なにもしらないからともだちでいられる 第5話

愁羽淋
·
公開:2026/2/26

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第5話 皆殺しのドミノ

A 街道の襲撃者

 ランタンの火が踊り、影が揺れる。わだちが寄せる振動は、馭者の未熟ゆえか、それともこの街道の舗装を怠る領主の怠慢の証か。

 わたしは吐き気を催す泥の臭いと、何百の人間の汗を吸った革の座席が吐く湿度の中で、自身の膝が震えているのを自覚していた。それは恐怖ではない。自らの血の巡りが、この不条理な装置の震動と、不器用に同期してしまっていることへの嫌悪だった。

「……動いている。わたしを置き去りにして、状況だけが倒れ始めてる」

 車窓の外、流れる景色はのどかな農村のそれだったが、わたしの眼はその奥に潜む「不純」を射抜いていた。

「重力……いや、この土地のごうというべきか。人はなぜ、自らの足で立つことを忘れ、こうも安易に『連鎖』という名の坂道を転がりたがるのか」

 その時だ。

 唐突に、馬車の前輪が悲鳴を上げた。

 衝撃。

 視界は、天と地を逆転させる。

 弩御皇ドミノ

 その単語が脳裏をかすめた瞬間、馭者の絶叫よりも早く、街道沿いの古びた監視塔が、まるで見えない巨人の指に弾かれたかのように、不自然な角度でこちら側へ「折れて」きた。

 倒れる。

 構造物が意志を持ち、前のめりに、無慈悲に。

 わたしは、逆さまになった視界の中で、自らの肺が酸素を拒絶するのを感じた。

「来るか。わたしを、ただの『駒』に仕立て上げようとする力が……!」

 泥を噛む衝撃。

 意識が遠のく境界で見たのは、崩落する塔の破片が、隣の民家を、さらにその先の納屋を、幾何学的な残酷さで叩き潰していく光景。それは、世界が最も安易な方法で終わりを選んだ、始まりの合図であった。

 ――さぁて、ここからが地獄の正念場ぁ!

 馬車が倒れれば、車輪は空を回る。車輪が回れば、積み荷の樽は弾け、中身のぶどう酒が泥に混じって不浄の川を作る。

「見ろ! 建物が……建物が意思を持っているように倒れてくる!」

 叫んだのは、泥を噛んだ馭者の男であった。男が恐怖にまなこを見開いたその先、街道沿いの監視塔が、まるで見えない巨人の手で弾かれたかの如く、一分の隙もなくこちら側へとコウベを垂れるぅ!

「ドミノォォォォォォォォォッ!」

 口から漏れるは、祈りでもなければ呪いでもない。ただ、この宇宙を支配する冷徹な法則を認めざるを得ない、諦念ていねんの吐息だっ。塔が倒れれば、風圧が民家を叩く。民家が潰れれば、そのはりが隣の納屋を突き破るぅ! 連鎖、それこそが、この大地に刻みつけた、逃れようのない「死の幾何学」!

 パパン!

「やめろ……僕に、僕に世界を壊させるなッ!」

 その絶叫は、崩落する石材の轟音がかき消す。救おうと足掻あがけば足掻くほど、惨劇の連鎖は加速度を増していくぅぅぅぅぅっ!

 

「なにそれ」

「ドミノ将軍が書いた自伝的小説、『泥のこま』の第一章」

「ドミノ将軍って?」

「知らないの? 皆殺しのドミノ。ラハガキセの戦でこの土地の兵を率いてた将軍」

「途中で文体変わったんだけど」

「ドミノ将軍は、文学賞クラスの作家の影響を強く受けながらも、筆が乗ってくると講談師か活動弁士のような地が出てしまうのよ」

「その評って、悪意こもってない?」

 どんっ! 衝撃音がして馬車がゆらゆら。

「あんたのト書きもどうなのよ」

「時短」

「いったい何があったの?」って、グレイス。

「ひとが倒れていたので、踏んで通過しました」って、マリウス。

「はあ?」

「追い剥ぎです。マインドリードもかけたので間違いありません」

 後ろを見るとたしかにだれか倒れてる。

「あれが道に倒れてたから、避けもせずに踏んでそのままスルーしたってこと?」

「向こうは避けようとして立ち上がりましたが、間に合わずに接触しました」

 馭者マリウス・クライス、平常心。

「しーたーいーをーはーっけーん しーたーだーわーよーう!」

 ゾンビメイドのブラッド・アップルが飛び出していく。

「あっ!」

「あれは、なんなの?」って、フレア。

「あれって、ゾンビメイドのこと? だったらシシリールーの助手。屍体を集めたり、オペの手伝いやったりしてる」

 見てると、倒れてたひと……たぶん女の人だけど、起き上がって、ブラッドアップルを見留めて走って逃げてったし、「アーターイーのーえーもーのーっ!」って、ブラッド・アップルもそれを追いかけてった。

