村を発つとき、エレーナが教えてくれた。
「キャバレーロはいまも
「そうみたいね」
「あれ? もう少しショック受けるかと思った」
「なにそれ。わたしがふつーの女子に見える?」
「そうだね。アリスロッテだもんね」
「その言い方も」
「ここの子はみんな、
「それ、いちばん割食ってるのわたしな気がする」
「フフ」
「なによ」
「ふつーの女子の感想かよ」
「うるさい」
アルミナ姫のことは、どうするのが正解かわからない。これもいつか判断しなきゃいけなくなる。判断を保留するとしてもそれは同じで、アルミナ姫の分魂が宿る金魚を持ったわたしが何もしないと、何かするより大きな影響があるかもしれない。魔女っ子リンクでフレアに連絡。魔法院が駐留するという森の北へ。空中でヴィゴから離脱、箒で駐留地へ。
魔法院の漆黒のツイードのローブの群れのなかで、わたしのウィッチ☆ブラックは艶やかで少し幼く見えた。それでも、居並ぶ魔道士たちはわたしの階位が見えるかの如く道を開けて、黒いローブを着たヴェルデがすぐにわたしの姿を見つける。
「どうしたの、アリスロッテ? わたしに会いに来てくれたの?」
ヴェルデは手を上げて人払いを命じる。そこにいたローブの人影が、一礼して姿を隠す。
「わたし、第8階位の免状をもらったの」
少し得意げに口にするけど、わたし16階位だし、グレイスも14階位もらっちゃったんだけど、言っていいものか。
「うん、おめでとう。今日はグレイスのことで来たの。グレイス、マルロー伯の軍に加わった」
「そう……そうなるの、わかってたけど……辛いわね……」
「マルロー伯の狙いは、この森に封じられてるリヴァイアサンだって。それをグレイスが召喚? 呼び覚ますの? なんかそういうことみたい」
「リヴァイアサン……万人の万人に対する闘争を終わらせる巨龍……」
「知ってるの?」
「ええ。騎士団が依拠する愚かな思想」
「愚かなって。どういうこと?」
「人類は、『万人の万人に対する闘争』の状態だった。だから『リヴァイアサンという強力な統治機構が必要』だという欺瞞」
ヴェルデは少し遠くを見る。言葉を探してる。
「リヴァイアサンは、国家を正当化したいために作り出した幻想。『万人の万人に対する闘争』なんかそもそもなくて、武器や貨幣が生み出されるまえも、人類は平和裏に暮らしていた。『国家』はそれを略奪すべく現れ、自ら災いの種を蒔いて、それを治めるのは自分たちだと言い募った」
口調は穏やかだけど、強かった。
「それはマルロー伯のこと?」
「マルロー伯というか、みんなそう。カイ領もそうだし、ガルス領も、騎士団も」
ヴェルデは悲しさに塗れたため息を吐き捨てて、いままで語らなかった過去を、ゆっくりと口に含める。
「わたしの村――サモフェア村には、お金がなかったの。最初の頃のウィッチリアと一緒。そこでは、どんな経済が成り立ってたと思う?」
「経済とかよくわかんないけど、物々交換?」
「はずれ。経済なんてものはなかったの。それぞれの家に――たとえばわたしの家は
「そっか。でもそれ、村で手に入らないものとかどうするの?」
「隣の村と、月ごとの祭りがあって、そこで交換するの」
「それは物々交換では?」
「それが、違うのよ。祭りの前になると、交渉人がお互いの村にやってきて、何が欲しいか伝えあうの。そのなかには『女』あるいは『男』も含まれていて、祭りの日は、参加する男女が自由に交わり――つまり、乱Xして、その祭りの記念として、男女の村人を含む物資を交換しあう。わたしはまだ7歳だったけど、毎月のその祭りが楽しみでしょうがなかった」
「乱Xって。ヴェルデの口から聞くとは思わなかった」
「祭りの日はフリーで交わるのよ。一夫多妻制だったし、夫がなくて女だけの家も少なくなかった。いまの世間が考えるような、富を持ったひとりの男が妻を独占していたわけでもない。だって、数値化された富なんてものがないんですもの」
「それって、いつ頃までそうだったの?」
「7歳を最後にその祭りがなくなったから、17年前? マルローの軍が来て、わたしたちに『貨幣』をもたらして、そこからなにもかも崩れていった」
「貨幣をもたらすって?」
「たぶん、交渉人が『貨幣によっていろんな物資が手に入る』って言いくるめられたんだと思う。それから数字による資産の管理が生まれて、トラブルの解決にも『お金』が必要になった」
「トラブルをお金で解決するようになったの? それまでは?」
「それまではトラブルはなかったわ。たとえば麦が実らない年でも、麦部が責めを負うことはなかった。なのに、貨幣での管理が生まれたら、麦部は『負債』を負うことになった。提供すべき麦がないから、って。その『負債』って、なに?」
チノからも同じことを聞いた。それをうまく噛み砕けていれば、ここでヴェルデに話せるのに、わたしには何も言えることがない。
「おかげで、争いも増えたわ。それを見て、彼らは言うのよ? 万人の万人に対する闘争があった。だから我々が支配するのだ、って。それが、正しい?」
「でもさあ。いまの世界で、ヴェルデの村……サモフェア村だっけ? みたいな制度にするとしたらさあ、そっちのほうが非難を浴びると思うんだよね。乱Xがふつーに行われてるんでしょう?」
