第13話 コントル=アタック(前編)

愁羽淋
·
公開:2026/3/30

第13話 コントル=アタック(前編)

A お金で買えないもの

 楽屋。

「わたしね、一度だけ物語を書いたことあるの。小学校のころ」

「え? アリスロッテが?」

「どんな話を書いたのかしら。興味あるわね」

「森の昆虫たちが、丸太の船にのって海を目指すの」

「動物じゃなくて、昆虫?」

「なんのために?」

「なんのためってゆーか、なんだろう」

 つっこみまちの空白。でも、とくになんもなし。

「いまだったら考えると思うの。どんな目的で、どんな葛藤があって、苦難があって、海へ行けば何が変わるか、そこにちゃんと全員でたどり着けるのか」

「そうそう、そこを知りたいのよ」

「だよねー。でもとくに、なにも考えてなかった。ただ、海が見たいってだけで、丸太の船に乗った」

 がらがらっ!

「出た! シーケンスを変える雑なSEの地の文!」

「志賀直哉もよくやってる」※たまにしかやってません

「開幕です! みなさん、ステージへ!」

 はじめて夢の遊眠社の舞台を見たとき、客入れに古いアニメの主題歌が流れ続けていた。宇宙少年ソラン、風のフジ丸、鉄人28号、エイトマン……。まだ、オタクって言葉が生まれたばかりで、宮崎勤が例の事件を起こす少しまえ。わたしたちの舞台は、ウィッチリア学園の特設ステージで幕を開けた。

 そこに観客はいない。だけどわたしたちにはギー・ドゥボール学園長の額縁がある。世界のどこにでも繋がる魔法の額縁は厚みのない完全な2次元の裏返せばパンツが見える薄い本のプロセニアムアーチの向こうにヤシガニたちの喝采、風に舞うスカートを押さえたわたしたちの恥じらう頬に! さあ! この世界を! 裏返して!

 漂流デリーヴせよ!

 少女たち!

「いっけなーい、遅刻遅刻~!」

 4月新学年桜の花びらの舞う坂道をパンをくわえて走る走るわたしのスカートと揺れる後ろ髪、垣根の途切れた電柱の向こう、角を曲がると――

 どんっ!

 きゃっ! だれかにぶつかっちゃった!

 ギシ……ギシシシシシ……

 きゃー、あたしったら、丸太を持った体長2メートルの巨大なカブトムシを跳ね飛ばしちゃったぁっ!

「だいじょうぶですかっ!?」

「だ……だいじょうぶだクワ……」

「語尾が! 語尾がクワになってる!」

 き~ん♪ こ~ん♪ か~ん♪ こ~ん♪

「きゃっ! チャイムの音! 森はあっちです! さようなら!」

 むーらのちーんじゅの かーみさーまーのー 下駄箱へ一直線階段賭け上がって廊下走って、2年2組の教室――

 がらがらがらっ!

 ギー先生は教壇に立ち、その隣には――

「転校生を紹介しよう! カブトムシのカブトコウジくんだっ!」

 ずこーっ!

「カブトコウジでクワ」

「席は有栖川ありすがわの隣があいているようだな。丸太は有栖川ありすがわの席にでも置いておけ、さあ、授業を始めるぞ!」

 休み時間。

「きゃーっ! オスのカブトムシが女子トイレにいますっ!」

「オスじゃないクワ! ココロは女の子クワ!」

 漂流デリーヴ部、部室。

漂流デリーヴって、なにするクワ」

「わたしは反対よ! クワガタを入部させるなんて、まっぴらごめんだわ!」

「そんな事言わないの、フレア。それにカブトくんは、カブトムシなのよ?」

 放課後。河原。

「さあ、ここに丸太を浮かべて海へ向かうのよ」

「丸太を浮かべるクワ? わかったクワ! 浮かべたクワ!」

「浮かべたら乗るっ!」

「乗る……クワ……?」

「こうやって乗るのよ! こう! みんな乗って! 手本を見せてあげるの!」

「はーっはっはっは! 引っかかったな蛆虫ども!」

 カブトコウジがカブトを取ると、なんと! レイチェル!

「思う存分漂流デリーヴしなさいっ!」

「うわーっ」

 丸太に乗って流されるわたしたち!

「きゃーっ! 滝がある! 滝っ!」

「なんで市街地のすぐ傍に!」

「志賀直哉でもよくある」※ありません

 昆虫たちの冒険の話、読んだのは当時の担任のビッグストーン先生だけ。どう思っただろう。オチを期待して読んで肩透かしを食らったか……あるいは漢字の間違いや、字の下手さを嘆いて読んだか……。なんの手応えもないまま、アニメばっかり見ていた。

 ごごごごごごごご!