「ブラッド・アップルー! 置いていくよーっ!」

 呼んでももう聞こえてない。

「トラブルを起こしたら面倒になりそうね」

 グレイスが漏らすと、フレアが立ち上がる。

「わたしが見てくる。アリスロッテも!」

 って、フレアは魔法の箒をわたしに投げてよこす。

「ええ~っ!? なんでわたしまで~っ!?」

 

 と、そんなわけで、わたしとフレアとで、逃げた追い剥ぎとブラッド・アップルを追跡! 箒に乗るのは初めてだけど――

「見よ! ドラゴン騎乗で鍛えた内転筋とバランス感覚!」

 風を切る。箒が巻き上げるのは、新鮮な大気の粒子ではない。下界から立ち上る、赤茶けた街道の土埃と、命の終わりの匂いが混ざり合った、不快な熱気。わたしの肺は、この不純な空気を吸い込み、ただの推進力として変換することに、本能的な拒否反応を示す。古びた箒の柄は、長年の酷使で木の繊維が潰れ、手のひらに嫌な摩擦熱を伝えてくる。

 だぁがぁ、しかぁし! 引くに引けぬは乙女の意地かぁっ! 目の前を飛ぶあの赤い閃光――フレア・ヴァーミリアの駆る魔導機がぁっ、わたしの神経をこれでもかと刺激するぅ! 木々の間を左へと抜ければ、お次は右へ! 崩れた教会の尖塔を擦って回れば、遠心力が頬を引っぱりぷーるぷるぅ! ついに追い越してあっかんべぇだぁっ!

「くっ……何人なんぴとたりとも、オレの前は走らせねぇ!」

 振り返りフレアの姿を見留めるわたしの視界の隅で、ドミノの呪いは、無慈悲な法則を刻み続けていた。高速で移動する物体が、わずかな気流の変化を生み出す。その気流は、地上に残された瓦礫の「不安定な均衡」を揺るがし、次の崩落を誘発する。わたしは、フレアが自分を追うことで、あるいはわたしが彼女を誘い込むことで、無数の「目に見えないドミノ」を倒していることに気づき、吐き気を催す。この空のチェイス自体が、巨大な将軍の仕掛けた罠ではないのか?

 かぁ~んがえるな! 感じるがいい! 赤き閃光フレアの箒が、くるり宙返りしたかと思えば、その後部から、眩いばかりの魔力光が吐き出されるぅぅぅぅぅ! せぇまり来る光の網がぁ、わたしの視界を埋め尽くすぅぅぅぅぅぅっ!

「それは昔、闇夜の峠を疾走する乙女たち……戦走女子! の物語である!」

 byオーバーレブ90's 山口かつみ。著者の1年先輩!

 加速すれば、肉体が悲鳴を上げる。内臓が、骨格が、脳髄が、この異質な運動を拒否する。それでもなお、わたしは箒にしがみつく。それは、生き残るためか、それともフレアを止めるためか。

 パパンッ!

 ところがどうしたことかっ! フレア・ヴァーミリアのマッスィーンが、突如として急降下ぁぁぁっ! 地上へと、真っ逆さまに落ちていく軌道! 追うわたしもまた、箒首を真下に向けての急降下ぁぁぁぁぁっ!

「ぎゃああああああああああっ!」

「激突するっ! 激突っ!」

 パンッ! パンッ! パンッ! パパンッ! パンッ!