「貨幣経済を変えられない以上、わたしの村のようには戻らないのはわかってる。だけど一方では、貨幣経済が一夫一婦制と戦争を生み出した。なぜ貨幣経済は責められず、わたしたちの乱Xが責められるのかわからない」
混乱しながらウィッチリアに戻った。
わたし、いったい何のためにふたりに会いに行ったんだっけ。
茶室にて、チノとフレアに報告。サモフェア村のことはわたしよりもチノの方が詳しくて、チノがうまいこと説明してくれて、わたしもそれでなんとか飲み込める部分があったりとか、そのレベル。
「がっかりだよ」って、フレア。
「ヴェルデが乱Xだなんて」
「いや、ヴェルデは7歳だから乱Xには参加してないよ。それに、わたしたちの価値観で裁くことじゃないよ」
「でもヴェルデは、その社会に戻したいんでしょう?」
「うーん。そーでもなかったよーに思うなあ」
「自由な恋愛は悪くないと思う。乱Xでも隙にすればいいと思う。だけど、『愛は自由だ』ってスローガンに追い立てられて、望みもしないのに脱がされる女子だっているんだよ」
「その問題はおそらく別ですの」
「だ、だよねー」
「ふーん。そういうもんかなぁ」
「とりあえずさあ、このままだと、騎士団と魔法院がぶつかるじゃない? そこにはグレイスとヴェルデがいる。これを止めなきゃいけない、ってことだよね」
「でも、戦争はイヤだけどさあ、わたしたちに止められるものでもないよね」
「ああ、うん、そうだけど、後ろ向きだなあ」
「騎士団と魔法院のどっちが正しいかもわからない。どっちが勝つとどんな世の中になるかもわからない」
「フレアはそうかもしれないけど、わたしは
「それにしたって、勝手に巻き込まれてるわけで」
「でも、
「でも、いま身を寄せてるポチ村にとどまることはできるんでしょう?」
「それはいつまで? コボルトたちだって事情はあるだろうし、出てってくれって言われたらどうするの? あなたレッドでしょう? もっと情熱燃やしなさいよ!」
「違うよ。戦争が正解なのか、って聞いてるんだよ。戦争を止めるために戦争をするのが正しいの?」
狭い茶室で、わたしとフレアの声が響く。
「こんな話がありますの」
割って入るチノ。
「暴力には、神話的な暴力と、神的な暴力がある――神話的暴力というのは、物語によって共有された、制度と一体化した暴力。死刑や島流しなど、体制が制度として用いるので、ひとは逆らうことが出来ない。一方、神的な暴力は制度のなかに固定化され、無意識にひとびとを苦しめる『見えざる暴力』を破壊する暴力」
「よくわかんない。もっとなんか、例え話で」
「例えば、人間の所有者のいないモックスには、移動の自由が与えられていませんの。モックスサイトと言われる居留地に住むことが義務付けられて、野良のモックスは狩りの対象になりますの。モックスは遺伝子的には人間と同じと言われてるのに、暴力意外の手段でこの制度を変える手段はありませんの」
「それはモックスの話でしょう?」
「そうとも限りませんわ。キア領で話した『負債を返す義務はあるか』などは、典型的な神話的暴力ですの。これを覆しうるのは神的な暴力と言えますの」
「それにしたってわたしは、暴力ではなく、正当な手段で変えたい」
「お金のことで死んでるひとはいっぱいいるよ? 正当な手段がみつかるまで、何人も死んでいくよ? それでも?」
「それでいいとは言わないけどさぁ。カルガモ卿はなんて言ってるわけ? その……ニュー・アソシエイションだっけ?」
「まずはいま構築された社会を分解し、零に還すのですわ」
「零って、ベルカミーナが言ってる零?」
「いいえ。ベルカミーナ様は、人間の原点を探って、そこに零を設定しようとしていますの。だけど、ニュー・アソシエイションは、歴史のなかで動く零を探す」
「ちょっとよくわかんない」
「わたしたちの零は動き続けてるけど、たとえば『万人の万人のための闘争』のように無条件に正しいと信じてきたことを、ひとつひとつ慎重に分解して、それを見つめ、いまのわたしたちの立ち位置を明らかにする。それが『零』なのだとカルガモット卿からは教わりましたの」
「やっぱりわかんない」
「わたしも。でもなんか、遠い道のりだってのはわかった」
「そうですの。でも、時間をかけなければ物事は解決しませんの。どこかにものごとを一発で解決できる魔法の弾丸があると信じれば、必ずそれが争いを生み出しますの。だから、ゆっくりと、時間をかけて」
「そういうもんかなあ」
それからすぐ、マルロー騎士隊が雨の森へと侵攻。
しかし、マルロー軍はリヴァイアサン召喚の鍵となるグレイスを前線には出さず、先行する騎士隊は集中砲火を浴びることになった。森のなかでの魔法戦は氷系が有利と言われているが、ヴェルデの隊は氷系魔道士のほかにも多くの植物系魔道士を揃えていた。足止めや撹乱に強い植物系と、森での攻撃力に長ける氷系との連携を前に、騎士たちは手も足も出ずに敗走。隊の立て直しを余儀なくされた。
まだ勝敗が決まったわけではない。騎士隊も、グレイスを前に出すしかないと気がついたはずだ。とはいえ、魔法を使えるのはたったひとり。今後も供給されるだろう魔法院の部隊とわたりあえるとは思えない。グレイスが撤退の判断をしてくれるかどうかだが、それを騎士隊が認めるかどうか。
困惑するアリスロッテシリーズ①

困惑するアリスロッテシリーズ②