「滝がどんどん近付いてきて、わたしたちは逃げられない!」

 地の文の書き方について考えたのは、『ゲド戦記』からだった。文章をつぶさに見つめ直すと、実に丁寧に情景が描かれていることがわかった。それから、大江健三郎。情景のすべてが肉体の感覚として書かれる。散りゆく桜の花弁すら血流の作る磁場に共鳴し、産毛を逆励てる。志賀直哉――

 どざざざざざざざざぁ~っ!

「きゃ~~~~~~~~~っ! 志賀直哉ぁっ!」

「志賀直哉ぁっ!」

 マルローの軍は、神岳ルシーニーへと侵攻する。いまや祖根洲ゾネスの2万の傭兵と、聖騎士ファデリーの下に組織された3万の騎士隊を擁し、ここにハーディ・ガーディの浮遊戦艦が加わる。

「大丈夫だ。ルシーニーには長老テレンパレンと、その従者ウンズ=リィ、メンズ=リィがいる。その気になれば5万の兵など一瞬で蒸発する」

 シシリールー。

「そうはならぬよう見守るのが俺たちの役割だ」

 カルガモ。

「どういうこと?」

「テレンパレンは事実上の神だ」

「神って? どういう意味?」

「この世界は、大魔法使いテレンパレンの意識のなかにある。彼が目を見開いたとき、世界のうちと外は入れ替わる」

 河川敷で目を覚ますと、そこにはグレイスも、フレアも、ヴェルデも、チノも見当たらなかった。雨が降り始める。クリーデンス・クリアウォーターに降った、晴れた日の雨。

 図書室でレイチェルに会った日。彼女から声をかけてきて、わたしは「あ、うん」って返事をして、「最近どうしてる」って聞かれても「いつも通りかな」って答えて、借りてた本を返さなきゃいけないからって、急いで話を切り上げて、そそくさとその場をあとにした。グレイスやフレアたちがレイチェルを切ろうっていうから、わたしもそうしなきゃいけないんだと思った。

 雨を見たかい。

 晴れた日に降る雨を。

 森に火が付いて、ギガントモックスたちが地上に降り立つ。

 降りしきるナパーム。

 木々の切れ間に、横たわる巨大な女神像を見つける。腹部の扉が開いている。あそこでやり過ごそう。石で作られた柔肌に意識は立ち止まり、いくつかの時を戻し、また動き出す。鳥は雲の裾を撹拌、囀り、女神像の脇腹に足をかけて跳ね上がった扉の下、覗くと椅子が見えた。滑り降りる。コクピットだ。女神像じゃない。いくつかのスイッチを跳ね上げると、リアクターに火が入る。

「こいつ……動くぞ……」

「どこへ行っていた、グレイス。作戦中だぞ」

 マルローはわたしの実の叔父だった。

「申し訳ありません。学園のほうへ、荷物を取りに行っていました」

「そうか。先行する祖根洲ゾネスの軍がルシーニーに到達する。援護をたのみたい」

「援護……というと?」

「雨の森の戦いでは、向こうの魔法使いにいいようにやられた。血液を凍らされたもの、耳に蛭を入れられたもの、尿道結石を急成長させられたもの、肺にメントスとコーラを送り込まれたものまでいる」

「ヴェルデの部隊は、まだ聖印をもらうまえの魔女っ子見習いでしたから、それらの魔法が使えたのです。わたしは……」

「そうだったな。聖印をもらったんだったな」

「申し訳ありません」

「いや、よい。そのおかげでわたしの身も守られるのだ」

「そんな、めっそうもございません」

 トカゲの尻尾切りとはよく言ったもので、エラい連中は下っ端を切り捨てて逃げおうす。しかもこの尻尾、1本とは限らない。切っても切っても、別の尻尾がそこにある。ならば頭を切るしかないのだけども、頭もまた数多鎌首を擡げ、どれを切っても死ぬことはない。マルロー伯ひとりの抹殺で戦争が終わるのなら、魔法をひとつ叩き込めばいい。

「マルロー中将! ハーディ・ガーディ殿の戦艦が箒に乗った魔女っ子と交戦中であります!」

 フレアの乗箒ほうきライディング部!?

「援護は!?」

「残念ながら、空中戦では手も足もでません!」

「グレイス! 行ってくれるか!?」

「わかりました……しかし、ルシーニーまでは距離が……」

「ご心配なく! メガ箒、準備できております!」

 いつの間にそんなものを……。

 魔導硬姫イグニス・レギナ起動!