 箒から投げ出されるとそこは泥濘ぬかるみと絶望が支配する地上。空中の華やかさなど、所詮は高度という名のまやかし。地に足をつければ、突きつけられるのは「肉体」という名の不自由な重み。

「魔法使いが、箒で殴り合うのが関の山か!」

 フレアの吐き捨てる言葉には、己の高度な技術が、結局は原始的な暴力に還元されてしまったことへの苛立ちが滲む。衝撃が、手首を、肘を、そして肩の関節を、無慈悲に揺さぶる。一撃ごとに、自らの骨格が軋み、細胞が悲鳴びを上げる。

「甘いんだよ、アリスロッテ!」

 フレアの箒が、わたしの脇腹を狙って閃く!

「くっ!」

 わたしは箒の柄を縦に据え、辛うじてそれを防ぐ。が、防げば押し込まれる!

「君の魔法が、何人殺したっ! 命を救うなど言って、何枚のドミノを倒したっ!」

「うるさいっ! 倒れるのが決まっているとしても、せめて……わたしがこの手で支えてみせる!」

「ならば見せてみろ! 君の『支える魔法』が、わたしの『倒す意志』に勝てるかどうかをな!」

 パパン!

 てーつーの箒と木の箒ィ、熱き情熱と残酷な現実ぅ!

 二つの影が、爆炎を背景に交差するぅ――

「あ、さっきの追い剥ぎいたよ」

「ほんとだ。そこの集落だな。行ってみよう」

 

 道というほどの道ではなかったが、その分岐の起点には小さな道祖神が見られた。その先は背が伸びた草に隠されているが、おそらくは草の成長が人の往来に勝るのだろう。足元には草を分けて人が踏んだ砂利道があった。すぐに豚の鳴き声が聞こえる。田舎では嗅ぎ慣れた獣の臭いが風に交じる。集落と小径とは小さな崖に隔てられ、いくつかそちらへ降りる草の切れ目もあるが、どれが正しい道かもわからず、とりあえず景色も開けてきたところで2メートルほどの急な斜面を降りた。集落と言っても家は3件ばかり。鶏が駆け回り、小屋には痩せた豚が飼われている。ブラッド・アップルの姿は見えない。

「すみませーん」

 声を出して、人の気配を探る。放り出された藁打ち、置き去られた水瓶と、人がいた痕跡はあるが、その気配は息を潜める。

「ブラッド・アップルって子を探してますー」

 集落のなかでも大きな建物の扉のまえにフレアが立って、目配せと、ジェスチャーで、そこに人の気配があることを伝える。「ノックして」と、わたしからもジェスチャーで返して、フレアが実行。

 こんこんこん。

「すみませーん」

 フレアのその言葉も終わらぬうちに、扉が開く。なかには粗末な服を着た少女の姿があった。

「ここにはわたしの家族しかいません。帰ってください」

「まって。あんた、街道に倒れてた子だろう? わたしたちの馬車がぶつかって迷惑をかけた。怪我はしてないか?」

 フレアが気を使うと、少女はチッと舌打ちした。

「わたしはフレア。うしろにいるのがアリスロッテ。見ての通り、魔女っ子なんだ」

「そうそう。正義の魔女っ子だから悪気はないの。追い剥ぎだと思ってヒドイことしちゃったけど、やっちゃったことに関してはゴメン。それより、ゾンビの友人探してるんだけど、心当たりはない?」

「ゾンビ?」

「そう。シシリールーって魔法使いが作った自分の助手? みたいなヤツで、屍体を集めるのが趣味なの」

 話してると、なかから呻き声。少女は家の中へ駆け戻る。

 わたしはフレアと顔を見合わせて、放ってもおけないと「おじゃまします」とだけ断って中へ。少女は薄暗い部屋の片隅で、病人の寝汗を拭いていた。

「ごめんね。入ってきちゃった。なにか手伝えることがあったら言って」

「お金をちょうだい」

 少女はそのままの姿勢で、顔も向けずに言い捨てた。

「えっ?」

「持ってるでしょう? いくらでもいいから置いてって。そして二度とここには来ないで」

「お金かあ……フレア持ってる?」

「いやぁ……円でよければあるけど……それよりも、その子は? さっきも言った通り、わたしたち魔法使いなんだ。力になれるかもしれない」

「……」

 少女の顔にほんのりと期待の感情が浮かぶ。

「弟なの。貧乏で、食べるものがなくて、川のタニシを食べたら、寄生虫がいたみたいで……」

「わかった! こういうときはヴェルデがいてくれたらバッチリなんだけど、わたしにも生命力強化の魔法が使えるからやってみる!」

「ほんとに……?」

「うん! 名前は?