 リアクターのエネルギーゲインがぐんぐん上がっていく……生体波を感じる……エネルギー源はおそらく人間……魔法銃クルシン・デシネと同様、液化された人間が用いられてる……意識をシンクロさせると、硬質の肉体にわたしの意志が浸透していく。血が騒ぎだし、総毛立つ。魔法の高揚が身を包む。死と命の境目に生じる光悦を全身の汗腺から撒き散らして、わたしは舞い上がる。

 一路、神岳ルシーニーへ。

 その頂は高度5千メートルを超える。冷気のなかに雲が逆巻く希薄な空の上に浮遊する戦艦の姿を見留める。ハーディ・ガーディの浮遊船。箒の魔女っ子隊と交戦中。

「フレア! そこをどいて! わたしが蹴散らす!」

「待って! 乗員はあんたの知り合いみたい! ナントカって騎士様と花売婦カローリスタ

「ええ~~っ!? どうすりゃいいのよそれぇ~~~っ!?」

「大丈夫。こっちの部員たちはだれも聖印を受けてないから、なんだってできる! いま乗員全員眠らせたとこ! これから鹵獲する!」

 そこに、超巨大な箒マシーンが飛来! 空を引き裂く!

「邪魔はさせないわ! アリスロッテ!」

 黒雲が渦巻き、雷光が走る。

「グレイス!?」

 わたしが操る硬質の巨人。魔女の帽子を模した頭部、スカートのような装甲、そして背中に背負った巨大な推進器。それは、メソメソポタポタミャアミャア文明が誇る最強の魔導機兵「魔導硬姫イグニス・レギナ」。その手には、巨大な杖が握られている。

 グレイスのマシンはさらに巨大な、箒の形をしたメカ。全身を魔導石で覆われ、虹色の光を放ちながら、凄まじい速度で空を駆ける。「魔導箒マギ・ブルーム」。

「いけ! マギ・ブルーム!」

 グレイスの声と共に、魔導箒マギ・ブルームは急加速。虹色の光の尾を引きながら、魔導硬姫イグニス・レギナへと突っ込む。

「甘いッ!」

 ガキィィィィィン!

 衝撃音が轟く。魔導硬姫イグニス・レギナの杖と、魔導箒マギ・ブルームがぶつかり合う。火花が飛び散り、周囲の空気が振動する。

 どんどんひゃらら~ どんひゃらら~♪

「ハッ! その程度か!」

 わたしは推力を上げ、さらに押し込む!

「くっ!」

 魔導箒マギ・ブルームは一瞬、押されるも虹色の光をさらに強め、押し返す。

「な、なんなの、この力はっ……!」

 どんどんひゃらら~ どんひゃらら~♪

「これがっ! 魔導箒マギ・ブルームの力だ!」

 グレイスが叫ぶと、魔導箒から虹色の光がさらに激しく溢れ出す。その光は、魔導硬姫イグニス・レギナを包み込み、その動きを封じる。

 あーさから きーこーえーるー ふーえ たーいこー♪

「まさか……!」

 モニターに赤い輝点、続けざまに3つ、4つ、加速して更に増えて画面が赤く染まる。魔導硬姫イグニス・レギナは虹色の光に飲み込まれ、その動きを完全に止める。

 とーしも ほーねーんー まーんさーくでー♪

「フッ……ざっとこんなものかしら」

 グレイスは勝利を確信し、魔導箒マギ・ブルームから虹色の光をさらに強める。その光は、魔導硬姫イグニス・レギナを粉砕せんと粘度をもって纏わる。

 しかし、その時、

 むーらは そーおーでーのー おーお まーつーりー♪

「まだよ! ……まだ終わりじゃないわ!」

「てゆーかっ!」

 魔導硬姫イグニス・レギナから、黒い霧が溢れ出す。その霧は、虹色の光を中和し、魔導硬姫イグニス・レギナを包む。

 どんどんひゃらら~ どんひゃらら~♪

「バックで謎の音楽流すのやめて!」

「スキあり! ぼっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」

 どんどんひゃらら~ どんひゃらら~♪

「きゃあああああああああっ!」

「うぎゃああああああああっ!」

 両者相討ち!

 ずんごろがっしゃんどっかんぽーん!

 と、地上に叩きつけられて、コクピットから放り出されて、いてててて。

 なんとか大破は免れたけど、これ、動くのかな。てゆーか、グレイスは無事だったかしら。肌寒い。雪がある。

 くっ……。

 怪我したみたい。小川がある。水を……。ふと手の甲を見ると、16階位をもらったときの聖印がある。これさえなかったら……

 でも、変な話だよね。この聖印のせいで、相手を眠らせたり、お腹を壊させたり、目を眩ませたりって魔法は使えない。使えるのは、生活を便利にする物理系の魔法だけ。おかげで、暴漢を抑制するときも眠らせることはできなくて、そのへんの丸太を飛ばしてぶん殴るしかない。死んじゃうよ、そんなことしたら。

 こんな聖印なんて……。

 おりょ?