「わたしはラズベリィ、この子はスグリ」

「わかった。それじゃあ、スグリ! いっくよぉ!」

 フレア……ううん、ウィッチ☆ルビーはプリズム☆ステッキを取り出して高く掲げる。

「ピュア・ピュア・クリスタル・マジーック! スグリの生命力を百倍に活性化させてっ!」

 ぎゅおんぎゅおんぎゅおんぎゅおーんっ!

 クリスタルに光が集まって、その光が少年に降り注ぐとぉ~! 少年の顔はみるみる紅潮してぷしゅーとか言って湯気吐いて、立ち上がって謎のダンスを踊り始めちゃったぁっ! 超高速でステップ踏んでるけど、でもなんか苦しそう! 少年苦しそう! 姉はパニック!

「スグリっ! 百倍の生命力で寄生虫なんて追い出すのよっ!」

 なんて言って魔力を送り続けるフレア!

「ま、まってフレア! 寄生虫って百倍の生命力でなんとかなるもんなの!?」

 ダンスは更に加速して激しくなって、少年は白目剥いてる!

「そこは! 努力と! 根性で!」

 ラズベリィ倒れたぁっ!

「ど、どういうこと!? 寄生虫が出ていかないわっ!」

「出ていくかボケェッ!」

 

B 魔法銃クルシン・デシネ

「さっきはごめんなさい。悪気はなかったの!」

 両手を合わせてフレアが謝る。

「わかってる。スグリもいつもより具合はいいみたい」

 無表情にラズベリィが答える。

「ホッ、良かった」

 って、フレアの顔に少し笑みが戻るけど、

「でも、二度とあんな魔法かけないで」

 って、ラズベリィの顔が綻ぶことはなかった。

「ごめんなさいっ!」

 フレアの平謝り。

「それより、なんでタニシなんか食べたの?」

 わたしが訊くと――

「それは……」

 と、ラズベリィが視線を流した先には、一枚の肖像画があった。

「あれは?」

「ドミノ将軍……この国の英雄なの……死んじゃったけどね。将軍が死んでから、この国のひとはみんな貧乏」

 肖像画の下にはテーブルがあって、一冊の本が置かれていた。ドミノ将軍が書いた自伝的小説、『泥のこま』……。

「そのひとって……皆殺しのドミノ……?」

 馬車のなかで、グレイスが読んでいた本。

「そう。人間爆弾や、殺人円盤や、毒ガスや、コロニー落としや、ゲル結界や、月光蝶を使って、敵を皆殺しにしてくれた」

「なんか、知らん兵器ばっかりだけど」

「戦争やってるときは楽しかった。作戦が成功するか失敗するか、いつもドキドキして見守った」

 なんて言って過去を振り返るラズベリィの顔に、ようやく笑顔らしいものが薄っすらと浮かんだけど、その話してる内容よ……。

「でも、戦争が終わると、父の仕事もなくなって、戦後はお城の石垣組みの人足をやってたけど、両足を怪我して働けなくなって……」

「あああ……それは災難……お父さんって、軍人さんだったの?」

「ええ。ドミノ将軍のように、俺も敵の兵士を残酷に皆殺しにしたい――それが父の口癖だったわ」

 ノーコメント。

「殺人円盤も月光蝶も、父の部隊の発案だと自慢して、だけど直接の作戦には関わったことがないと口惜しそうに語った。他にも、超新星のエネルギーを利用した加粒子砲や、サイコウェーブを放射し人間の精神を退化させる装置などを嬉々として発案していたのを覚えてる」

「そ、そうなんですねー。他のご家族は……?」

「母は、生き残りの子供たちを基地に誘導する途中、味方の兵士からの誤射で戦死……」

「ご、ご愁傷さまです……」

「数々の殺人技を身に着けた兄は、戦争が終わると漫画家になると言って飛び出したまま……」

「そっちはそっちで戦場のような……」

「いっそ戦争が起きてくれればいいのに……」

「いや、いかんぞそれは。戦争だけは絶対いかん」

「戦争がいけないなんてわかってます。でも、わたしに必要なのはお金なんです。お金があれば、スグリだってタニシなんて食べなかった。みんな、戦争はいけない、花売りもいけない、タニシも食べちゃいけないし、追い剥ぎもやっちゃダメというばかりで、だれもお金はくれない。それは、死ねって言ってるのと同じじゃないの?」

 かける言葉がない。

「わたしだけじゃないわ。この国の多くの人がわたしと同じ。もしわたしがお金をもらったなんて知れたら、まわりのひとたちから一斉に叩かれる。それは、この国では悪なの。この国で正しいのは、花売りと強盗と詐欺」

 と、熱弁を奮われるが、どう返したもんか。力にもなれそうもないし、自分たちの無力を噛み締めるしかない。

「ごめんね。なにもしてあげられなくて……」

 と、言いかけたわたしの脳裏に、レイチェルの言った言葉が浮かんだ。

 ――わたしたちにはモロッコヨーグルがある

「そうだ! 駄菓子だったらいっぱいあるから、もってきてあげる! モロッコヨーグルって知ってる? 1個10円だし、いっぱい持ってきてあげる!」

「ありがとう」

 よっし!

「できればそのモロッコヨーグルに、致死性の毒を入れておいて」

「なんでそうなるのよう!」

「そうすれば家族みんなで幸せに死ねるでしょう?」

「だからなんで考える先がぜんぶ谷底に向かっちゃうわけ? スパイラル募金箱なの? ベイブレードなの? アリジゴクなの? タカトク沈没ゲームなのっ?」

 そうやってわたしが憤りを顕にすると、ラズベリィはフッと小さなため息をついた。

「わかりました。これからは心を入れ替えて働きます。ありがとう、魔女っ子フレアとアリスロッテ」

「なんなのよそれもー! 気ぃ使ってるだけで本音じゃないしぃー! 余計切ないよう!」

 目を伏せてため息。そして、ふと顔を上げて、

「そうだ……あなたのお友だち、屍体を探してるって言ってたよね?」

 と、こんどはラズベリィからの切り返し。

「ああ、うん、ブラッド・アップルのことね」

「ここから西の方に行くと、ドミノ将軍が最後に戦った古戦場があって、屍体がいっぱい埋まってると思う。もしかしたら、そこで会えるかも?」

「なーるほど……あてもなく探すよりはいいかも!」

「それじゃあ、今日はこれで」

 そしてまたラズベリィは寂しそうなため息をひとつ。

「うん。それじゃあ。でも……本当にわたしたちになにかできることない? さっきはフレアがバカやっちゃったけど、魔女っ子っていろんなことできるからっ!」

「ううん、いいの。世の中が変わらなきゃなにも変わらない。いまわたしにできるのは、花売りと詐欺と強盗だから、それを頑張るよ」

「ちゃんとした仕事はないの?」

「街に出ないと、仕事なんてない。街に出るにしても、お金なんかないし、スグリやお父さんを残していくわけにもいかないし、無理だよ」

「無理かー。事情はわかるけどさー。でもなんかそーゆーの、正義の魔女っ子としては辛いんだよー」

「大丈夫。気持ちだけで十分」

 ラズベリィは寂しく笑う。このほんの一欠片の砂糖をバケツに溶かしたような甘みが、それでもなんとか慰みになる。ラズベリィもそれが慰みになると知ってて、この笑顔を紡いでくれてる。

「わかった! わたしたちにいまできることはほっとんどないね!」

 って、いままで言葉を抑えていたフレアが顔を上げる。

「割り切り早っ!」

「でも、できることが1コだけあるよ!」

 と、フレアはひとさし指をいっぽん立てる。

「1コだけ?」

「そ! 友だちになろう! ラズベリィ!」

 フレアは、右手を差し出す。

「友だちに……?」

「そうだよ! 手紙書くよ! また会いに来るよ! また話そうよ! モロッコヨーグル食べながら!」

 フレアの目が潤んでる。ぎりぎり涙をこらえてる。

「いいねそれ!」

「わかった……ともだちだね……」

 ラズベリィもゆっくりと右手を差し出す。

「じゃあ! 友情のマジカル・ハンドクロスだ!」

 フレアはラズベリィの右手を引いて、顔の位置まであげて、グータッチして、手首をクロス!

 ラズベリィは照れたように何も言わない。でも、作り物じゃない本当の笑顔がちょっとだけ見えた。

 こうしてラズベリィの家から、西の方の古戦場へと向かうことになった!