 こすったら、消えた? なにこれ。

「生きてたみたいね、アリスロッテ」

 声がして振り返ると、グレイスだ。

「ああ、そっちこそよく生きてたね。どうする? 剣で殴り合ったりする? マシンを降りたパイロットの定番だよね?」

 ガキィィィインッ!

「まだわからないのっ!? この混沌を統治するのは力よっ!」

「血の犠牲の上に成り立つ統治なんて! わたしは要らないっ! って、いやいや、やんないよ。めんどくさい」

「そうね。ハーディ・ガーディの船はどうなった?」

「ハーディの船はフレアが鹵獲したみたい。乗箒ほうきライディング部は、学園に残ったおかげで聖印受けてないの。全員眠らせて平和裏に船は奪ったみたい」

 グレイスの眉がしかむ。

「聖印……」

 手の甲の聖印に目を落とす。

「こんな印さえなければ……」

「それ、こすったら消えるっぽいよ」

 ぷるるるる ぷるるるる。

「あ、チノから魔女っ子リンク通信」

「呼び出し音」

「もしもしー、イエスの細胞はどうなったー? えー。あ、そうなんだ。こっちはいまグレイスと戦ってねー。あ、うん、どっちも生きてるー。フレアも生きてるよー。ヴェルデはわかんないけど、でんわしとくー。じゃあ、切るねー」

 がちゃん つーつーつー。

「その音はどこから出てるの?」

「チノ、デネア姉さまからイエスの細胞受け取って、これから聖騎士ファデリーの治療だってー」

「その音はどこから出てるの?」

「ちょっと、ヴェルデにでんわするから、待って」

「剣で殴り合いたいのかしら?」

「あ、ヴェルデー。元気ー。どうしてるー?」

「緊張感は?」

「えー、うっそー。えげつねー。みんなそれでいいの? あー。ベルカミーナがー。でも、見た目アンノウンだよー? あー、うん、わかったー。グレイスにも伝えとくー。じゃあ、またねー」

 がちゃん つーつーつー。

「その音はどこから出てるの?」

「ベルカミーナのとこ行ってる魔女っ子、全員予備の魂を用意して、肉体の再生用に受精卵作って保管したんだってー。受精、どうやったと思う? アンノウン将軍の精子使ったんだって。順番に並んでぬっぽぬっぽ。初めての子もいたって。ゲロゲロー。なんか、倫理観どーなってんのって感じー」

「音」

「それで、全員を液化して、純粋魔導力に変換するって」

「それって、『絵蛮外吏苑』のパクリ?」

「まあまあ」

 たまたま。帰り道。ちょっと前をコートが歩いてるのに気がついたの。

 レイチェルのこともあって、顔を合わせるの気まずくて、追い越さないようにしてたんだけど、信号待ちで、コートが自転車を避けたとき、振り向いて、それで目があって、「あ、コートだったんだ」なんて言って、少し話した。

「こないだ、図書館で、レイチェルに会ったんだけど、避けちゃった」

「まあ、気持ちはわかります」

「謝りたいんだけど、きっかけがない。もしレイチェルが気にしてないんだったら藪蛇だし」

 いや、気づいてないなんてことはない。そんなの、表情でわかったよ。

「じゃあ、僕からそれとなく聞いておきます」

 レイチェルにはもうコートしかいない。

 コートを奪えば、わたしの完全勝利。手の甲の聖印が消えたわたしには、それができる。レイチェルを助けたい思いと、完膚なきまでに残酷に打ち据えたい思いと。

 ベルカミーナが言っていた。

 一部の人間を切り捨てることで平和になるとしたら、どうする?

 ――はい。わたしたちは切り捨てました。

 それから、こんな話もしたよね。

 ひととひとの距離だと相手のことを考えるけど、俯瞰して戦略を練るとゲームになる。

 わたしの、レイチェルへの感情を、どう飼い慣らせばいいんだろう。

 ぷるるるる ぷるるるる

 チノからだ。

「チノ? どうしたの?」

「ファデリーが復活しましたの」

「ほう!」

「それで、マルローの新騎士団と、アルミナ姫のヴァラー騎士団とで和平会議が持たれることになりましたわ」

 これは……!? 一歩前進!?


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@sonovels
さよならおやすみノベルズという個人小説レーベルで地味に書いています。サイトで読めばタダ。Kindleで400円。 sayonaraoyasumi.github.io/storage