 わたしたちが降りてきた崖とは反対側に細い山道があって、ラズベリィとはそこで別れて、しばらく歩くとフレアがしゃがみ込んで泣き始めた。

「大丈夫だよ、フレア。友だちになったんだから、これから何度でも会いに来れる」

「……そうね……それだけでいいよね」

「うん。いまはそれだけでいい」

 

 古戦場と聞いて、山間やまあいの小さな平地を思い浮かべたわたしの予想ははずれた。そこにあったのは、破壊し尽くされた巨大都市の残骸。たくさんの建物がドミノ倒しのように押しあって倒れた廃墟だった。

「ここって!?」

「クローバーシティ……ドミノ将軍の自伝で読んだことがある」

 魔法の箒で上空を旋回。

「クローバーシティって……戦争を商売にしようとして、その戦争で滅びた……?」

「そう。噂が本当なら、この街のどこかにドミノ将軍が手掛けた垓亜駆軸ガイ・ア・ギアが残っているはず!」

垓亜駆軸ガイ・ア・ギアってなに?」

「人間の魔力があるでしょう? これは人間の霊体からもたらされているものなの。その霊体を人間から分離して、純魔力に変換、これを放出することで巨大な破壊力を生み出す究極兵器よ!」

「そ、そんなものが……それって人間の命を弾代わりに使うってことでしょう? さすがにひどすぎない……?」

「でも、皆殺しのドミノだったら、そのくらいはやるわ」

 そこに――

「あーもう! なんなのよなんなのよなんなのよ! ホネしか残ってないじゃないのよう! フレッシュな腕や脚はどこにあるのよう!」

「ブラッド・アップルの声だ」

 声は瓦礫の街のいずこかから聞こえる。

「探しましょう」

 ふたりはすぐに地上へ。箒はミニマイズして魔女っ子ポケットにポイッ。

「はぐれないようにマインドリンクして」

 マインドリンクってのは、魔力通信チャンネルの固定化。精神を集中しただけで、いつでも会話が可能になる。

「わかった」

 てってけてーのてー。

 でも、地上に降りると完全な迷路。

 たたたたたと、ブラッド・アップルの姿が見えたかと思うと、すぐいなくなる

 たたたたた。いた! こっち! あれいない?

 たたたたた。今度こそ! いない!

 なんてアニメでも定番のカットをなぞらえてるうちに、わたしはなぞの地下室へ、というのも定番の展開。そのうすぐらい地下室にぼんやりと光る薄赤い光源……というのもまたお決まりのパターン。わたしがその光源でみつけたのは、大ぶりなひとつの銃だった。

 全体が白い金属でできているのに、軽い。銃身の一部は透き通った硝子のようなもので出来ており、そこが赤白く光っている。手をかざすと、こちらの生体エネルギーに反応してるようでもある……。

「魔法銃、クルシン・デシネだ」

 背後に声が聞こえた。

 振り返ると、そこにいたのは、ラズベリィの部屋で見た肖像画の!

「皆殺しのドミノ!?」

「かつての将軍に向かってその呼び方はないだろう」

 ドミノは唇を曲げて、片側の眉だけを上げた厭らしい笑みを浮かべわたしを見ている。その全身はぼんやりと、透けているようにも見える。

「幻覚?」

「そっちは魔法使いだろう? 魔法使いが見えたものを幻覚呼ばわりするんじゃないよ。自分にはそういう現実ならざる何かが見えるとは考えないのかね」

「一理ある。小賢しい幻覚だな」

「小賢しくて悪かったね。あんた、名前は?」

「アリスロッテ・ビサーチェだけど……」

「ああ、ビサーチェというと、エレイン・ビサーチェの血縁か?」

「娘ってゆーか」

「ほう。娘がいたか。あの女には苦戦させられたよ。だが、過去の話だ」

「あのう……あなたって、本当にドミノ将軍?」

「自分で自分がだれか証明できるものなんかいやしないよ。名乗った名前を信じるよりほかにない。こっちにだって、あんたがエレインの娘だって信じる根拠はないんだ。ここはそういうものとして話せばいいじゃないか」

「まあ、そのとおり。それでええっと、この銃について聞きたいんだけど」

「さっき言った通り。魔法銃クルシン・デシネだ。ここでは、人間の霊体をエネルギー源とした垓亜駆軸ガイ・ア・ギアを開発していた。垓亜駆軸ガイ・ア・ギアってのは、人間を弾にして込めると町一個吹っ飛ばす火球を吐き出す悪魔の兵器だ。それの、簡易版。人間の霊魂を込めるだけあってね。人間に対して使うとじわじわ苦しんで死ぬことになる」

「人間を弾にして……ってのが垓亜駆軸ガイ・ア・ギアだとすると……もしかして、この銃も……?」

「察しがいいね。ソイツには過労で死んだ政策進行の血肉が詰まっている」

「制作進行の血肉!?」

「言っておくが、制作じゃないぞ? 政策だ。政策を練って、調整と管理を図る専門家だ。垓亜駆軸ガイ・ア・ギアはそのエネルギーを一気に放出したが、そいつにはリミッターがついている。人間ひとりぶんの魔力をちびちび消費して撃って、エネルギーが尽きたらそれまでだ」

「聞けば聞くほどひどい話なんだけど」

「そう思うだろう? だが、俺にも抑えが効かなかった」

「えっ? ひとごと?」

「年寄の長話につきあう気はあるか?」

「長さにもよる」

「とりあえず話そう。一晩はかからん」

「ん。眠くなったら帰る」

「最初の敵は、ポセイドン軍だった。とんでもない将軍が待ち構えていると思って、敵の懐に飛び込んでみたら、民間人のシェルターだったんだ。葛藤したよ。民間人を殺そうだなんて考えてもみなかったからな。だが、敵の懐のなかだ。背中を向けたらこっちが撃たれる。それで……俺は意を決して殲滅を命じた。

 思えば、俺が皆殺しにしたのは、その1回だけだった。あとは俺の意を汲んだ下の連中が、俺に変わって動いてくれた」

「下の連中のせいにした?」

「まあ、そういうな。俺はポセイドンとの件を、詳細に報告したよ。己の感情を交えることなく、零度のポジションで、客観的に、果たして俺が悪なのか、それとも歴史の必然なのか、それを問うために、いかなる脚色もせず、己を英雄に仕立てることもなく……。それはこの戦争の愚かさを、部下に伝えるためでもあった。

 だが、その報告によって、戦争は新しい意味を持ってしまった。『戦争はどちらが悪だとも言い切れない、生き延びるためには、ときに残虐に振る舞う必要もある』と。

 そこからはなし崩しだ。最初のうちは自らの立てた作戦で涙を零すやつもいたが、その作戦が何人救った、何億の財を守ったと数字になることで、その罪は正当化され、前線で戦ったものは英雄と奉られ、やがてそこで起きる悲劇さえ己を正当化する餌として消費されるようになった。

 挙げ句、ついたあだ名が皆殺しのドミノだ。

 皮肉なもんだ。まさにパズルの最初の1枚を倒したのは俺だ。すべて俺の指揮の下で、俺の名誉のために遂行された作戦だ。その二つ名に嘘はあるまいが……後悔している……」

「ふうん。それ喋ってスッキリしたいから、オバケになって出てきたんだ」

「手厳しいな」

「さっき、戦争が終わって、仕事なくして苦しんでる子見てきたから」

「そうか。残念ながら、俺にはもうできることがない。だから、せっかくの縁だ。このドミノを終わらせてくれ」

「はあ? わたしが? 何言ってんの!? あんたがやるべきことでしょう!?」

「その銃は預ける。世界を葬らんとした銃だ。その銃で、世界を救ってくれ」

「いや、ありえないっしょ! 銃はその、使うけど……ってゆーか、なんなのよ!」

「頼む」

 最後にその一言を残して、皆殺しのドミノは姿を消した。

 直後、フレアから。

「ブラッド・アップル確保したよー」の連絡。

「グレイスたち、三ツ杉宿にいるみたい。日暮れまでには追いつきたい。上空で待機してるからすぐ来てぇ」

「わかった。すぐ行く」

 わたしは魔法銃クルシン・デシネをミニマイズして魔女っ子ポケットにポイッ。

 捨ててもいいんだけど。捨てらんないよ。呪いなのかな。

 


困惑するアリスロッテシリーズ①

魔法のアバンチュール

困惑するアリスロッテシリーズ②

処女聖アリスロッテの帰還

@sonovels
さよならおやすみノベルズという個人小説レーベルで地味に書いています。サイトで読めばタダ。Kindleで100円。 sayonaraoyasumi.github.io/storage